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Vol.076 計画主義は医療を滅ぼす3 新型インフルエンザ

医療ガバナンス学会 (2017年4月10日 06:00)


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元亀田総合病院副長
小松秀樹

2017年4月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

新型インフルエンザ騒動
ハンセン病における権力側の医師の問題は、十分な医学知識がなかったこと、人権侵害をためらわなかったこと、虚偽の証言をしたこと、自分たちの権益と権力拡大を図ったこと、当事者を政策決定過程から排除したことなどである。チェックされなかったために、自らを律する緊張感が欠如していたのであろう。こうした問題は、遠い過去のことではなく、現在でもいたるところで生じている。過去のハンセン病担当者たちと同様、現代でも、感染症を担当している医系技官たちは、強権を揮い、しばしば人権を侵害する。感染症対策に内在する問題かもしれない。2009年の新型インフルエンザ騒動では、現代の光田健輔たちが活躍した。

2009年の新型インフルエンザ騒動では、医系技官たちはあらゆることを計画し、強制した。実行不可能な事務連絡を連発して現場を混乱させ続けた(1)。過剰な対応で、関西経済に数千億円ともいわれる損失を与えた。病気としての怖さのみならず、インフルエンザと診断されると行政、住民から迫害されると思わせた。元警視庁刑事である筆者の外来患者は「新型インフルエンザにかかったと分かると地元にいられない」と語った。取り締まることを職業とする者の率直な感想だと思う。
2009年当時、日本は、WHOが検疫を推奨しないと声明を出したにもかかわらず、科学的根拠を提示することなく、検疫や停留措置で人権を侵害した。
WHOは、薬剤耐性結核の対策で人権を制限するには、シラクサ原則に含まれる5つの基準全てを満たす必要があるとした(2)。これは当然、検疫にも当てはまる。

1.人権制限は、法に基づいて行使される。
2.人権制限は、多くの人たちが関心を寄せる正当な目的の達成に役立つ。
3.人権制限は、民主主義社会においては、目的達成にどうしても必要な場合に限られる。
4.目的を達成するのに、強要や人権制限が、必要最小限にとどまるような方法を採らなければならない。
5.人権制限は、科学的根拠に基づくべきである。独断で決めてはならない。つまり、合理性を欠いたり、差別的だったりしてはならない。

国内的にも、日本国憲法による国家権力に対する縛りがある。国家が人権を制限するためには、公共の福祉と人権の間で利益衡量を行わなければならない。『立憲主義と日本国憲法』(高橋和之、有斐閣)によれば、通常、この利益衡量は目的・手段審査という思考の枠組みで行われる。目的が正当であり、手段は必要最小限でなければならない。
インフルエンザには無症状の潜伏期間がある。しかも、発症の24時間から48時間前にウイルスが排出され始める(3)。スペイン風邪当時、検疫はことごとく失敗した(4)。オーストラリアでは、州境を閉鎖して、旅行者全員を州境に数日留め置くような措置を実施しても感染の侵入を防げなかった。臨床医の常識では、特有な症状がなく、潜伏期のある病気を空港の検疫で阻止できるはずがない。
成田空港で、検疫の担当者は感染を防ぐためのガウンテクニックの原則を無視して、防護服を着たまま複数の飛行機の機内を一日中歩きまわった。虎の門病院のある看護師長は「徴集」されて、この無意味な業務に従事させられたが、ガウンや手袋の使い方を見て唖然としたという。検疫の指揮を執った厚生労働省の担当官に、非常時だから医療現場の常識と異なっても黙っているように言われた。非常時ならなおのこと、感染拡大を防止するためにガウンテクニックを厳密に守る必要がある。彼らも検疫が無意味だと熟知していたのであろう。
新しいインフルエンザが発生すると、数年で国民の大半が感染し、以後季節性インフルエンザになっていく(5)。感染は必ず拡がる。インフルエンザ対策の目的は、感染させないことではなく、感染のピークを抑えて、医療機関の破綻を防ぐことである。インフルエンザの重症患者だけでなく、他の病気による重症患者のためにも、診療サービスを維持し続けないといけない。学級閉鎖など、流行地での人と人の濃厚な接触の一時的停止がピークを抑制する手段の一つである。

