医療ガバナンス学会 (2017年4月4日 06:00)
(1)功績1:事故調査委員の選定方法
第6次改正医療法で定められた新しい医療事故調査制度においては、事故調査委員会の中立性が非常に重要であると多くの方々からすでに指摘されている。すなわち、事故調査委員の選定方法が非常に難しいということである。
しかし、実はそれほど難しくはないことを群馬大学が実践してくれた。同報告書に関わる調査委員に関しても、
「群馬大学学長は、第三者のみで構成された中立、公正な再調査が必要と判断し……」
と記し、調査委員の中に群馬大学出身者を含めていた(http://www.gunma-u.ac.jp/wp-content/uploads/2015/08/27.8.10jikotyoiin.pdf)。これで中立性の問題がクリアできる。実に簡単である。
(2)功績2:医療事故の定義
同報告書は、医療事故の定義について、あえて別刷り(http://www.gunma-u.ac.jp/wp-content/uploads/2015/08/jikotyo_teigi.pdf)を用意してくれていた。実に丁寧で、わかりやすい。そこに記されている医療事故の定義は、以下のとおりである。
「本委員会で言う医療事故とは、別紙2のとおりである。」
「標記委員会名にも使用している「医療事故」については、平成27年10月1日から施行された改正医療法に基づく医療事故と定義を異にしています。委員会で使用している「医療事故」は、リスクマネージメントマニュアル作成指針などに示されている広義の「医療事故」として使用していることを付記いたします。」
別紙2:http://www.gunma-u.ac.jp/wp-content/uploads/2015/08/jikotyo_teigi.pdf.
第6次改正医療法によって、医療事故調査制度の目的がパラダイム・シフトした。これまでの「責任追及」「処分」「処罰」「報復」「救済補償」から、「医療安全」にパラダイム・シフトした。この変化は非常に重要で、医療安全に理解の無い者にとって、最初にぶつかる大変難しい問題である。なぜなら、医療安全に理解の無い者にとっての拠り所は、「注意喚起」や「確認励行」といった「精神論」や「根性論」であり、そして、すでに失効している「厚生労働省リスクマネージメントスタンダードマニュアル」だからである。
しかし、この難しい問題を群馬大学はいとも簡単にクリアした。それが、上述のような「定義の先付け」という手法である。自分達に都合の良い医療事故調査手法を実施する旨を先に明示しておくだけで、現行法である第6次改正医療法を完全に無視した事故調査を実施することは可能となる。
このような「定義の先付け」という免罪符を得られることは、担当する事故調査委員にとっては何よりの福音である。自分達に都合の良い定義を「断り書き」するだけで、これまでと同様の「責任追及」「処分」「処罰」「報復」を目的とした事故調査手法を堂々と駆使できるいうお墨付きが得られるからである。「医療安全」の対極である「責任追及」「処分」「処罰」「報復」を目的とした前近代的な事故調査を堂々と実践できる。
自分に染みついたスタイルを変えることは、誰にとっても非常に難しい。新しい医療事故調査制度への造詣を深めなければならないというストレスに苦しむ人々も多いだろう。しかし、そのようなストレスに満ちた苦労をする必要がなくなる画期的な手法を、群馬大学は提示してくれた。まさしく、一筋の光明だろう。
(3)功績3:脱法医療事故調査に処罰無し
「医療安全」にパラダイム・シフトした新しい医療事故調査制度を理解することの難しさは、医療事故調査への造詣が非常に深い方々にとっても同様である。このことも同報告書で示された。ちなみに、同報告書に今回携われた事故調査委員の方々はこちら(http://www.gunma-u.ac.jp/wp-content/uploads/2015/08/27.8.10jikotyoiin.pdf)に記されているので、ご確認いただければ幸いだ。
同報告書に携われた事故調査委員の方々は、これまでにも数多くの医療機関で事故調査委員に就かれている。経験は非常に豊富で、ある意味「プロ」であると一目を置かれる方々だ。忙殺極まる臨床現場の最前線で、片手間で事故調査に携わざるをえない市井の医療従事者とは全く違う。しかし、これらのプロの方々ですら、医療安全を目的とした新しい事故調査制度の経験は無く、「責任追及」「処分」「処罰」「報復」「救済補償」ばかりをこれまでは主張してこられた。
「医療安全」が目的である新しい医療事故調査制度で最も重要な視点は、「非懲罰性」である。これは、新しい医療事故調査制度の教本でもある「WHOドラフトガイドライン」(WHO Draft Guidelines for Adverse Event Reporting and Learning Systems)に記されている。WHOドラフトガイドラインには、医療事故調査を行う上での重要な7項目が詳しく記されているが、「非懲罰性」が「いの一番」に記されている。
