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Vol.099 障害者の自立支援を阻むもの ~見える壁、見えない壁~

医療ガバナンス学会 (2017年5月10日 06:00)


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石﨑美保

2017年5月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は看護師で、右半身麻痺の夫と二人暮らしです。45歳の若さで夫は脳出血を発症しました。出血量が多く、医師からは意識の回復も、座ることも、食べることもできないだろうと説明されました。寝たきりの夫を想像し、一時は絶望しましたが、訪問看護師としての経験のある私は「あきらめずにやってみよう」と決意しました。それから3年8ヶ月、夫は右半身麻痺で失語症がありますが、食事も排泄も着替えも自立し、杖で室内歩行ができるようになりました。電動車いすを使って電車やバスで移動できます。介護量も当初から比べると激減しました。大変なことももちろんありますが、夫が生き残ってくれたことに感謝、夫は私に感謝、支えてくださる方々に二人で感謝、また何気ない毎日を送れることに感謝しながら、社会復帰に向けてリハビリを続けています。

主人とのリハビリ&介護生活は、大変でしたが、発見や喜びもたくさんありました。ほとんど目をつむっていた夫が、目をあける時間が増えた時、初めてうなずいて返事してくれた時、尿がしたいことを教えてくれた時、どれも飛び上がるほどうれしかったです。嬉しいサポートもありました。まだ管だらけだった夫を数人がかりで車いすに座らせ、ナースステーション近くの広めの部屋で、2人っきりで過ごさせてくださった看護師さんたち、「外の空気に触れさせてあげたいです」という私の希望に、「わかりました!」と夫を背もたれの長い車いすに乗せて外でリハビリを実施してくれた作業療法士さん、大学講師だった主人に毎日のように面会に来て、長時間話しかけてくれた学生さんたち、主人の同僚、友人の方々、このような人々に支えられ、急性期から回復期リハビリテーション病棟を退院するまでの8カ月間、主人は毎日のように誰かと面会し、たくさんの刺激を受けて過ごしました。これらの刺激が主人の意識の回復につながったのだと信じています。

人がどこまで良くなるかは、人(医師にも)にはわからないと感じています。
“あきらめない”をやってみよう…そう決意してから、私(と夫)の目標は“社会復帰”でした。起きているのか、寝ているのかわからないような意識状態で、手足にも体幹にも力が入っていない夫を社会復帰させようとしている妻…傍から見たら無茶でかわいそうな人に見えたことだと思います。しかし、主治医や看護師さんの予想に反して、主人は今も回復を続けています。変わらず目標は社会復帰です。希望はどんなに大きく持っても“タダ”。だったら大きく持った方がお得だと思います。

●「自立」を目的としていない介護サービス
1年ほど前、食事や更衣など、身の回りのことが少しできるようになったので、次は“ドアの開閉”の練習をしたいと思いました。私は、半身麻痺&車いすでも、ドアの開閉方法とそのための自助具は当然あると思っていたのです。しかし、相談した理学療法士の方は、そのような練習の経験がなく、その先輩方や知り合いの方にも聞いてもらいましたが、やり方も、自助具も知っている方はいらっしゃいませんでした。ある介護関係者は「改修工事ならできますよ」と答えてくれましたが、これはとても“的外れ”だと感じました。私たちが必要としているのは、一人で外出できる方法です。世界中にたくさんドアがあります。全てのドアを改修することはできません。また、雨でも1人で外出できるよう、雨具を福祉用具のカタログで探しましたが、一人で使えそうなものはなく、解決策を知っている人はいませんでした。
私は衝撃を受けました。今、日本で整備されている介護サービスやリハビリは、「自立」が目的ではなく、「誰かに管理されて完結すること」が着地点として設定されていると感じたからです。夫はずっと誰かについていてもらいたいのではなく、自立したいのです。

●一般人向けの商品は消費者目線、介護用品は売り手目線、行政サービスは政策者目線?
ドアの開閉に関しては、amazonで買ったドアストッパーを上手く使用することで解決できました。雨具に関しては、まだ解決には至っていませんが、東急ハンズで売られていた片手でさせて片手で閉じることもできる折り畳み傘と、登山用品専門店にあったパックカバーで対応しています(靴から膝まで覆うことで、傘からはみ出た部分が濡れない)。これらは一般の方々を対象に販売されている商品で、デザインも質も良いです。特にパックカバーは登山用の雨具であるため、薄い、軽い、たたみやすい、乾きやすいと4拍子そろっています。同じ質の電動車いす用ポンチョがあれば!といつも思っています(企業の方、お願いします!)。一方、福祉カタログに売られている雨具は、使い勝手、質ともにあまり良くないと感じています。特にカッパは、全身を覆うもの、ズボンタイプのものなどがありますが、ズボンが簡単に履ける人は、車いすに乗っていないのではないかと思います。また、重くて分厚くて、たたみにくい、乾きにくい、デザインも良くないなど、実用性がなく、高額です。福祉用具は障害者目線ではなく、健常者目線でつくられているように感じます。

