医療ガバナンス学会 (2017年7月7日 06:00)
この原稿は月刊集中6月30日発売号からの転載です。
井上法律事務所
弁護士 井上清成
2017年7月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
2.適時調査の法的根拠
このような威力を発揮しつつある適時調査ではあるが、その法的根拠は薄いところがある。
個別指導や監査とは異なり、健康保険法上の明示の法的根拠はない。かろうじて、厚労省保険局医療課長通知(基本診療料の施設基準等及びその届出に関する手続きの取扱いについて)があるだけであり、その通知の「第3 届出受理後の措置等」の3項に「適時調査」という用語が突然に出てくる。「届出を受理した保険医療機関については、適時調査を行い(原則として年1回、受理後6か月以内を目途)、届出の内容と異なる事情等がある場合には、届出の受理の変更を行うなど運用の適正を期するものであること。」と言うに過ぎない。
しかも、少し時代遅れの「受理」などという用語も残存している。念のために付言すれば、もちろん、この「第3」の3項に言う「受理」も、その前に出てくる「第2 届出に関する手続き」の3項(届出書の提出があった場合は、届出書を基に、『基本診療料の施設基準等』及び本通知の第1に規定する基準に適合するか否かについて要件の審査を行い、記載事項等を確認した上で受理又は不受理を決定するものであること。)に言う「受理」も、文字通りの意味ではない。法的に正しくは、「受理」でなくて「受付」という程度のものである。つまり、行政処分や行政決定ではない。
3.適時調査の実施要領
厚労省保険局医療課長通知に基づき、厚労省保険局医療課医療指導監査室がその実施要領を定めている。「医療指導監査業務等実施要領(適時調査編)」によれば、適時調査の対象は、当分の間は原則「医科(病院)」を対象とし、「その際は、情報提供及び届出又は報告等により疑義が生じた保険医療機関等を優先的に実施するなど対象保険医療機関の選定に考慮する」らしい。
当日の調査は、個別指導のように指導医療官ではなく、地方厚生局等の事務官と保険指導看護師が中心となる。届出されている施設基準について、それらの者が手分けして院内視察や書類による確認調査を行う。当日の調査が終わると、「改善事項」や「返還事項」が指摘される。病院は、何らかの指摘がなされると、「改善事項」については「改善報告書」を提出し、「返還事項」については自主点検の上で必要に応じ自主返還を行うことになる。
時には、個別指導または監査へ移行されてしまうこともある。明文でも、「調査において、虚偽の届出や届出内容と実態が相違し、不当又は不正が疑われる場合には、調査を中断又は中止し個別指導又は監査の対象とする。」と定められた。
4.適時調査の立会いや帯同
個別指導や監査には健康保険法上の定めがあるので、学識経験者の立会いがある。しかし、適時調査にはもともと健康保険法上の定めがないので、やはり学識経験者の立会いもない。もっと正確に言えば、地方厚生局が学識経験者への立会依頼を不要だとして立会依頼をしないから、結局、立会いがないのである。
ただ、適時調査でも弁護士の帯同は否定されていない。個別指導や監査と同様に、弁護士帯同は可能である。学識経験者の立会いがないので、弁護士の帯同はより一層、期待されるところではあろう。
5.適時調査への備え
病院は、今後さらに拡充・強化されていく適時調査に備えておかなければならない。
適時調査の性質は、調査の任意性についても指摘事項の改善についても自主返還の仕方についても、基本的には個別指導の時と同様である。つまり、備え方についても、基本は個別指導と同様と言ってよい。
しかし、適時調査の担当官の中心が指導医療官でなく事務官と保険指導看護師であることから推察されるとおり、調査の対象者は医師よりも病院事務職員や看護師管理職であり、個別指導とは大きく異なる。つまり、医師らよりも、むしろ病院事務職員や看護師管理職が備えねばならない。
したがって、熟練した事務職員や看護師を採用したり、既存の事務職員や看護師を研修させたりするなどして、日頃から病院全体の各部門の能力・システムを向上させておくことこそが肝要なのである。そして、当日の調査を担当する地方厚生局等の事務官や保険指導看護師に対して過不足なく適切に対処できるように、病院事務職員や看護師管理職を指揮監督するために、病院の理事長や病院長は適時調査の法的特質を十分に理解しておくことが有益であろう。