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Vol.073 地方議会では医学について論理的な議論は望めない ~東村山市議会のB型肝炎ワクチンの誤情報の事例から~

医療ガバナンス学会 (2017年4月5日 06:00)


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医療志民の会
上坂裕美

2017年4月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

昨今、マスメディアやSNS上での、科学的根拠のない、あるいは明らかな間違いを流布する医療情報の氾濫が問題になっています。ここでは、在住自治体の市議会で実際に起きた事例をもとに、一般市民の立場から誤情報・デマ情報の氾濫について考えていきたいと思います。

1.誤情報拡散の概要
2016年10月からB型肝炎ワクチンが定期接種化されるにあたり、各基礎自治体ではワクチン接種事業の補正予算を編成しました。そこで、全国各地の地方議会9月定例会では、B型肝炎ワクチン定期接種化に関して、接種対象年齢の拡大、ワクチンの安全性など、さまざまな角度から質疑が行われました。
私の住む東村山市の議会でも、「B型肝炎ワクチン接種の問題点」という一般質問が提出されました。
当該議員の参照した資料の一つはアメリカのVAERSのデータです。しかし、誤読された形で引用されました。一般質問当日の担当所管からの答弁でも、修正・指摘されることなく、約2か月後に、「アメリカのB型肝炎ワクチンによる死亡者1,077人のうち、832人が3歳以下である」と記載された市議会だよりが15万市民に全戸配布されてしまいました。

東村山市議会 平成28年9月定例会一般質問通告 大塚恵美子

https://www.city.higashimurayama.tokyo.jp/gikai/katsudo/gikai_09-3_ippan-sit/2809tuukoku.files/ootuka2809.pdf

平成28年東村山市議会9月定例会会議録(9月6日)

https://www.city.higashimurayama.tokyo.jp/gikai/gikaijoho/kensaku/h28_honkaigi/gikai280906.html

東村山市議会 議会中継 平成28年9月定例会 9月6日 大塚恵美子

http://smart.discussvision.net/smart/tenant/higashimurayama/WebView/list.html

東村山市議会だより222号(平成28年11月15日発行)5面 大塚恵美子

https://www.city.higashimurayama.tokyo.jp/gikai/gikaijoho/gikai_11_sigikai-day/gikai2016220.files/gikai222_5.pdf

2.市議会への陳情提出と審査
そこで、誤情報拡散の訂正と、誤情報をもとにした議論について削除を要求する陳情を平成29年東村山市議会3月定例会へ提出しました。正確を期すため、ワクチンに詳しい医師2人に監修を受けました。3月13日の議会運営委員会で審議されました。

【一般質問の会議録からの削除並びに市議会だよりの訂正を求める陳情】

https://www.city.higashimurayama.tokyo.jp/gikai/katsudo/gikai_09-4_seigan-ke/seigan/h2106/chinjyo29-2.html

審査の結果、議会運営委員会の結論は、全会一致で不採択でした(正式には、3月28日の本会議最終日に議員全員に諮ります。今回はどの会派も不採択を表明しているので結論が覆ることはないでしょう)。
この陳情審査では、地方自治法ならびに東村山市議会会議規則をもとに、すべての会派の議員が不採択意見を表明しました。
主な内容は
・議員は市民を代表しており、その発言内容は尊重される。
・地方自治法、東村山市議会会議規則によると、会議録の削除は不可能。
・市議会だよりの記載内容は議員個人の責任。
・市議会だよりは、議員本人の申し出がない限り変更することはない。
・議会での市民の代表である議員の発言は、すべて議員個人が責任をもって発言している。議会の責任でも、会派の責任でもない、議員個人の責任である。仮に、その発言が訴訟に発展したとしても、責任を持つのは当該議員個人である。
・人格攻撃や個人の名誉を棄損しない限りはどのような発言も許される。
・市民の安全を第一に考え責任をもって発言している。
・議場での議員の自由な発言は何よりも保障される。
というものでした。
今回は、30分にも満たない審査時間で、法令や会議規則との照合の形式的な審査と、議員の発言の保障のみに終始しました。しかし、陳情の核心である「公の機関による医療にかかわるデマ情報の拡散」という点は、一切審議されることはありませんでした。
資料の誤読、科学的事実の誤認は市民と行政を惑わせる危険性があるいう旨の発言は、一言たりともありませんでした。
しかし、東村山市議会基本条例第7条には「議会は、請願を市民からの政策提言として受け止め、適切かつ誠実にこれを審議または審査する。」と明記されています。適切、誠実な審査であったのか、大いに疑問が残ります。

