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臨時 vol 364 「いわゆる混合診療の法解釈論」

医療ガバナンス学会 (2009年11月24日 17:50)


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井上 清成(弁護士)

1 混合診療という不適切な用語
混合診療という法令の明文はない。
混合診療というと、混ぜ物(雑ぜ物)というイメージがつきまとう。その語感をもと
に議論すると、ともすれば感情的な議論になってしまうかも知れない。
そこで、併用療養のような法令に基づく用語での分析と議論をした方がよいと思う。

2 併用療養は併合療養
健康保険法第86条に保険外併用療養費制度の定めがある。「併用療養」という用語
が登場するが、この用語は厚生労働省がかねてから主張している「不可分一体論」に基
づく。「医療行為は、様々な作用を及ぼす侵襲行為であるから、複数の医療行為を行う
場合には、複雑な相互作用を生じさせるおそれがあり、これを単純に複数の医療行為が
併存しているとみることができず、複数の医療行為を併せて不可分一体の1つの新たな
医療行為がされているとみるべきである」というのが不可分一体論である。
不可分一体論を表現するならば、「併用」よりも「併合」の方が直截的であろう。併
用療養とは、併合療養のことなのである。

3 併存療養もしくは追加療養
しかし、「単純に複数の医療行為が併存している」場合もあるかも知れない。もしも
そうだとしたら、それは併存療養もしくは併行療養と表現するのがよいように思う。健
康保険法上の「療養の給付」に上乗せする意味も込めるとすれば、むしろ追加療養もし
くは付加療養と称する方がわかりやすい。
併存療養にしても追加療養にしても、法令に明文がないのは大前提である。ただ、こ
れらの用語は、不可分一体論に対比して、可分なものであることを表現するのに適切だ
と思う。

4 不可分型と可分型
まとめると、併用(併合)療養は不可分型を意味しており、併存(追加)療養は可分
型を意味している。理念型としては、不可分型と可分型が存在しうるといってよいと思
う。
問題は、現実に、可分型が存在するかどうかである。まず検討すべきものとしては、
産科における異常分娩があろう。出産における正常分娩は自由診療(保険外診療)であ
ることは争いがない。ところが、それが異常分娩になったり、帝王切開になったりすれ
ば、保険診療(療養の給付)が入り込む。すると、その場合は、自由診療と保険診療の
可分型と評しうるようにも思う。

5 LAK療法は可分型か
インターフェロン療法とLAK療法とを併せた場合に、インターフェロン療法の分だけ
には保険適用すべきかどうかが争われている裁判が、現在、最高裁判所に係属している。
東京地方裁判所(平成19年11月7日判決)では保険適用を認めたが、東京高等裁判
所(平成21年9月29日判決)はこれを否定した。いわゆる混合診療問題の今後に大
きな影響を与える訴訟として、最高裁判所の判断が注目されている。
論理的には、2つの見方がありえよう。
1つは、診察検査等とインターフェロン療法で完結しているところに、単にLAK療法
を上乗せするに過ぎないから、可分型と見るものである。一審の東京地方裁判所の物の
見方は、このようなものであろう。
もう1つは、診察検査等とインターフェロン療法という系列と、診察検査等(これは
インターフェロン療法の前提となったものと同一)とLAK療法という系列とが、2つ重
なっているのだから、診察検査等とLAK療法とはやはり不可分だというものである。お
そらく二審の東京高等裁判所はこのような大前提に立っているのだろうが、判決で可
分・不可分には何ら触れられていない。
後者は正確には重畳型とでも称しうるものであろうから、不可分とも見うるし、可分
とも見うる。少なくとも論理的にどちらだと断言する決め手はないように思う。

