医療ガバナンス学会 (2017年6月5日 06:00)
この原稿はJBPRESS(5月3日配信)からの転載です。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49873
ただともひろ胃腸肛門科院長
多田 智裕
2017年6月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
●診断精度を評価する「感度」と「特異度」
病気の診断能力は「感度」と「特異度」で検証します。医学における「感度」とは、「陽性と判定されるべきものを正しく陽性と判定する確率」を指します。
病気を診断する感度が95%ということは、100症例の病気のうち95症例を病気と正しく診断したということになります。でも、この情報だけでは、本当にその精度が高いのか低いのか判断ができません。
もしも、どんなも人にでも95%の確率で“悪性”と診断するとしたらどうでしょうか?この場合、本物の病気を病気と診断する確率は95%なので、感度は95%です。けれども同時に、病気でない人も95%の確率で「病気である」と診断してしまうわけです。全然異常がない人のほぼ全てを「病気」と診断するのでは、感度95%が優秀とは言い難いでしょう。
そこで、「特異度」のチェックが必要になってきます。これは「陰性のものを正しく陰性と判定する確率」を指します。先の例の場合、感度は95%と高いのですが、病気でない人を正しく「病気でない」と診断する特異度は5%ととても低くなってしまいます。
このように、診断能力の精度は、「感度」と「特異度」の両方の数値のチェックが必要なのです。
しかし、人工知能の報道を見ていると「ガンを95%の確率で診断した」というように、片方の数値(おそらく感度)しか報道していない事例が多く見受けられます。
感度を上げるには特異度を下げれば良いのですから、片方の数値のみ報道するのは意味がありません。感度と特異度の両方を評価する必要があるのです。
●トップクラスの医師には勝てないが医師平均を上回る
http://expres.umin.jp/mric/mric_119.pdf
人工知能と人間医師の「感度」「特異度」
ここまで理解していただいたところで、上の図をご覧ください。この図はあくまでこのコラム用にイメージとして作成したものですが、現在発表されている人工知能診断の論文では(私どもが研究中の結果を含めて)人工知能の診断精度は多くがこのような形になります。
グラフでは曲線が人工知能の診断精度になります。それに対して、人間医師の診断精度は赤い点で示されています(人工知能の感度と特異度はプログラミングで調整できるので、連続的な曲線で示すことができます。一方、人間医師の診断精度は人により固定されているので非連続的な点で示されるというわけです)。
これを見ると、“感度が高いが、特異度の低い”医師がいたり(やたら多く検査を勧める医師がこれに当たります)、“特異度が高いが、感度が低い”医師(検査をいっぱい勧めてはこないが、病気の発見が遅れることも多い)がいたりすることが分かります。
しかし、トップ10%くらいの医師は、感度も特異度も共に人工知能を上回っており、人工知能よりも少ない検査で正しく病気を検出できるということになります。
なお、緑の点は人間医師の平均です。人間医師の平均よりも、人工知能の方が上回っているという結論になります。
これまで発表されている人工知能の性能評価は、メラノーマ(皮膚ガン)の診断、糖尿病性網膜症の診断、そして私たちが研究しているピロリ菌胃炎診断などに関するものです。これらの診断において、人工知能は現状ではトップクラスの医師には勝てないが、医師平均を上回る性能出していると思っていただければ概ね正しい認識と言えるでしょう。
●人工知能がアシストする時代はもうすぐ
冒頭の会話に戻ると、修行を積まなければ人工知能以下の精度しか出せないわけですから、若手医師が自分の仕事に意味がないように感じ、何をしたら良いか不安に思うのも当然でしょう。
一方、指導医は人工知能以上の精度が出せるわけですから、若手医師に「人工知能が人間医師に取って代わるわけがない」「まずは人工知能以上の精度が出せるまで修練を積むべきだ」と指導するのも当然でしょう。
いずれにせよ、人工知能診断が医療現場で医師のアシストとして使用される時代はすぐそこまで来ています。不必要に恐れたり、役に立たないと決めつけるのではなく、それを利用してより良い医療を提供できるように努めるのが、患者さんに最良の医療を提供する私たち医療従事者の務めだと私は思います。
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