日本の医系技官は、新型インフルエンザが疑われたら、医療機関を受診するよう呼び掛けた。アメリカ政府が「症状のある人は、家で静養してください」と国民に呼びかけたのと好対照だった。医系技官は、新型インフルエンザ患者を、感染症指定医療機関に強制的に入院させる方針をとった。患者の入院は免疫力の低下した重症疾患の患者のリスクを高める。他の入院患者に拡がらないようにするために必要な個室は、日本全体で1800床しかなかった。新型インフルエンザ患者の強制入院は実現不可能な方針だった。

後日、筆者は、厚生労働省の感染症対策担当者とメールで議論する機会があった。担当者は、日本が世界のインフルエンザ対策を担うインナーサークル(内輪の仲間)の一員であることは誇るべきことであり、インナーサークルの立場からは、科学的に意味がなくても、検疫を実施しなければならない、日本はワクチンを製造できる数少ない国の一つである、インナーサークルに所属して一生懸命やっているのだから、説明がなくても社会はこれを受け入れるべきであり、インナーサークルの状況を含めて全体像を知ることなく厚生労働省を批判するべきでないと主張した。
インナーサークルなど誰も聞いたことはない。これでは、行政は常に正当なのだから、批判を一切するなと言うに等しい。検疫を、支配-被支配関係を示す象徴的活動と考えているようだった。
当時、世界の巨大メーカーがワクチン製造を急いだ。日本はワクチンの国内生産にこだわったため、素早く対応できず、ワクチンが不足した。
国内メーカーに生産させることは、非常時のワクチン確保に有益であり、日本の安全に資すると考えていたと想像する。しかし、日本の技術水準が低ければ、逆に日本人の安全を損ねる。
一方で、日本での生産には医系技官にメリットがある。ワクチン生産の決定権を握ることは、莫大な金を動かすことになり、医系技官の権力を高めることになる。業界団体への天下りや、メーカーへの天下りが容易になる。従来、日本のワクチン製造の主力は、財団法人が担ってきた。法制上、財団法人は主務官庁の監督下におかれた。厚生労働省の関心は国内であり、通常の製薬企業と異なり、世界の熾烈なワクチン開発競争に参加してこなかった。このため、日本のワクチンは世界に大きな後れをとっていた。2008年の法改正で、財団法人は5年間の改革の移行期にあったが、2009年当時、まだ厚生労働省の監督下におかれていた。

当時、亀田総合病院の透析室では、職員と患者全員に化学及血清療法研究所(化血研)製のワクチンを接種した。20歳代の職員21人中10人が発症したが、30歳以上の職員29人中発症したのは1人だけだった。20歳代の患者はいなかった。30歳代から70歳代の患者229人中発症したのは、2人だけだった(6)。このワクチンに十分な発症予防効果がないことは明らかだった。30歳代以上の日本人は何らかの免疫を有していた可能性がある。議論相手は、担当者でありながら、これを知らなかった。

世界のメーカーはワクチンの抗原性を高めるために補助剤(アジュバント)を用いたが、日本のメーカーは用いなかった。これが効果に影響したかもしれない。
後日談である。2015年、化血研の血液製剤のすべてが承認書と異なる製造方法により製造されていることが判明したことをきっかけに、次々と不正が発覚し、一時、製薬会社への譲渡が検討されていると報道された。経緯は不明だが、2017年3月、化血研として就職希望者を募集している。ほとぼりが冷めて、存続できることになったらしい。
2009年の騒動の後、政府は、緊急時、鶏卵でのワクチン製造は間に合わないので、細胞培養法による生産を準備しておこうとした。2012年、阪大微生物研究会は、めざす免疫原性が得られなかったとして、178億円の補助金を返還した (7)。

