最新記事一覧

2017年 新年によせて

医療ガバナンス学会 (2017年1月1日 06:00)


■ 関連タグ

上 昌広

2017年1月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

明けましておめでとうございます。新しい年を迎え、いかがお過ごしでしょうか。

お陰様で、2004年1月に始まったMRICは、今年で13年目を迎えます。ここまで、MRICを続けることができたのは、一重に皆様のお陰です。この場をお借りし、感謝申し上げます。

さて、今年は、どのような年になるでしょうか。我が国の医療は、どうなるのでしょうか。

キーワードは「グローバル化」だと思います。これは日本の医療を海外に売りこんだり、中国からの富裕な患者を取り込もうという動きとは違います。昨年末、興味深い経験をしましたので、ご紹介いたしましょう。

私たちの研究室を卒業した大勢の若手医師が、東日本大震災以降、福島県浜通りで診療に従事しています。彼らと話していたときです。

「チャンスがあれば、シンガポールかインドネシアで働きたいです。話があれば紹介してください」と言われました。

発言したのは、20代の医師夫妻です。二人とも名門進学校から東大医学部へと進み、現在は福島県浜通りの病院で働いています。

診療経験を積むと共に、仮設住宅、復興住宅の住民のケアから、上海やネパールとの共同研究などの様々な活動に従事してきました。夫妻で既に20報以上の英文論文を発表しています。ここまでの、医師人生は極めて順調です。

なぜ、彼らはアジアに移住することを希望したのでしょう。それは、経済成長とともに医療ニーズが高まることに加え、子どもの教育を考えたからです。

読者の多くは、現在も日本がアジアの教育をリードしているとお考えでしょう。ところが、それはもはや昔の話です。

シンガポール国立大学は、いまや彼らの母校である東大とレベルは変わりません。英語で教育を受けることができるため、アジア中から優秀な若者が集います。

大学のレベル向上に引きずられ、高校のレベルも急上昇中です。シンガポール国立大学だけでなく、ケンブリッジ大学、ハーバード大学など世界中の一流大学に進学します。私の高校・大学の先輩で、弁護士資格を持つ方は、お嬢さんをシンガポールの高校に入学させ、彼女は、英国の大学の医学部を目指しています。グローバル化する世界に対応する子どもを育てたいと考えれば、若い医師夫婦の判断は合理的です。

実は、彼らが日本を出たいと思った理由は、これだけではありません。きっかけは、昨年、日本の医療界で繰り広げられた新専門医制度を巡る議論の迷走です。

この問題はMRICでも繰り返し、議論してきましたが、専門医育成と医師偏在問題を絡めて、大学病院で働かなければ、専門医資格を取れなくしようとする制度改正には、合理性のかけらも感じられません。

彼らは、この問題に対し、自らの意見を発表し続けてきました。米国の医学誌に論文が掲載されたこともありますし、塩崎厚労大臣が、彼らに意見を求めたこともあります。

ただ、医学界を仕切る教授たちには、まったく通じませんでした。「専門医資格をとらないと、将来大変だよ」と「忠告」してくれた人もいるようです。

彼らには、教授たちは、医師研修のレベルアップよりも、大学医局の復活を優先していると感じました。専門医資格を盾にとり、徒党を組んで、若手医師の稼ぎの上前を跳ねようとしているように映りました。

私は平素より、「医師は肉体労働。寿命は短い。若いうちから、セカンドキャリアを考えるように」と指導しています。今後、益々、この傾向は強まるでしょう。

これまで、我が国の診療報酬は高額に維持されていました。全国一律の公定価格なのに、物価が高い東京でも医療機関を経営できたのですから、地方ではさぞかし儲かったことでしょう。

このため、病院は、中年を過ぎて働きが悪くなった医師を高給で抱えていることができました。「学会だ。講演会だ。研究日だ」といって、休診する医師も雇い続けることができました。まさに、医師は特別待遇を享受することができました。ところが、診療報酬が下がれば、こんな悠長なことは続けられなくなります。

現に、最近は都内の医療機関は赤字のところが目立ちます。昨年末、エムスリーがまとめたデータによれば、東京に本部を置く売上高の多い医療機関のトップ5のうち、4つは赤字でした。恩賜財団済生会の利益率はマイナス21%でした。

中小病院になれば、さらに状況はきついでしょう。病院はコストカットに懸命です。昨年は都内の超有名病院に労基署が入りました。度を超した超過勤務、サービス残業をただすためです。これが日本の医療の現状です。
やがて、勤務医の年功序列賃金体系は崩壊し、働きに見合う給与しかもらえなくなるでしょう。

今は若い医師も、やがて、このような試練に遭遇します。生き残りたければ、自らの付加価値を高め、新しい成長領域に進出しなければならなりません。

前出の夫妻にとってロールモデルになったのは、東京と福島を往復して被曝対策に従事する坪倉正治医師、コンビニクリニックを立ち上げた久住英二医師、星槎大学で看護師を対象とした通信制修士課程を始めた佐藤智彦医師らです。何れもリスクをとって、新しい成長分野に飛び込みました。

アジアが成長領域であるのは、言うまでもありません。実は、すでに医師・看護師の争奪戦が始まっています。知人の上海在住の女性は「上海で働きたい医師を紹介してください。最近、共産党は規制を緩和し、一部の民間病院で外人医師が診療できるようになりました」といいます。

知人の東大医学部の教授は、「医学誌もアジアからの論文は掲載されやすい」と言います。発展著しいアジアでは、欧米先進国とは対照的に、販売を増やせるからです。我々の研究室も、上海、ネパール、フィリピン、ミャンマー、バングラデシュなどとの共同研究を始めました。ランセットなど一流誌に4つの短報が掲載されました。

多くのアジアの都市は、東京からの所要時間は3-6時間です。航空業界の発展とともに、益々、その距離は近くなるでしょう。日本とアジアを往復する「非常勤勤務」も可能になります。

これからの医療、特に医師育成を考える際に、日本だけで閉じた議論は意味がありません。アジアは急速にグローバル化しています。どのようなネットワークを構築し、どう連携していくか、試行錯誤が求められます。そのような試行錯誤を、是非、MRICで情報共有して頂ければ幸いです。

本年も宜しくお願い申し上げます。

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