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Vol.100 原発事故の知られざる大問題:避難との因果関係 -弁護士の見解に目から鱗、東電・国は真摯な対応をせよ-

医療ガバナンス学会 (2017年5月11日 06:00)


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この原稿はJBPRESSからの転載です。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49700

南相馬市立総合病院
澤野 豊明

2017年5月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は南相馬市立総合病院で外科医として研修をする傍ら、地域住民や地域の復興に従事する作業員の健康相談に参加したり、放射線災害を中心に災害が健康に及ぼす影響に関して研究している一医師だ。
先日「原発慰謝料増額、東電と1人和解」という原発事故前に浪江町に居住されていた方の記事が日本経済新聞の社会面の端に載っていた。
東京電力が福島第一原発事故の損害賠償を巡り、ADR(原子力損害賠償紛争解決手続)や裁判を通して被災した住民と争っているケースを少なからず抱えているということを報道などで見聞きはしていた。しかし、このことに関して詳しく知るようになったのはつい最近のことだ。
そういった法的紛争に関して、実際に身近に触れる機会となったのは当院内科・坪倉正治医師といわき市の渡辺淑彦弁護士が主宰する勉強会だ。
●原発事故で避難を余儀なくされた人たちの死

2016年6月から行なっているその勉強会では、原発事故がきっかけで避難が必要となり、その避難が影響で亡くなられたり、後遺障害が生じたと考えられる人やその家族が東京電力に対して起こした法的紛争の中で、医学の専門的な知識が必要となった事例に関して弁護士の方々からご相談を受ける場となっている。
専門の異なる医師と弁護士が協力し、実際に原発事故がどのように亡くなられた方々に影響を与えたかに関して議論する。
2011年3月11日の東日本大震災での地震と津波によって福島第一原発事故が引き起こされたことは周知の事実であり、原発事故による直接の死者がいなかったことはもちろん不幸中の幸いである。
しかし、その事故によって生じた避難の影響で多くの方が命を落としたということは意外と知られていない。
震災当時、最も原発事故の影響を被った福島県相馬地方および双葉地方(以下、相双地区)では、双葉郡内にあった6つの病院すべてと相馬郡内にあった10病院中7病院で入院患者が避難を強いられた。
重症の患者は自衛隊ヘリなどで移送されたが、ほとんどの患者は着の身着のまま、バスに詰め込まれ、十数時間にも及ぶ移動を強いられた。バスに乗り込んだ患者の中にも、座位が保てない寝たきりの患者や、普段点滴をしているのに外されてしまった患者もいた。
そもそも入院が必要な状態の患者を移動させたために、移動中に命を落としてしまったケースや長時間の移動により体調を崩しその後亡くなったケースもままあった。
ここで私たちの勉強会で取り扱った原発事故によって生じた避難がきっかけとなりその後亡くなってしまったと考えられるケースを提示したいと思う。前もって断っておくが、私たちの勉強会は個人情報の取り扱いには細心の注意を払って開催されている。
福島第一原発が位置する福島県浜通り地方にある市町村に住み、もともと腎臓疾患、認知症を患っていた90代の女性は褥瘡と腎臓疾患の悪化に伴い震災直前に地元の病院に入院となった。
震災の発生に伴い、物資不足のため点滴の中止や食事の回数制限などに加え、原発事故による避難指示の影響で転院が必要となり、震災後1週間程度で群馬県内の病院に転院となった。
転院先の病院で腎機能の急激な悪化が確認され、即日、転院先と同じ地域内の透析可能な別の病院へ転院、翌日から透析治療開始となった。しかし腎機能は回復せず、5月になり慢性腎不全のため、逝去された。
●弁護士と医師で思考に大きな差

勉強会でこの事例の紹介を受けたとき、私は弁護士と医師に思考の違いに面食らった。
というのも、たいていの医師がこの事例の紹介を受ければ、そもそもこの女性の年齢や基礎疾患を考慮すると、この患者の腎機能が悪化し透析導入されたことに対して何ら不思議はなく、避難がなくてもいずれ悪くなったのではないか、という感情を持つだろう。
しかし、弁護士の方々の話を聞くにつれ、法的紛争においては「因果はある事象が生じた際に影響を与えた可能性あるものを広く含むことがある」ということが分かり、段々と考え方に変化が生じていった。
つまり、避難がなければこの女性は腎機能が悪化することがなかったかもしれないし、あるいは腎機能の悪化があったとしてももっと遅くなっていたかもしれないという考え方だ。
言い換えれば、原発事故による避難がもともと悪かった腎臓を回復できない状態へ導く「最後の一撃」になったかもしれないということだ。
法律の世界ではこの「最後の一撃」が原発事故に起因していることが立証できれば、すなわち原発事故とこの女性の死との間に社会的にみて相当な因果関係が認められれば、(賠償内容が十分かどうかはともかく)損害賠償が認められることがあるというのである。
そもそも医師は一般の診療をするにあたって、好発年齢や性差、そして基礎疾患という概念を持って臨む。
噛み砕いて言うと、「このような状況にある人にはこういった疾患が起こりやすい」と考えながら診療を行っている。
なぜそのように診療に当たるかというと、例えば救急車で患者さんが運ばれて来た際にこの患者さんに何が起こっているかを瞬時に判断するための材料となるからだ。だから、この能力は医師にとって必須と言えるし、あるいはこのような思考回路でないと論理的思考による診断を下すことできない可能性すらある。
上記の考え方をしていると、話を聞き始めた当初はなかなか弁護士の方々のおっしゃる原発事故による避難とそれがきっかけとなった死や障害とを結びつけて考えることが難しかった。
一般診療と同じように、「この透析導入は原発事故がなくても起こったかもしれない」と考えてしまっていたのだ。
●原発事故の問題を後世に残す責任