2009年の新型インフルエンザ騒動当時、国内産ワクチンの効果が世界に流通していたワクチンに劣っていたとすれば、国内生産にこだわったことが、国民の安全を損ねていたかもしれない。幸い、H1N1インフルエンザの病原性が弱かったため重大な被害は生じなかった。
議論がわきにそれるが、同様のことが、ポリオワクチンでも生じていた。2012年まで日本でポリオ予防に使われていた生ワクチンは、希な副作用として、小児麻痺がおきる可能性があった。先進国で小児麻痺の副作用が生じない不活化ワクチンに変更された後も、厚生労働省は、不活化ワクチンへの転換を拒み続けた。国民の声に抗しきれず、2012年9月、不活化ワクチン採用に踏み切った。生ワクチンを製造していた日本ポリオ研究所は、2013年7月、阪大微研に合併された。現在、阪大微研は不活化ワクチンを製造しておらず、日本で販売されている不活化ワクチンはサノフィによって製造されている。明確な説明はされていないが、製造技術になんらかの問題のあった財団を、厚生労働省が保護しようとしていたと理解するしかない。厚生労働省にとって、保護することにメリットがあったのだろう。いずれにしても、日本人の安全のためだったとは思えない。

検疫の有効性を検討したスーパーコンピューターを使ったシミュレーションでは、予想どおり、感染者の大半が検疫をすり抜けたと推定された(8)。検疫で国内発生を遅らせることなどできるはずがないという医師の常識が証明された。議論相手の担当者はこのシミュレーション結果を知らなかった。
当時の専門家諮問委員会委員長で医系技官OBの尾身茂氏は、2009年5月28日の参議院予算委員会で、「水際作戦には一定の効果があった。国内発生が始まる前に、時間が稼げた。このため最終診断のインフルエンザの診断薬が調製できて、各地方自治体に配付できた」と医学的根拠なしに検疫を擁護する証言をした。2017年3月時点で、尾身氏は「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」の委員である。国会で、厚生労働省の問題のある政策を擁護するために、医学的根拠のない証言をしたとすれば、委員としての資格に疑問がもたれる。

2012年4月27日、新型インフルエンザ対策特別措置法(インフルエンザ特措法)が参議院で可決成立した。検疫のための病院・宿泊施設等の強制使用、臨時医療施設開設のための土地の強制使用など、広汎な個人の領域侵害が定められていた。この法案に対し、多方面から人権侵害があるとの批判が寄せられた。衆参両院で、判断の科学的根拠を明確にすること、人権制限を必要最小限にすること、医療提供体制の維持を図ることなどを求める附帯決議が付与されたが、附帯決議に強制力はない。これに先立つ、3月22日、日弁連会長は、「科学的根拠に疑問がある上、人権制限を適用する要件も極めて曖昧なまま、各種人権に対する過剰な制限がなされるおそれを含むものである」として反対を表明した(9)。2012年11月21日、日本感染症学会は緊急討論「“新型”インフルエンザからいかに国民を守るか 新型特措法の問題を含めて」を開催した(10)。発言した専門家で、特措法に賛成した者は一人もいなかった。

文献
1.村重直子:『さらば厚生労働省』, 講談社, 東京, 2010.
2.WHO Guidance on human rights and involuntary detention for xdr-tb control. http://www.who.int/tb/features_archive/involuntary_treatment/en/index.html
3.World Health Organization Writing Group: Nonpharmaceutical Interventions  for Pandemic Influenza, International Measures. Emerg Infect Dis; 12:81-87. 2006.
4.World Health Organization Writing Group: Nonpharmaceutical public health   interventions for pandemic influenza, national and community measures. Emerg Infect Dis;12: 88-94, 2006.
5.社団法人日本感染症学会緊急提言:「一般医療機関における新型インフルエンザへの対応について」2009年5月21日.

http://www.kansensho.or.jp/guidelines/pdf/090521soiv_teigen.pdf

6.M. Ohara, et al.: H1N1 influenza A outbreak among young medical staff members who received single dose of non-adjuvanted split-virion 2009 H1N1 vaccine. Human Vaccines, 7:1, 1-2; January 2011.
7.堀米叡一:ワクチン悲喜こもごも 178億円の補助金返還.『医療経済』, 2012年12月15日
8.H. Sato, et al: When should we intervene to control the 2009 influenza A(H1N1) pandemic?. Euro Surveillance, 15(1):pii=19455. 2010.
9.日本弁護士連合会:新型インフルエンザ等対策特別措置法案に反対する会長声明. 2012年3月22日.

http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2012/120322.html

10.日本感染症学会緊急討論「新型インフルエンザからいかに国民を守るか 新型特措法の問題を含めて」

http://www.kansensho.or.jp/influenza/pdf/1211touron_sochihou.pdf

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