医療ガバナンス学会 (2009年11月16日 12:03)
【 1 前橋レポートのトラウマ】
前橋レポートとは、1990年前半にインフルエンザの集団予防接種が廃止されるきっかけと
なった報告書で、2009年10月13日国立がんセンターで開催されたシンポジウムにおいて
梅村聡参議院議員も言及しました。
以下、 http://www.kangaeroo.net/D-maebashi.html より引用します。
・・・・・かつて日本では、小学生などを対象に、世界でも珍しいインフルエンザの集団
予防接種が強制的に行われていました。感染拡大の源である学校さえ押さえれば、流行拡
大は阻止できるのではないかという「学童防波堤論」を根拠としたものです。しかし、どん
なに予防接種を打っても、インフルエンザは毎年決まって大流行しました。
こうしたなか、1979年の初冬、群馬県の前橋市医師会が集団予防接種の中止に踏み切りま
した。直接の引き金は予防接種後に起きた痙攣発作の副作用でしたが、この伏線には、以前
から予防接種の効果に強い不信感を抱いていたことがあったのです。そして、ただ中止し
ただけではありませんでした。予防接種の中止によって、インフルエンザ流行に一体どの
ような変化が現れるのか、開業医が中心になって詳細な調査を始めました。予防接種中止の
決断は正しかったのか、あるいは間違っていたのかを検証するためです。
そして、5年に及んだ調査は、前橋市医師会の判断が正しかったことを裏付ける結果と
なりました。つまり、ワクチンを接種してもしなくても、インフルエンザの流行状況には
何の変化も見られなかったのです。この調査をきっかけに、集団予防接種を中止する動きが
全国に広がり、最終的に、インフルエンザ予防接種は1994年に任意接種に切り替わりました。
ただ残念なことに、前橋レポートは、専門誌に投稿されたわけではなく、発行部数も少な
かったため、忘れ去られるのを待つばかりの状態になっていました。・・・・・
今回の新型ワクチン騒動に対峙して前橋レポートの解釈が今、改めて問われていると感
じています。厚労省はこのトラウマから新型ワクチンの「集団接種」を避けたのでしょう
か。しかし、混雑する新型インフル診療と並行して予防接種を行うことは、どう考えても
無理があります。さらに1億5千万回分をも用意しながら、「任意接種」に拘る国の姿勢
は理解できません。「集団接種」としなくても、せめて小学校や保健所など開業医以外の
場でも「任意接種」するというオプションを検討して頂きたく思います。
【 2 ワクチン禍訴訟敗訴のトラウマ】
インフルエンザワクチンに限らず、ポリオ、日本脳炎、MMRワクチンなどの副作用をめ
ぐる訴訟で国は実質的に敗訴し続けてきたという歴史があります。またワクチン禍訴訟のみ
ならず薬害肝炎訴訟、薬害エイズ訴訟をめぐる歴史が厚労省のトラウマとなっていることは
容易に想像できます。それが今回の新型ワクチン接種の施策にも少なからず影響しているの
でしょうか。
ワクチンの種類別にリスクとベネフィット、さらに個人のベネフィット、そして社会のベ
ネフィットを見直す必要があります。また、重大な副反応が出た時、国、医療機関、製薬
企業、個人のいずれに責任を求めるべきかを、国民全体で議論すべきです。
【 3 子供の貧困というトラウマ】
貧困率16%という格差社会にともなって子供の貧困も深刻化しています。今回ワクチン
接種が1回接種が3600円、2回接種が6150円と全国統一価格で設定されました。
しかし給食費も払えない子供が増えている現状で学校での集団接種を行うと、経済的理由
で接種できない子供が出てくる可能性が高く、現場の教師の苦悩やトラウマが想像でき
ます。子供の貧困問題が、小学校内での接種を阻害している一因であると推測します。貧
困の中にいる幼児や小・中学生への援助を、早急に広報すべきではないでしょうか。
【ワクチン接種は医療の不確実性を理解するモデルでもある】
多くの専門家が指摘するように新型ワクチン接種のefficacyが不明であるなか、政府は
国策としての新型ワクチン接種を決断しました。わずかな確率とはいえ確実に起こるであろ
う重大な副作用に対しての無過失保障制度が検討されています。
考えてみると新型インフルワクチン接種は、小松秀樹先生の指摘する「医療の不確実性」
を理解する良いモデルになり得ると思います。同時に医療事故調査委員会での議論と同じ
ように、無過失保障制度を国民に理解して頂くチャンスでもあると思います。
ワクチン接種の有効性、有益性、リスク、そして保障制度をマスコミが正しく国民に啓
発すべきです。単に不安を煽るだけではなく、冷静な情報提供をお願いいたします。それ
でもアナフィラキシーショックなどの予期せぬ重大な副作用が起これば、保障制度をして
もカバーできない訴訟が懸念されます。
「ワクチン接種の先に医師法21条問題が見えてくる」と書けば、町医者の杞憂と笑われ
るでしょうか。
【新政権には3つのトラウマを乗り越えて欲しい】
新政権には3つのトラウマを乗り越えて、新型ワクチン接種という事業を是非成功させて
欲しいと願っています。そのためには現場の声に耳を傾け、時には朝令暮改を恐れず柔軟な
対応を期待します。
さらに新型ワクチン接種を通して「医療の不確実性」を国民に分かり易く説明して頂く
事を願います。この作業こそ次に来るべき強毒性ウイルス対策に必ずつながります。さら
に言えば医療再生のために、必要な行程ではないでしょうか。
今回の騒動を、先進国中最も遅れていると言われている日本のワクチン行政を国民全体で
考え直すよい機会にするべきだと考えます。