6 国民皆保険制維持という立法趣旨
いわゆる混合診療禁止の立法趣旨は、まず何といっても、国民皆保険制の維持である。
国民皆保険制は、憲法第25条の生存権の健康的側面に関わるものであるから、この点
には争いはあるまい。
もしも混合診療を全面解禁すると、保険診療に自由診療(保険外診療)を組み合わせ
ることによって、容易に「保険診療のつまみ食い」が可能になる。「保険診療のつまみ
食い」がまん延すれば、それでなくとも財源が苦しい国民皆保険制は、あっという間に
崩壊してしまう。
国民皆保険制は何としても維持しなければならないのだから、この立法趣旨は合理的
である。そして、不可分型については、「保険診療のつまみ食い禁止」の立法趣旨がよ
く当てはまるであろう。
しかし、可分型については当てはまらない。また、重畳型については、その実質が可
分型的か不可分型的かによって判断が異なろう。ただ、LAK療法を巡るいわゆる混合診
療裁判においては、東京地方裁判所も東京高等裁判所もその実質を何ら審理していない。
最高裁判所では、重畳型たるLAK療法の実質に着目した判断が期待されよう。

7 医療の安全性という立法趣旨
医療の安全性ということも、いわゆる混合診療禁止の立法趣旨としていわれることが
ある。しかし、この立法趣旨は、混合診療という用語の「混ぜ物」(雑ぜ物)というイ
メージにひきずられたものに過ぎない。
可分型または可分型の実質を有する重畳型に適用されるべき立法趣旨ではないと思
う。
保険診療であろうと自由診療であろうと、医療の安全性は保たれねばならない。医療
の安全性は、保険診療であっても自由診療であっても、医師法や医療法を通じて規律さ
れねばならないし、現に規律されている。もちろん、保険診療については健康保険法で
も規律されよう。自由診療(保険外診療)が保険診療部分に悪い影響を与えている混合
診療の場合には、その保険診療部分に対する規制だけによって、立法趣旨を十分に達成
できる。
つまり、医療の安全性という立法趣旨(立法目的)と、混合診療禁止という立法目的
の達成手段との間には、十分な関連性がないと思う。

8 保険外併用療養費制度の反対解釈
いわゆる混合診療禁止の法理は保険外併用療養費制度の反対解釈によって認められ
るという論理がある。現に、いわゆる混合診療裁判の東京高等裁判所の判決で採用され
た。
しかし、保険外併用療養費制度の反対解釈ということは、すなわち、保険外併用療養
費制度がいわゆる混合診療のすべての型を踏まえた上で制限列挙(限定列挙)したとい
うことを意味する。評価療養と選定療養は、すべての型を踏まえて制限列挙したことに
なってしまう。けれども、そもそも厚生労働省がかねてより主張している通り、保険外
併用療養費制度(評価療養と選定療養)は不可分型を大前提としていた。
もしも可分型や可分型の実質を有する重畳型が存在しているとしたならば、その大前
提が崩れてしまう。より正解にいえば、その反対解釈や制限列挙の範囲外になる。
したがって、東京高等裁判所の反対解釈論には論理の飛躍があると評しえよう。ちな
みに、東京高等裁判所の反対解釈論においては、不可分一体論の当否については何らの
判断もなされなかった。

9 保険診療中心型と自由診療中心型
ところで、いわゆる混合診療には、別の観点からの分類も可能であるように思う。保
険診療と自由診療とでどちらが主になっているのか、という観点である。保険診療中心
型と自由診療中心型といってよいであろう。既に述べた不可分型と可分型とを組み合わ
せると、4種類に分けられる。
そのうち、自由診療中心で不可分の型こそが、正に、混合診療禁止の中核といってよ
い。保険診療のつまみ食いが、顕著に見られる型だからである。もちろん、立法目的達
成手段の実質的関連性には疑問があるが、医療の安全性の側面でも最も注視せねばなら
ない型であろう。
次に、自由診療中心で可分型と思われるのは、出産における異常分娩のケースである。
なお、「中心」かどうかについては、目的と結果(費用の大小も含む)の総合判断で決
めることになろう。そのため、必ずしも区分が一義的に明確でないことも多い。

