医療ガバナンス学会 (2017年7月18日 06:00)
筆者は隣県の宮城に住んでおり、また初期研修の3年間を花巻市で過ごした。そのため岩手には友人や大学の同期が多数いる。彼らが岩手県の地域医療の実情、特に後期研修医の動向を送ってくれた。
データをみて驚いた。平成25年度に岩手県立病院全体に在籍していた後期研修医は68人であったが、平成27年度には54人に激減したという。
臨床研修を終えた3年目の医師の動向を入職年ごとに追ったデータがその理由を示している。2010~2013年に入職した臨床研修医150人中、75人は研修を行った地域病院に残っていた(基幹施設になり得る岩手県立中央病院を除く)。一方、2014年度入職、つまり2016年4月に三年目になり、そこから「新制度開始」とアナウンスされていた代(結局延期になった)、そして次の2015年度入職を合わせると、77人中31人しか研修病院に残らなかったのだ。
残りはどこに行ったのか。大部分が「基幹病院」になれそうな大規模病院に移ったのだ。日本専門医機構が「新」専門医制度が始まる、と無責任にアナウンスしたため、臨床研修を終えた医師たちが浮き足立ち、育った地域病院から早くも移りだしたということだ。
実は岩手県内でほぼ全ての基本領域の基幹施設に手上げをした施設は岩手医大病院が唯一である。上述の2014-2015年入職77人中、実に38人が岩手医大病院に吸い上げられたと推測されている(残りは県外施設に移動)。
意外に思われるかもしれないが、「新制度が始まるかもしれない」といういわば狼少年的な問題は瑣末だ。根本的な問題は、機構がこしらえた「循環型研修」、つまり後期専攻医は「基幹施設」のプログラムに必ず属しなければならない、というろくでもない仕組みにある。従来どおり、地方の中小病院に勤務していても専門医を取得できる制度であればこのような事態にはならなかったのだ。
ところで、岩手県立病院群の常勤医師数はかろうじて現状を維持している。
何故か。
定年を迎えた高齢の医師達が、定年を延長し踏ん張っているからだ。その数は27名に上る。内訳は66~68歳の3年間延長医師が14人、69~73歳(!)の任期付常勤医は13人もいる。当然、健康問題を抱えている高齢医師も少なくない。そのため複数の病院では当直医が足りず、院長が当直しなければならない施設すらあらわれた。それも複数だ。
これを「医療崩壊」と言わずなんというのか。「新」制度が始まればこの負のサイクルは間違いなく加速する。
さらに診療科によっては「基幹病院」の「指導医数」の要件を満たすため、指導医まで(!)医大病院に引き上げられているという(友人達はもっとひどい仕打ちを受ける可能性が高いので診療科名は伏せてくれ、と言ってきた)。
大学病院なのに「指導医数」が足りない、とはどういうことなのか、と訝しく思う読者もいるだろう。
しかし例えば、岩手医大病院は「内科教育病院」の要件を二年連続で満たせず、平成28年には教育関連病院に降格させられるはずだったのだ(平成28年、日本内科学会、第48回認定医制度教育病院連絡会議資料、4ページ)。ところが「大学病院として(中略)地域の基幹病院としての特殊性を鑑み(中略)特例として認定する(第118回認定医制度審議会)」として首が繋がった。
内科学会教育病院の要件を満たせない病院のどこが「地域の基幹病院」なのか理解に苦しむところだ。筆者はその他の診療科の実情は知らないが、推して知るべし、であろうとも思う。指導医まで引き剥がされるのもうなずける。
当初機構は、全国一律に「基本、大学病院が基幹施設になるべき」と言い放ち猛反対を受けた。当然である。各地方、自治体の実情は極めて多様であり、大学病院間の実力差も著しい。東京有楽町の一等地、年に千五百万円もかかるオフィス内で考えられた「全国一律の統一基準」などまさに「机上の空論」なのである。
機構の整備基準第二版にはいまなお「基本領域は原則としてプログラム制で研修を行うものとする」とある。「プログラム制」とはすなわち、機構が固執する基幹施設>連携施設の枠組みで行われる、「医師派遣業型研修」とも揶揄され始めた「循環型研修」のことだ。この制度を始める、始まると連呼されたため、岩手県の地域医療はすでに瀕死の状況に追い込まれた。
岩手の現場の医師達は叫んでいる「岩手の医療を殺す気か!」
改めて提案したい。一刻も早く機構の提唱する制度は無期限延期すべきだ。そして地域の医療者、現場の指導医、若手医師も含め、制度設計について議論を尽くさねばならない。