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臨時 vol 333 「漢方薬価 ここが変」

医療ガバナンス学会 (2009年11月16日 11:48)


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慶應義塾大学医学部漢方医学センター
センター長 渡辺賢治

インフル騒動がまだ続いているが、身近にも続々新型インフルエンザが発生し
ている。

今週見た患者も新型インフルエンザに罹患したと思われるが(検査はしていな
いが、二人とも学級閉鎖のタイミングで罹り、周りが新型だったため、まず間違
いないと思われる)、

麻黄湯3服(1日分)で難なく乗り切っている。一人は昼から発熱し、夜10時に
39.7℃あったが、翌朝8時には36.5℃で平熱に下がり、それきり麻黄湯は飲んで
いない。結局3服で、微熱も残らずに回復している。もちろんワクチン接種はし
ていない。漢方の世界では、こんなことは当たり前で、私も何年来臨床経験を積
んできて、同じような症例を経験している。その他周りでも麻黄湯や葛根湯の効
果を実感してくれる人が増えてきた。

漢方は慢性疾患専用だと思ったら大間違いで、1800年前に書かれた『傷寒論』
は急性熱性感染症(相対的遅脈や目の合併症から腸チフスに近い病態と考えられ
ている)を対象にしてきた。歴史に裏付けられた長年の経験知を無にすることは
ないのではなかろうか?少なくともこの時期に臨床研究があちこちで行われて然
るべきではなかろうか?こうしたことをずっと疑問に思っていたが、その裏には
漢方の薬価問題という大きな壁があることに気付き、ここに記載する。

薬価は製薬業界の問題であり、医師がコメントすることはタブーとされている。
それを知った上で、一臨床家として、このままだと、生薬の安定供給が断たれ、
漢方そのものが10年先には無くなってもおかしくないことに危惧を抱き、どこの
メーカーに頼まれたわけでなく、むしろ詳細を語りたがらない業界にもどかしさ
を感じて漢方の存続のために本稿を記す。本稿をお読みいただければ、漢方の存
続が如何に危機的状況にあるのかがご理解いただけると思うが、その上で、漢方
の存続・発展を希望するか、衰退・消滅を許すのか、国民に判断を委ねたい。

●医療用漢方薬の歴史

医療用漢方薬エキス製剤の登場は、1967年に4品目が始めて医療用漢方エキス
製剤として認可されたのが始まりである。1972年から1975年に、厚生省の承認審
査の内規作成が行われ、一般用医薬品の整備も進められた。実際には専門家の意
見を踏まえ、成書に記載され、長年使用されてきた処方の中から、一般用医薬品
として210処方が選定された。医療用漢方製剤の承認にも、この一般用医薬品の
承認審査の内規が参照にされ、1976年には41処方が追加収載された。その後数回
の追補を重ね、現在では148処方の漢方エキス製剤が製造されている。

一方煎じ薬は医療保険が利かないと思われている方も多いが、それは間違いで
ある。煎じ薬を構成する生薬の薬価は1960年に始まり、1963年の追補改正により、
煎じ剤単位では収載しないが、一つ一つの生薬の合算により、保険請求できるこ
とになった。現在では200種類の生薬が薬価収載されている。

●新薬が出ないのに、下がり続ける漢方薬価

いわゆる西洋の新薬開発は基礎研究からはじまり、臨床研究も段階があり、莫
大なお金がかかる。開発費は、安全性、有効性、品質検査等すべて含んで数百億
円から1,000億円とも言われている。こうした背景から新薬の薬価は高く設定さ
れ、2年ごとに改訂されていく。

漢方薬の場合、多くの薬剤候補(シーズ)をスクリーニングする新薬開発とは
異なる。歴史的に裏付けられたものを製品化するのであるが、それでも安全性試
験、品質試験、臨床試験にはやはり数百億円単位の開発費がかかる。

しかしながらこの20年以上新薬は出ていない。その結果、あるメーカーの場合、
この20年間で医療用漢方エキス製剤は、36%も薬価が下がっている。すなわち同
じ量を売っていても売り上げが36%も減っているのである。これに関しては新薬
メーカーと同じであるが、新薬が出ていない状況で、この下落率はメーカーに大
きな打撃となることは容易に理解できる。生薬の価格も同様である。

●上がり続ける生薬原材料費

薬価が下がり続ける中で、生薬の原材料費は上がっている。わが国においては、
物価の上昇、人件費の上昇、農家の高齢化、生薬栽培農家の後継ぎ不足、森林の
荒廃等々の理由で、国内での生産が困難となり、生薬生産そのものを海外に流出
してきた。その結果、現在では国内自給率15%で食の安全性よりもさらに悪い。

輸入85%のうち、80%は中国依存である。このところの中国の経済発展に伴う
人件費向上、元高基調により、原材料費は上がる一方である。どれくらい上がっ
ているのかを製薬メーカーに問い合わせても、企業秘密のせいか口を固く閉ざし
たままである。しかしながら、中国からの生薬の原材料費は今後上がることはあっ
ても下がることは期待できない。その傾向はますます加速することが懸念される。

●安全性確保のための企業努力

さらに食の品質・安全性とともに、生薬の品質と安全性に関する世間の目は厳
しくなっている。漢方薬は複数の生薬から成る。一つ一つの生薬を製剤にしても、
品質の管理が困難なのであるが、日本のメーカーは、企業努力により、一定の品
質を保つように努力している。