10 保険診療中心型は憲法上の要請
保険診療中心型には、いろいろな問題が発生する。まず、不可分型について見れば、
評価療養に取り込まれていない諸ケースが挙げられよう。未承認薬の問題であったり、
適応外使用の問題であったり、枚挙にいとまがない。原則論としては、民主党マニフェ
ストの詳細版(新しい医療技術、医薬品の保険適用の迅速化)のとおりであろう。ただ、
このことは単なる政策論や法律論にとどまるものではない。憲法第25条の生存権の健
康的側面という憲法上の要請でもある。
国家は、憲法25条の趣旨を敷えんして国民皆保険制をつくった。この制度的保障に
より逆に、公的医療の受給を受ける国民の利益の権利性も強まったといえよう。これが
公的医療受給権という具体的な権利といえるかどうかはともかくとして、保険診療を可
及的に拡大することは憲法上の要請といってよい。
なお、保険診療中心かどうかは、現行法上の保険診療の区分ではなく、憲法上のある
べき保険診療の区分であるかどうかで判断すべきであろう。そうすると、評価療養とい
う位置付けは、恒久的なものではなく暫定的に過ぎず、可及的速やかに保険適用に移行
しなければならない。現在はまだ評価療養にすら入っていないものでも、可及的速やか
に評価療養に組み込まれなければならないものであろう。これらが相当期間を経過して
も組み入れられなければ、違憲状態もしくは違法状態になるといってよい。
少なくとも、評価療養という一般的制度にとどまらず、許可制という個別的制度を導
入して、個別的に患者を救済することが望まれよう。

11 選定療養への駆逐は論外
医療費抑制政策が行われていた時期においては、むしろ全く逆のことも行われてきた。
それは、従来は保険適用が認められていた部分を削って、選定療養へ放逐したケースで
ある。リハビリテーションの日数を制限し、制限日数以上は選定療養にしてしまった事
例は、典型であろう。
このような事例は、政策論や単なる法律論にとどまることなく、憲法論も加味した検
証が必要である。
なお、既に述べたLAK療法も同様の経過を辿った。かつては特定療養費制度(今の
評価療養)の対象であったものが、有効性が証明されないとして外されたのである。

12 保険診療中心かつ可分な型―追加療養
現在の保険外併用療養費制度の対象は、不可分型であり、かつ、保険診療中心型とい
ってよい。そして、LAK療法を巡る問題は、可分型かどうかの争いであったが、保険
診療中心型でもあろう。インターフェロン療法を中心とし、そこにLAK療法を上乗せ
しようというものだからである。
こうして見ると、LAK療法を巡る問題は、正しく、追加療養(付加療養)の問題と
いってよい。
保険外併用療養費制度の反対解釈などという小手先の法解釈に拠らず、端的に、健康
保険受給権を患者に認めるのが正統な法解釈であろう。
ただ、立法論的には、いくら保険診療中心・可分型の追加療養だとはいっても、野放
図に混合診療解禁的な流れになるのは必ずしも好ましくない。一旦、脱法的な手法が横
行すれば、国民皆保険制が一気に崩壊しかねないという重大なリスクがあるからである、
他方、公的医療受給権という患者の重要な権利もしくは利益も尊重しなければならない。
そうすると、追加療養の場合には、(許可制よりも自由度は高い)届出制を採用するこ
とも考えてよいように思われる。

13 最後に―立法の不備
いわゆる混合診療を巡る法解釈の混乱は、立法の不備に由来しているといえよう。健
康保険法を改正して保険外併用療養費制度を導入した際に、混合診療を禁ずる旨の条項
を挿入することは法技術的に極めて容易にできたからである。
たとえば、一例として挙げれば、他の法令による保険給付との調整を定めた健康保険
法第55条のすぐ後ろに、、追加規定を挿入することも可能であった。第55条の2を
新設して、「被保険者に係る療養の給付は、同一の疾病又は負傷について、厚生労働大
臣が定める以外の特殊な療法もしくは新しい療法等を、又は、厚生労働大臣が定める以
外の医薬品の施用もしくは処方を被保険者が受けた場合には、行わない。」などと定め
るだけでよかったのである。
そうして見ると、逆に、健康保険法の趣旨はすべての混合診療までを禁ずるものでは
ない、とも解釈しえよう。
いずれにしても、いわゆる混合診療を巡る法的議論は必ずしも詰めきったものとはい
えない。近く最高裁判所がいずれかの結論を出すであろうが、それはそれとして、また
は、むしろそれを契機として、ともすればタブー視されがちであった混合診療について
開かれた十分な議論をした上で、きちんと立法し直すべきであろう。

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