医療ガバナンス学会 (2017年4月28日 06:00)
現在、我が国の動物実験における支援体制は残念ながら十分とは言えません。一般的に、医科系大学の研究者は診療業務を行いながら動物実験を行っているので、多忙のために研究者自らが十分な術後ケアを行える状況にはありません。また、獣医学的ケアの必要性の認識や実験動物専門獣医師、実験動物看護師の数も十分ではありません。それ故、実験動物たちが被る、「苦痛」の軽減が充分に行われているとは言えない現状にあります。
動物実験が一般の人達から往々にして非難される所以は、実験動物たちに苦痛を与えているという事から来るものです。物言えぬかわいい動物たちを意図的に苦しめているというものです。実験動物たちが被る苦痛の軽減を担保するシステムが確立されなければ動物実験は社会から受け入れ難いでしょう。
欧米では、動物は「痛みを感ずる能力のあるモノ」と定義をされており、苦痛軽減の重要性はとても大きく認識されています。ですから、その倫理的課題を解決するために多くのガイドラインが作成されています。たとえば、Guide for the Care and Use of Laboratory Animals 8th ed.( 2010)やEUROGUIDE: On the accommodation and care of animals used for experimental purposesが代表的です。欧米で公表された各種ガイドラインは我が国でも参考にされていますが、残念ながら我が国では実験動物の苦痛軽減対策の水準は未だ欧米に遠く及ばないのが現状です。その理由は大きく、2つあると考えています。
ひとつは、実験動物に対する縦割り行政に加え、行政の傘下にない分野での動物実験も多々ある、すなわち行政の網羅性に問題があることです。日本では、動物実験を「動物実験」と「実験動物」に分けて扱っています。環境省が扱うのは「実験動物」、その他の省庁(文科省、厚労省、農水省)が扱っているのは「動物実験」です。このように、「実験動物」や「動物実験」に対する共通の認識のなさが動物福祉への取り組みにブレーキをかけていると考えられます。それでもこれら三省は傘下の研究機関を把握しようと努力していますが、しかし傘下にない研究機関の数やそこで行なわれている動物実験の実態は、どの行政機関も把握しようとすらしていないように思われます。
もう一つの原因は、日本の法規や種々のガイドラインには「獣医学的ケア」という文言がどこにも入っていないため、動物実験での「苦痛の軽減」で果たすべき獣医師や動物看護師の役割があいまいであることです。2005年の改正動愛法で、初めて3Rの原則が明記されたことは記憶に新しい。特にその中の「苦痛の軽減」には「獣医学的ケア」が欠かせず、そのための専門性を持つ獣医師や飼育技術者の配置が必須であるものの、そのことが我が国のルールのどこにも書かれていないのです。
侵襲性の大きい動物実験を実施する場合には、ヒトの場合と同様、周術期管理の知識・技術を有する臨床獣医師が実験動物の手術の統括を行い、術後の管理には資格・技術を持つ飼育技術者が行うというシステムの確立が急務です。そのような「苦痛軽減を担保するシステム」があれば、動物実験に対する市民の不安も軽減されるのではないでしょうか。
私は、日本における動物実験の場に、臨床獣医師と専門の教育を受けた技術者や動物看護師が周術期ケアを行うような実験動物の苦痛軽減を担保するシステムが一日も早く普及・定着することを強く望んでいます。
実験動物たちは、自らが望んだわけではないのに、実験動物としての使命を与えられ、人類の健康や幸福に多大な貢献をしていますが、言うまでもなく動物に苦痛をもたらすものです。そしてかけがえのない「生命」は失われます。このことを私達は真摯に受け止め、動物実験の在り方を吟味し、種々の問題点の改善を行う責任が私達動物実験関係者にはあると思います。