事故調査委員や病院管理者が、医療事故に立ち会った現場の医療従事者に事故の責任追及の矛先を向け、処罰をすることは、医療安全を推進していくための「御法度 第1条」である。悪意を以て医療事故に関係したわけではない医療従事者から、事故発生時の状況や事故発生前の状況を、事故調査委員は聞き出さなければならない。語ってもらう時に責められたり、処分をちらつかされては、誰も口を開かなくなる。その結果、事故の発生要因を知る機会を逸し、医療安全からはどんどんかけ離れてゆく。すなわち、この「非懲罰性」は、「責任追及」「処分」「処罰」「報復」とは真逆のスタンスである。
「非常罰性」という最も大事な視点が事故調査委員から欠落すると、医療従事者の人権を蹂躙することにもなる。証言を強いることは「強要」であり、「自己負罪拒否特権」の侵害となる。
しかし、事故調査委員の方々には安心していただきたい。「非懲罰性」を考慮せずに同報告書を作成したプロの方々は、責任を何ら問われていない。
(4)功績4:組織管理者の身分は安泰
医療事故がシステム・エラーであることは、もはや常識と言えよう。任意の医療事故に関わった職員のヒューマン・エラーを責めても、別の職員が同様の医療事故に遭遇してしまうことは珍しくない。医療産業組織というシステムに不具合が残存しているからである。
このシステム・エラーを改善できる立場にいる者は、その組織の統括責任者である病院管理者でしかいない。すなわち、医療安全を推進すべき最高責任者は病院管理者でしかない。群馬大学医学部附属病院の場合には病院長であり、学部長であり、学長が組織管理者に該当するだろう。
医療安全を推進すべき病院管理者は、高度に複雑化された医療現場の運用システム、物品、機器を改良することに専心しなければならない。なぜなら、「人」は誰でも、容易には変われない。また、「人」を備品のように取り替えてもいけない。「人」を替えるだけで医療事故を再発できるわけではない。システムやモノを改善することで医療事故の再発を初めて推進できる。それが可能な立場に就いているのは、病院管理者だけである。不幸にも医療事故が起きてしまった場合、あるいは医療事故が「再発」してしまった場合、責任追及されるべき対象となるのは、医療事故を起こしうる脆弱なシステムを改善しない組織の責任者である。
群馬大学は、同報告書内で平塚浩士学長のコメント(http://www.gunma-u.ac.jp/wp-content/uploads/2015/08/H280730gakuchocom.pdf)を記されている。
「本学としては、昨年来、附属病院の改善、改革に取組んでおりますが、このたびいただきました報告書の内容を踏まえ、事故の発生要因や対応が遅れた理由を確認するとともに、再発防止に向けたご提言を真摯に受けとめ、更なる改善、改革に早急に取組んで行く所存です」
この非常に強い決意表明を頼もしく感じた方々が何人もいるようだ。就任してから同報告書を受け取るまでの1年4ヶ月間に、平塚学長はいくつもの報告書を手にしてきた。報告書を何通受け取っても一向に改革が実践されなかったにも関わらず、平塚学長の非常に強い決意が同報告書内にも公式発表され、群馬大学学長選考会議の大多数の方は実に頼もしく感じたのだろう。このまとめについては、「国立大学法人群馬大学の次期学長候補者の選考理由と過程について」(http://www.gunma-u.ac.jp/wp-content/uploads/2015/05/gakuchoukouji.pdf)をお読みいただくだけでも容易に理解できる。
そして、システム・エラーを改善しない責任者を「満場一致」で再任する組織が実際に存在した(http://www.gunma-u.ac.jp/wp-content/uploads/2015/05/gakuchoukouji.pdf)。そのような英断が可能であることに私は驚いた。変革しようという気運がその組織の上層部全体に全く無ければ、組織管理者の身分は、実に安泰だ。
(5)まとめ
新しい医療事故調査制度については、トップに就く者の姿勢、事故調査委員の人選、事故調査手法、事故調査報告書の取り扱いなど、様々な問題が今後も続き、混乱し続けるだろう。なぜなら、医療事故調査制度によって恩恵受けられる様々な者が、利益や報酬を得られる様々な者が、我田引水のような制度利用を自己主張し続けるからだ。
新しい医療事故調査制度はの目的はただ1つだけである。「医療安全」だけである。「責任追及」「処分・処罰」「報復」「救済補償」などは目的ではない。そのことを第6次改正医療法で定めたからだ。「責任追及」「処分・処罰」「報復」「救済補償」に関わる者を排除した「正しい制度利用」が今後は浸透することを、患者になりうる一国民として、切に願う。