しかし、法律家の損害賠償の世界では必ずしも同じではない。しかも、その損害賠償の世界での重要な証拠として、私たち医師の作成した診断書が利用されているので、私たちの判断や責任は重大だ。
自分が、患者個々の法的な因果関係の問題と、臨床的に認められる集団のバックグラウンドとを当初同じように考えていると気がついた際に私は絶句した。
また、同時に、このような事態が原発事故の避難の現場で起きていたことを後世に残さねばならないと強く感じた。なぜなら避難と疾患の因果を論理的に説明するのは私たち医療関係者でないと難しいからだ。
ご紹介した事例の女性に関しては、東京電力側からの提示では原発事故が影響したのは10%とされていた。
そもそも避難がどれほどその後遺障害や死に対して影響を与えたかいうことに関して、割合を出すのもおかしな話だが、避難の影響は最終的には20%程度とされたようだ。私たちも避難がどのように腎機能を急激に悪化させるかに関して、論理立てて説明できるように弁護士の方へ助言を行った。
私たちはこう言った事例に上がる人たちはもともと年齢が高く、基礎疾患も多い中ギリギリの状況で生きていた人たちが多いのではないかと推測する。
そもそも周りのサポートが正常に機能している状況でなければ命に危険がある方々、健康弱者であったのだと思う。
私たちのように健康に働いている世代が、例えば数時間バスに乗り、座った状態移動が必要になれば、もちろん疲れるだろうが命の危険は非常に小さいだろう。しかし状態が悪いために病院のベッドで生活している人に同じことを体験させればどうなるだろうか。
もちろん、病院が原発災害の渦中に患者の避難を決めたことを責めることはできないが、それが命を危険に晒すことになるであろうと想像することはそれほど難しくはない。
そういった避難が人体に及ぼす影響の大きさに関しては震災後に行われた研究からも明らかになってきている。
東京大学・野村周平助教らが南相馬市で行った研究では、市内の介護施設にいて長距離の避難を余儀なくされた高齢者は死亡率が震災前の2.7倍高く、避難方法や避難先のケア状態が悪い場合、死亡率がさらに高かった。
●人生最後の一撃となった避難

また避難した施設としなかった施設を比較した福島県立医科大学・村上道夫准教授らの研究から、初期被曝を避けて急いで避難した場合、ゆっくり避難した場合に比べて約400倍余命が短くなり、結果的には放射線被曝があっても受け入れ態勢が整うのを待った方がリスクは低いと考えられた。
しかし、その一方で、相馬中央病院・越智小枝医師の研究によれば、東日本大震災の直後に、放射線災害の影響を受けた相馬地域では医療スタッフも急激に減少し、医療を維持することができなかったことが知られている。
その結果、相馬中央病院の森田知宏医師らの研究によれば、震災後1か月間に、相馬市および南相馬市で津波や地震の揺れ以外の要因で死亡した75歳以上の高齢者が、震災前の同時期の約1.5倍に増えた。
特に肺炎で亡くなるケースが多く、避難に伴い介護が必要な高齢者が歯磨きなど口腔ケアを受けられなくなり、誤嚥性肺炎による死者が増えたと考えられている。
避難の必要性や賠償金を考えるにあたって、何が正しいかと言うことを私は言及する立場にはない。しかし原発事故が起こったことで生じた強制避難が多くの方の運命に変化をもたらした、場合によってはそれが「最後の一撃」となってしまったことは今までの研究の結果に鑑みても紛れのない事実だと思う。
東京電力や国は、それを正確に認識したうえで深く反省し、「それは避難の影響は小さかったので賠償の対象になりません」と答えるのではなく、誠実に対応していただきたいのだが、そうならないのが現実だ。
そのような状況の中で、私たちが行っている勉強会は、避難の健康への影響を検証することの一助となっていると思う。こういった検証を通じてこの経験を次の災害に生かすことが亡くなられた方への弔い、遺族の心の安寧につながるのではないだろうか。

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