医療ガバナンス学会 (2016年12月2日 06:00)
そんな中で SNS を通して、上先生や藤井先生の復興支援の活動を知り、私にも何かできないかと真剣に考えるようになりました。東大医科研(当時)での勉強会等で上先生に後押しをしていただき、2012 年に初めて福島県の相馬高校へ復興支援の一環として剣道での交流(稽古)と指導を中心に訪問することができました。私にとっては初めての土地で初対面の方々が多かったのですが、非常に暖かく迎え入れていただきました。また、星槎グループの星槎寮に宿泊させていただけたことも本当に有難かったです。
稽古では、相馬高校の高校生を中心に近隣の中学生やOB の大学生も含めて盛大に稽古会 を開催し交流を持つことができました。今でも強く印象に残っているのは、被災して思いもよらない困難と苦労に直面している現地の子供たちの眼が非常に「まっすぐ」で「力強く」あったことです。また、繊細で難易度の高い技術の指導に対して、人懐っこい笑顔で指導 を聞き、吸収しようとする子供たちの姿も強く印象に残っています。1 泊 2 日でのスケジュールが名残惜しいくらいに充実感のある稽古と交流をもつことができました。帰りの道中、一緒に訪問した東大剣道部 OB の同級生と興奮冷めやらぬ中で「また来よう!!」と熱く 語らいながら帰路についたことも鮮明に覚えています。
翌年の 2013 年に私は勤務先が変わり、桐蔭学園高校の教員になりました。桐蔭学園高校剣道部は全国でもトップレベルの高校でもあるので年間を通して大会や遠征などスケジュールがビッシリと詰まっていましたが、相馬高校で交流を持った高校生や中学生の笑顔が忘れられなかったことや一度きりの訪問にしたくなかったことが私を突き動かしたように思います。何とか時間を作り、1 泊 2 日の予定で「また来たよ」と訪問し稽古の時間を共有することができました。この「また来たよ」が大切であると強く感じています。また、東京で開催される高校生の大会で相馬高校剣道部のメンバーと再会できたことも大変嬉しい出来事でした。試合場の隅で精一杯応援させていただきました。
さらに翌年の2014 年には、私が桐蔭横浜大学剣道部の監督になりました。監督になって指 導計画をたてるうえで、是非とも実行に移したかったのが、教え子である学生を引率して復興支援のお手伝いに訪問することでした。年間スケジュールをたてる中で、学生たちと何度もミーティングを行いました。本学剣道部は私が監督になると同時に強化部へと昇格した歴史の浅い部でもあったため、部員たちの剣道に対する「意識」や「思い」も疎らで団結には程遠い雰囲気であったように思います。
そこで、被災地で剣道を続け、限られた環境の中で一生懸命に汗を流す子供たちとの交流を通して目に見えない「何か」を掴んでほしいと思い、復興支援の一環として相馬遠征を計画しました。訪問に際して快諾してくださった相馬高校の関係者の方々に深く感謝しています。また、OB 会等もない本学剣道部 にとって遠征費用の確保と捻出は厳しいものがありましたが、星槎グループの星槎寮に学生共々お世話になり、宿泊させていただき、稽古だけではなく、星槎寮に帰ってきてからも数多くの情報交換や被災地で生活し働く方々の現場でみ得られる貴重な体験なども教えていただくことができました。本当に感謝してもしきれない思いでいます。
学生たちにとっては、大学の机上で学ぶ講義とは違った感動と経験をし、より深い学びを得た時間であったように思います。また、帰路につく前に被災地の一部を見学させていただきました。確かな復興への足跡も見てとれましたが、まだ手付かずのままの場所もあり、学生たちも息をのみ、改めて被災地で生きることの現実を見たように思います。帰ってきてから、学生たちにレポートを課題としてあたえましたが、皆、安全な場所で衣食住の心配もせず、剣道や授業に打ち込める自分の環境が、どれだけ恵まれていることなのかということを感じとってくれていました。また、初めて訪問した時の私と同じように、相馬の子供たちの笑顔や真剣な眼差しから多くを気付きや学びを得ていました。約 10 時間を超える運転での相馬遠征になりましたが、引率できて本当に良い経験と勉強をさせていただいたと思っています。
被災地支援の一環として剣道交流を目的に訪問させていただいた学生 5 名のうち、3 名が 2016 年度で本学を卒業します。2 名は警察官という職を選び、1 名は医療・看護関係の職 を選びました。3 名とも復興支援での経験が大きかったと感じているようです。また、本学 剣道部には福島県出身者が 3 名在籍しており、3 名とも場所は違いますが、震災を経験しました。3 名とも将来は郷里である福島へ帰ることを希望しております。1 人は教職の道を希望し、1 人は警察官の道を希望し、1 人は海上保安官の道を希望しております。皆少なからず被災の経験が職業選択に影響していると感じます。大いに力を蓄え、社会に羽ばたいてほしいと思っています。
私も多くの方々の支えと後押しをいただいて、私なりにできる復興支援の一環である剣道 交流も 4 年連続で続けてくることが出来ました。最初は、初めての土地で私なんかが被災 地の方々に何ができるのだろうかと思い、不安や無力感しかありませんでしたが、そうではなく、何か大きな事を手掛ける必要性は必ずしもなく、小さなことでもいいから、先ず行動に起こすこと、現場に足を運び、現場の空気を吸い、現場に生きる人びとと交流し、現場で汗を流してみること。ここから学びが始まり、復興支援の一歩が始まるのではないかと思えるようになりました。まだまだ、年に 1 回程度の交流で頻度や規模も大きくはありませんが、交流を持てることに感謝し、目の前の子供たちの笑顔を大事にしていくこと が大切ではないかと感じています。
これからも桐蔭横浜大学剣道部の学生と共に、自分たちができる復興支援を精一杯の気持ちを込めてお手伝いさせていただければと思っています。また、剣道界には「交剣知愛」という言葉がありますが、「剣縁」を大切にし、その経験から本学剣道部員も人間力の向上と目に見えない「何か」を感得してくれればと願っています。また、学生有志を引率して 被災地の復興のお手伝いに行ける日を楽しみに稽古に励みたいと思います。