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Vol.237 未来に向かって―次世代の医療を守るために

医療ガバナンス学会 (2016年11月2日 06:00)


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清郷伸人

2016年11月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

小学校に通う児童の6人に1人が世帯の平均収入の半分以下という貧困家庭にいるといわれる現在の日本。国民健康保険では保険料を滞納する世帯は対象世帯の20%、450万世帯に達する。(2011年)無保険世帯も30万世帯に及ぶ。(同)また3割の医療費自己負担も払えない貧困層も多数存在する。

国民皆保険という表看板の裏には注目もされず沈黙する多くの保険疎外層がいる。診療代や薬代が上がっていけば、かれらはますます医療から遠ざかり、医療難民となっていく。このように国民皆保険から見放された国民がいる。命は平等というのは理論的建前で現実は違うといわざるを得ない。国民皆保険に守られている国民が、現在の地位を保つために命は平等というのではなく、所得格差によって命の不平等にさらされている国民の問題の解決を図らなければならない。しかし筆者が今回提起するのは、それとは別の国民皆保険崩壊への現実である。

オプジーボという新薬がある。皮膚がんの他に肺がんにも保険適用されたので使用する患者が急拡大すると見込まれている。この薬は非常に有効だが、1人の患者が1年間続けると3500万円の薬代がかかる。ただし保険適用なので高額療養費の還付が受けられるため患者の自己負担は年数万円から数十万円で済む。3400万円以上は健康保険から支払われる。このため患者も医師も経済的負担をあまり考えずにこの薬を使える。実際、医師や識者は医療に格差があってはならず誰でも受けられるべきという。

現在の患者にとっては喜ばしいことだが、問題は対象となる患者が平等に全員でオプジーボを使ったら健康保険財政の底が抜ける恐れがあることである。しかもこのような有効性が顕著で非常に高額な薬が次々に開発される可能性は高い。医療技術の分野でもiPS細胞による再生医療などが控えている。それらを保険適用で臨床に応用した結果、健康保険制度が破たんし、財政からの税投入も不可能となったら、現在の高齢世代は逃げ切れるかもしれないが、現役世代や将来世代の医療はどうなるのか。

財務省の財政制度等審議会では、医療費に費用対効果の視点を導入することや風邪などの軽症に対する保険割合を下げることなどが検討課題に挙がっているが、現役世代の5倍の医療費を費やす後期高齢者世代にメスを入れなければ国民皆保険は維持できないだろう。審議会では後期高齢者の特例措置を見直すことなどもいわれているが、抜本的な対策が確立されないと実効性はない。

守るべきは現役世代と将来世代の医療である。高齢世代の医療はもう十分なレベルに達している。同様なレベルを次世代に保障するには、現在の高齢世代の医療に切り込まざるを得ない。今回オプジーボという超高額薬が出現したことでやっと国民皆保険の危機が語られるようになったが、今後はiPS細胞による再生医療などの先端医療の進展にともなって限られた国民皆保険の財源をどのように使うのかという問題はもっと尖鋭化するだろう。

この問題に対する筆者の提案は、75歳以上の後期高齢者にはそれらの利用を遠慮してもらうことである。後期高齢者の延命よりも現役世代と将来世代の救命を優先するということである。一粒の有効で高額な薬を老人の自分か孫かで選ばなければならないと想像したら、どうするか。米国では限られたインフルエンザワクチンの優先順位を老人が幼児に譲った。限られた資源を分配するには、非合理的な平等というユートピアでなく合理的な不平等というリアリズムで考えなければならない。提案は国民皆保険の崩壊を避けるためにいわば皆保険の真空地帯を設けるということである。

団塊世代が後期高齢者になる2025年問題がいわれている。医療費や介護費が跳ね上がり健康保険や社会保障財政に深刻な影響をもたらすからである。2014年の医療に介護を加えた保健医療支出の対GDP国際比較では、日本は16.4%の米国に次ぎスイスと並んで11.4%の2位であった。2025年ころには日本は米国に迫るか抜くだろう。しかも最大の団塊年代である昭和22年生まれが75歳になるのは2022年である。2025年より3年も早い。ここから続く団塊世代をこの医療改革のターゲットにすることも提案したい。できればあと6年かけて75歳以上は超高額薬や超高額な先端医療を保険非適用とし、また現在保険適用となっている費用対効果の劣った末期治療や延命治療も非適用とすることが要請される。

健康保険のガバナンスが問われるもう一つの問題がある。幼児の重度の心臓病の治療のために米国で移植する多額の費用に寄付金を募る親をよく目にする。大企業の社員ならすぐに集まるが、普通の親は難渋するだろう。移植をあきらめたり、間に合わなかったりすることもあると思われる。保険の本質を考えれば、こういう幼児こそ公的保険で救うべきである。現在の保険の財源でそれが難しければ、高齢者の優遇措置を削って作ればよいと思う。

政府は次世代の医療を守ることを最優先の使命とし、痛みを受ける高齢世代に対して誠意をもって根気よく毅然と説くことである。必ずや子供や孫のためには痛みを受忍しようと納得するはずである。このような高度に公的な問題で、医療の利害関係者が自らの利益を主張することは許されない。今までも公的な医療制度改革で常に自分たちの利益を念頭に反対する医師会の醜悪な姿を国民は見てきた。それは次世代の医療を壊し、自分たちの業界を崩壊させることと肝に銘じなければならない。

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