この陳情は、市民に行う施策の根拠になっている医療データの読み間違いの訂正を求めるものです。私たちが指摘したのは、まずは質疑の根拠となっている資料の読み間違いを正すことでした。誤った根拠に基づく議論は全く意味がありません。地方自治の根幹をなす二元代表制の一翼を担う市議会が機能しないことになってしまいます。
もう一つわかったことは、市議会での議員の発言は、科学的事実と議員個人の意見は区別されないということです。つまり、議員の科学的事実の誤認があり、それを市民が指摘したとしても、市民の代表である議員の議会内での一切の発言として、訂正されることなく議員の意見が尊重されるのです。

議会録画中継は3月23日ごろから視聴可能です。

http://smart.discussvision.net/smart/tenant/higashimurayama/WebView/

3.議員の責任
今回の審査の中で多くの議員が、「発言の一切の責任は議員個人にある」と表明していました。「責任」とは何を指すのでしょうか。当該議員と同一会派の議員も「議員の発言は個人のもの」と発言しています。議会運営委員会の審査によれば、東村山市議会には一切責任はなく、議員として発言し議会だよりに掲載した議員が100%責任を持つことになります。
議会だよりを読んだ市民が国の定期接種になっているワクチン接種を拒否し、罹患した場合、訴訟に発展する可能性があります。国内では、まだまだ多くの発症例が報告されています。また、B型肝炎の集団感染でよくあげられるのは、保育園や修学旅行の事例です。定期接種のワクチンを接種して健康被害が生じた場合は、国が補償します。しかし、誤情報を信じて接種せずにB型肝炎に感染した場合は、誤情報を流した当該議員の故意又は過失による不法行為を形成しますので、補償(適法な行為に関する救済)ではなく、地方自治体又は当該議員に賠償責任が生じます。

4.地方議会は科学的に誤った判断を下すことがある
一連の経過の結果、東村山市議会においては、議員は個人の名誉を毀損しない限りは科学的事実を否定する発言をしても構わないということになります。現状では、科学的事実は地方自治法で守られていないのです。したがって、今回のように地方議会は科学的に誤った判断を下すことがあるのです。
このような事態を想定して、地方自治法は適切な参考人を招致できる仕組みを用意しており、東村山市議会でも市議会基本条例第15条で定めています。しかし、未だかつてこの制度は使われたことはありません。

5.行政側にも専門家はいない
市議会一般質問では、東村山市の場合、答弁するのは一般職員であり、そこに医療の専門家はいません。保健所を持つ自治体であれば保健所長など専門家が答弁に立ちますが、東村山市に限らず、多くの自治体に専門家は不在です。

6.市議会だよりの保健行政への影響
専門家のどなたに尋ねても、「B型肝炎ワクチンは最も安全なワクチンの一つである」と即答されます。数年前から公費で全額負担、一部負担で接種を奨めている自治体も多くあります。また近隣自治体でも、今回の定期接種開始にあたり、接種年齢を広げているところも多々あります。つまり健康と命にとって重要なワクチンであるということです。
今回の審査の結果は、次回の市議会だより(5月中旬発行)に「不採択」と掲載されます。「市議会だよりに、『B型肝炎ワクチン接種により800人以上死亡している』と記載されていましたが大丈夫ですか?」と市民から質問が来たら市役所の担当所管はどう答えたらいいでしょうか? 国内の30年の実績で安全が証明されているにも関わらず、担当所管が積極的に取り組むことを阻む要因になり得ることを懸念します。
2020年東京五輪を待つまでもなく、誰でも気軽に海外と往復できる今日です。ワクチンで防ぐことのできる感染症だけでもコミュニティの中で日常から予防啓発に努めることは言うまでもありません。

さいごに
専門家不在の状況でワクチンの効果や有害事象、副反応の有無などを議論しても意味はありません。地方議会の現状では、国会に対応する厚生労働省の官僚や専門家の招致は行われず、データを曲解する議員の発言を訂正することは不可能です。地方議会で、医療に関する情緒的な議論をすることは有害以外の何物でもありません。
議員を選んだのは市民です。議員のレベルは市民のレベル。議会のレベルも市民のレベル。もちろん自分も含めて。
以上、一連の考察は、医療の専門家をはじめ、様々な分野の専門家、そして多くの市民の皆さんのご協力とご助言の賜物です。この場を借りて、あらためて感謝申し上げます。

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