医療ガバナンス学会 (2009年11月25日 08:17)
偏ったデータで議論された「事業仕訳」に不安つのる
武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕
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2009年11月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行
http://medg.jp
「デフレ傾向を反映させ、医療費全体の上積みを再検討すべき」という医療費
削減案は、さすがに半分の賛成しか得られませんでした。
その一方で、「収入の高い診療科の報酬の引き下げ」と「開業医と勤務医の収
入格差を平準化すること」は賛成多数で「必要」と判定されました。
偏ったデータを根拠にして、「楽して儲けていそうなところを削れ!」という
結論だけが出されてしまった──。個人的にはそう思えてなりません。
本当に困っているところへ予算を配分するという方策は、全く検討されなかっ
たのです。まるで「自民党時代の財政制度等審議会のデジャブか?」と思わせる
結果でした。
●都合のいいように取り出された診療所の収益データ
ここ10年で医師数が増加しているのは、精神科(20%)、皮膚科と整形外科
(それぞれ15%)、眼科(13%)です。これらの科目はリスクが 少なく、勤務
時間が短いと思われているのが原因のようです。一方で、産婦人科医師は11%減
少、外科医師は8%減少しています。
科目によって、収益も違います。会議で資料として提示された「診療科別の損
益差額(個人診療所の事業収益)」によれば、年額で整形外科が4200 万円、眼
科が3100万円、皮膚科が2800万、産婦人科が2500万円、精神科が2000万円、外科
が1900万円でした(事業所の収益なので、個人の 稼ぎではありません、念のた
め)。
これだけ見ると、整形外科、眼科、皮膚科は稼ぎすぎである、報酬を下げるべ
きだと、思うことでしょう。
しかし、この収益は、休日がないため収入が一番多くなる6月の月収入を12倍
して計算されています。さらには、医療法人を含めた統計ではありませ ん。医
療法人を含めると、年間の損益差額は整形外科が2880万円、眼科が2580万円、皮
膚科が2120万円、産婦人科が2700万円、外科が1460 万円、精神科が1200万円ま
で低下します。
統計から、収益が大きくなる部分だけを抜き出して、都合の良いように結論を
導き出して資料を作ったというと言い過ぎでしょうか?
産婦人科医は年収3000万円で募集しても応募がないのはよくあることです。つ
まり、報酬そのものよりも、過重労働問題や訴訟問題の方が、診療科目ごとの医
師の増減に大きな影響を与えているという気がします。
また、事業仕分けは無駄を削減するのが主な目的なのでしょうが、どこを削る
かだけが議論され、「疲弊している勤務医に、どうすれば報酬を効率よく配分で
きるのか」といった議論は見られなかったのが気になるところです。
●「開業医の収入は高いのか?」を再び問う
会議ではまたもや、「勤務医に比べて開業医は収入が1.7倍も高いため、病院
勤務医が開業医に転向し、医療崩壊が引き起こされた」という理論が展開されま
した。
何度も繰り返しますが、「診療所の事業収入」と「院長給与」は別物です
(http://jbpress.ismedia.jp/articles /-/1159開業医の年収は高すぎる? も
ご参照ください)。トヨタ自動車が1兆円の経常利益を出したところで、トヨタ
の社長の給料が1兆円と思う人は いないでしょう。日本航空が1300億円の赤字を
出したからといって、社長の給料がゼロになる(または1300億円の借金を背負う)
と思う人はいないで しょう。
「会社の事業収入=社長の給料」として比較ランキングを出せば、実態とかけ
離れたものになってしまうのは、当たり前のことです。「勤務医の給料」と「診
療所の事業収入」を開業医の給料とみなして比較するのは、いい加減やめてほし
いと思います。
それと、付け加えるならば、経済誌では「プレジデント」でも「ダイヤモンド」
でも「東洋経済」でも、給与を比較する時には必ず平均年齢を同時に提示してい
ます。年齢が一番給与に影響を及ぼすファクターだからです。
今回、1.7倍の格差があると指摘されたデータでは、診療所開業医の平均年齢
は59.4歳、勤務医の平均は43.4歳でした。この年齢差を考慮すれば、実際の給与
格差は1.7倍を大幅に下回るでしょう。
また、個人事業主の場合、事業収入と個人の給料の相関が高いとはいえ、減価
償却費や退職金積み立て分、オフバランスされているリース支払いは実質 借金
です。そのことなどを考慮すれば、差はさらに縮小します。実態として、開業医
と勤務医の収入にそれほどの開きはないはずなのです。
今回、発表された開業医の月収205万円というのは、わずか2年前の224万円
(2007年6月)より、8.6%も低下しています。
ほぼ同時期に施行されている、全国の企業数千社を対象とした産労総合研究所
の調査によれば、社長の年棒は2006年度が3100万円、2008年 度が3105万円とほ
とんど変化していません。それを考えあわせれば、尋常ではない減少幅と捉える
のが正しい見方だと思うのです。
●ネット生中継より、信憑性のあるデータを
事業仕分けの統括役である枝野幸男・衆院議員は、「勤務医と開業医の収入格
差がフェアなものかに関しては、客観的な情報を揃えてもらわないときちんとし
た議論ができない。それを調べる責任は厚生労働省にある」と会議を締めくくり
ました。
医療崩壊の現場を知らない人たちが議論しているのでは、的はずれになってし
まうのは仕方がないのかなあ、と絶望しかけていたのですが、まっとうな結語で
少しほっとしたところでした。
しかし、11月13日の中央社会保険医療協議会後に、長妻昭・厚生労働大臣は記
者会見で次のような趣旨の発言をしたのです。
「診療科間の報酬差、勤務医と開業医の間の格差などの課題がある。(中略)
大胆に見直すべきだ」。官僚側の出したデータの信憑性を検証することなく、そ
れを基に改正を押し進めるということです。
診療報酬の金額は政府が決めるものなので、この国で働いていく以上、私を含
めた医療従事者は決められた金額に従って仕事するだけです。でも、もし もそ
れが都合の良いように恣意的に加工されたデータに基づいて決定されていたとし
たらどうでしょう。それでも黙って従うしかないのでしょうか。
行政刷新会議を公開するのであれば、事前に、食い違っている論点と証拠資料
を提示して、整理した上で議論すべきではないでしょうか? 加えて、誰がどの
ような発言をして決定に関わったのか明らかにするため、議事録を作成公開する
方が議論が深まると思うのです。
今回の行政刷新会議をインターネットで生中継する試みがありましたが、試み
自体は評価できると思います。でも、会議では十分に調べ上げたデータが 提出
されたわけでも、深まった議論が行われたわけでもありません。それではネット
中継は単なるパフォーマンスと言われても仕方がないと私は思うのでした。