1985年には、「医療用漢方エキス製剤の取り扱いについて」(薬審二第120号
通称「マル漢」)により、医療用漢方エキス製剤の規格及び試験方法ならびに
含量規格が整備された。日本漢方生薬製剤協会http://www.nikkankyo.org/は、
さらにこれより厳しい製剤基準を自主的に定め、「医療用漢方エキス製剤の製造
管理及び品質管理に関する基準」(漢方GMP)として、医薬品GMPの上乗せ基準と
して作成した。天然資源である生薬を原料とする医療用漢方製剤は、これらの方
策によってより高品質で安定した製剤として供給されるに至っている。その企業
努力は大したもので、実際ヨーロッパの生薬製剤の最高責任者が来日した折にも、
日本の漢方・生薬製剤技術は文句なく世界一だと称賛して帰ったほどである。

さらに農薬・重金属のチェックなどを自主的に厳しくしていった結果、安全性
確保に関わる諸経費はばかにならないほど高くなっている。これらが原材料費に
上乗せされているのである。

●入荷できる生薬原料の品質の低下

さらに悪いことに、中国からの供給には限りがあるのに、生薬の需要は世界的
に伸びている。特に欧米における生薬製剤への関心の高まりは、ここ数年来のこ
とであり、その結果、限られた生薬資源のパイの取り合いが既に世界中で始って
いるのである。

特に麻黄湯の構成生薬である、甘草・麻黄の乱獲が、中国の砂漠化の要因になっ
ているとして、1999年には輸出規制品になっている。その結果、輸入する原料に
も限度があり、今回のインフルエンザ騒動のような急な事態でも生産が間に合わ
ないのである。

このような状況下で、特に良質な生薬のパイの取り合いが激化しており、日本
に入ってくる生薬の質も、その確保が困難となっている。一例を挙げれば最近半
夏という生薬を見て驚いた。特級品と記されたものは、以前の一級品である。世
界的な生薬需要の高まりは、確実に日本に入ってくる生薬の質の劣化につながっ
ており、今後のその傾向が強まると、医療の質の低下を招きかねない。

●逆ザヤ品を多く抱えた日本漢方企業

上記のように、薬価は2年ごとに下がる一方で、原材料費、安全性・品質確保
のためのコストが上昇している中、多くの漢方製剤・生薬関連企業が逆ザヤ品を
抱えている。

詳細は企業も明らかにしないので、逆ザヤであるかどうか不明であるが、麻黄
湯は1日薬価55円である。麻黄湯を1日か2日服薬しただけで、ワクチン接種も不
要で、麻黄湯だけで新型・季節性インフルエンザに対応できるのであれば、これ
ほどのパニックにもならず、医療費もかからなかったであろうにと思う。

エビデンスが足りない、というのであれば、臨床研究を推進すべきである。最
近幼児の脳症による死亡例が報告されているが、アストロサイト、オリゴデンド
ロサイト前駆細胞といった脳のグリア細胞に感染している可能性が高く、こうし
たインフルエンザ合併症にも漢方薬が有効であるかどうか、という研究を早急に
すべきと考える。ちなみに麻黄湯は一部の一般用薬では小児に不適のような記載
もあるが、医療用としては小児のインフルエンザでも頻用する。

麻黄湯2日分で有効だということになれば、一人110円、1000万人分用意しても
11億円で済むのである。

●薬価維持特例では漢方業界が守れない

新薬メーカーでも、薬価の低下が新薬開発のための十分な資金を担保できない
ので、特に先発品メーカーがこぞって望んでいるのが、薬価維持特例である

http://lohasmedical.jp/news/2009/06/08000716.php。日本製薬工業協会(製薬

協)でも本特例を強く希望しており、今度の中医協での議論になるものと思われ
る。

2年ごとに薬価の下落を経験してきた漢方・生薬製剤業界では、この薬価維持
特例に期待する一部の声もある。しかしながら上記のような状況で、薬価の下落
が抑えられたとしても、原価の上昇は止めようがないので、漢方の消滅に対して
の一時的な延命効果に過ぎない。

●漢方存続のための方策

冒頭に漢方が存続の危機である、と書いた。読まれた方はどう思われたであろ
うか。この新型インフルエンザの危機に際して、漢方を知っている一部の医師の
みが漢方を利用している状況で果たしていいのであろうか。漢方を専門とする身
としては、誠に国民に申し訳ないと感じている。さらに、生薬供給のこのような
不安を抱えていることを知るにつけ、漢方存続の危機感を強めている。しかし、
もしも漢方が無くなって何よりも困るのは国民であろう。もっとわれわれは国民
目線で動くべきである。

まずは漢方・生薬の薬価ルールを新薬とは切り離して欲しい。安全で品質の高
い国内生薬栽培振興をしたくても、低い薬価=生薬の採算が見込めない、という
ことになり、新規に企業は参入できない。たとえばたばこ税の増加によるたばこ
栽培農家の方に生薬栽培を勧めようにも、採算が取れない業界には参入できまい。

世界で生薬需要が急速に伸びている中、バイオを駆使した生薬産業も十分に考
えられる。既に日本の企業で、朝鮮人参・冬虫夏草などは培養に成功している。
これはわが国のきのこ製剤の医薬品がきのこ栽培でなく、菌糸培養で作られてい
るのと同じである。逆転の発想により、世界の生薬の供給源となり得ることも可
能なのである。

薬価を国内自給が可能なレベルに上げるとすると、国や国民の負担が増える、
という意見もあろう。しかし、漢方製剤が医療用薬剤に占める割合は1.2%であ
る。麻黄湯1日55円が仮に110円になったとして、インフルエンザ対策全体に占め
るコストが下がるのであれば、ここは大局的に国民に資することを最優先に考え
ていただきたい。

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