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臨時 vol 361 「医師の心が折れる」

医療ガバナンス学会 (2009年11月23日 08:08)


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虎の門病院泌尿器科
小松秀樹

現場の医師は、1999年以後10年間、安全要求と医療費抑制の2つの圧力の中で
疲弊してきた。過酷な現場から黙って立ち去る医師が目立つ。その中で政権交代
が起きた。

総選挙では、医師の60%が民主党に投票したとされる。それ以外の40%を含め
て、すべての医師は、民主党政権による予算案作成過程を、祈るような期待と、
医師独特の諦観を含む醒めた心で凝視している。

祈るような期待の根拠は民主党マニフェストにある。その工程表では平成22、
23年度に「医師不足解消など段階的実施」のために1.2兆円の予算がつぎ込まれ
るとされている。マニフェスト各論の3番目は年金・医療であり、「医療崩壊を
食い止め、国民に質の高い医療サービスを提供する」と書かれている。

醒めた心は、最近の動向に由来する。長妻厚生労働大臣は、11月3日、勤務医
への配分を手厚くすることで、開業医と勤務医の所得格差を解消すべきだと強調
し、医療費を医師の所得問題にした。日本人の感情論は、個人所得に対し、事実
認識と思考を飛び越えて条件反射する。戦国時代の恒常的な飢饉に対応するため
に発生した農村共同体の生存戦略と、享保、寛政、天保の三大改革などの歴史的
積み重ねは、金銭と奢侈に悪のイメージを重ねることを日本人に刷り込んだ。長
妻発言は医療費の抑制圧力にしかならない。

さらに追い打ちがあった。財務省は、巧妙にも、診療報酬を事業仕分けの中に
持ち込んだ。事業仕分けでは、予算圧縮方向だけの乱暴な感情論がまかり通る。
事業仕分けに持ち込まれる他の案件は、無駄遣いがあると想定された事業である。
ここに診療報酬が持ち込まれたことに、医師は違和感と疑念を覚え、諦観を小出
しにしつつ失望に備える。

現場の医師は、一義的に、対立を生じやすい医療環境、苛酷な労働条件の改善
を求めているのであって、所得を増やすことを望んでいるわけではない。そもそ
も、70%の病院が赤字である。病院には多様な職種の人たちが勤務する。労働力
の総量が不足している。診療報酬の引き上げで医師の給与が増えるとは思えない。

開業医は設備投資を自前で担う自営業者である。新型インフルエンザ騒動では
厚労省の不手際に翻弄されつつ、国民のために獅子奮迅の活躍をしている。開業
医の収入を妬む勤務医はいない。

マニフェストは絶対ではない。未曽有の不況下にあり、国債発行残高は第二次
大戦末期に匹敵する。幸い日本では個人の貯蓄が大きく、租税負担は低い。国民
負担を引き上げる余地が十分にある。国民の不安を解消して経済を回るようにす
るためには、社会保障の充実が必須である。診療報酬を引き上げるためには、い
ずれ増税しなければならない。

予算案は政権の意思の表現である。長い過酷な医療費抑制から脱したことを医
師に理解させる必要がある。分岐点は医療費が増加に向かうのかどうかにある。
この分岐点は、医師の心が折れるかどうかの分岐点でもある。

 

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