去年、障害者の生きがいづくりに関する講演会へ夫と共に参加しました。しかし、市の障害福祉部による最初の演題「障害者差別解消法~障害のある人もない人も共に生きる社会をめざして」の途中で二人とも気分が悪くなって退席してしまいました。市の方は、「障害者差別解消法が制定されたので、レストラン等で拒否された等の不当な扱いをされた場合、相談にのる」ことを説明していましたが、とてもナンセンスだと感じました。このことは、毎日の生活の中でどの程度重要なのでしょう?さらに、ほとんどのレストランの方々は最大限の配慮をしてくださいます。3段ほどの段差であれば、車いすを担ごうとしてくださる方もいます。私たちがお店に入れない場合というのは、拒否や不当な扱いを受けているのではなく、階段があったり、トイレが和式であったりという環境的な問題です。障害にもいろいろな種類があり、私たちと違う考えをお持ちの方もいらっしゃると思いますが、少なくとも主人のような障害に関しては、自立や社会参加への障壁のひとつは、体制整備や環境調整するサポート側が障害者の生活を知らないことにあるのではないかと感じています。

●自立に向けて外出のハードルを下げる試みを!~目に見えるバリア~
障害者の自立や社会参加を促進するうえで、外出のハードルを下げることがとても重要だと考えます。しかし、公共交通機関、行政サービスには様々な課題があります。
スイカ、マナカ、イコカなど、共通乗車カードができたことにより、電車やバスなどの乗車や乗り換えがとても便利になりました。しかし、障害者用の共通乗車カードは存在していません。半身麻痺の主人は、毎回障害者手帳を駅員に見せて、券売機で切符を買っています。車いすに乗りながら片手で行っているため、とても時間がかかります。スムーズな通勤、通学が可能になるよう、障害者用共通乗車カードを作っていただけたら嬉しいです。

車いすで地下鉄に乗ろうとした際、まずエレベーター探しに苦労します。エレベーターはたくさんある入口のどれか一つにあるはずですが、表示がない、または、わかりにくいため、横断歩道を何度もわたって探す羽目になります。車いす移動は時間がかかるため、横断歩道をわたること自体が大変な労力です。
JRでは、エレベーターはホームの一番前、乗車位置は一番後ろの車両というパターンが多いのですが、この距離が結構あります。狭くて人が多いホームを車いすで長距離移動しなければならず、苦労と時間がかかります。
新幹線は、窓口で予約するだけで40分以上待つことがざらです。ただでさえ車いす移動は、他の人がいなくなってから移動するため待ち時間が多いです。このような移動の苦労と待ち時間の多さは、外出への大きな障壁となります。

●自立支援には遠いと感じる現状~目に見えないバリア~
障害者理解が十分にされていないことも、外出や社会参加へのハードルとなります。
市民プールで電動車いすのバッテリー充電のためコンセント利用の許可を求めた際、「私用での利用に関しては…」と言われたことがあります(レストラン等で充電を断られたことはありません)。バッテリーは3時間ほどもちますが、公的な施設での充電拒否等があると、やはり外出しにくくなります。また、障害者の外出にヘルパーが同伴する“移動支援”という障害者福祉サービスがあります。このサービスは、一人で外出する自信がない障害者にとっては大変助かるサービスです。しかし、この利用を“余暇活動のみ”に限定している市もあります。何とも言えない気持ちになります。障害者は余暇だけすればよいのでしょうか?自立に向けてのスキルアップや通勤練習等に移動支援が使えない現実は、自立支援ではなく、閉じこもる方向へ向かっていると感じます。
障害があっても同じ人間です。私たちもずっと誰かのお世話になりたいわけではないのです。社会に出て自立したい、役に立ちたい、働きたい、同僚や友達との付き合いがしたい、TPOにあった服装をしたい、外出したい、旅行がしたい、おしゃれがしたい…準備された環境で完結するのではなく普通に社会に人として存在したいと思っています。

●自立へ向けての支援は町づくり、地域づくり
各市町村により、介護、障害者福祉のサービスには違いがありますが、年々認定や給付が厳しくなっているようです。介護保険を利用した在宅での入浴が週3回までと決められている市もあります。現在、日本国民の約6%が何らかの障害を有しており、身体障害者の約6割は65歳以上の高齢者です[1]。高齢化や人口減少に伴い、地方自治体の財政状況が厳しく、介護や障害福祉の給付を制限しなければならない現状があります。しかし、サービスや給付を削る対策で良いのでしょうか?
これからさらに高齢者が増加することを考えれば、何らかの障害を持つ人の割合は今後も増加することが考えられます。一人ひとりのサービスを減らしても、閉じこもり、寝たきりが増加し、結局は社会福祉に係る費用、医療費、介護量も増加する結果となります。何らかの障害を抱えても、病気があっても、自立して社会に生産的に参加できたほうが、財政面からも、地域の活性化という面からもメリットが大きいと考えます。
障害者はあなたと別世界にいるわけではありません。障害や病気は、誰に身にも、誰の家族にもいつでも起こりうるものです。みんなが共生できる地域社会づくりに向けて、行政側は障害や病気を抱えた方々の生活やニーズに寄り添いながら当事者の意見を取り入れた、効果的な自立支援を、障害者や家族側は、積極的な社会参加を同時に進めていく必要があると考えます。

[1] 内閣府 障害者の状況等(基礎的調査等より)

http://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/h25hakusho/gaiyou/h1_01.html

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