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Vol.150 『だるさは貧血だけが原因ではない 〜起立性調節障害について』

医療ガバナンス学会 (2017年7月19日 06:00)


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濱木珠恵

2017年7月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

貧血外来を謳っているせいか、「朝、起きられない」「午前中はだるくてたまらない」「ずっと眠い」「ずっと立っているとくらくらする」という症状を訴えて受診される方がたくさんいます。社会人もこのような症状で受診される方はいますが、圧倒的に症状が強いのが中学生や高校生などのティーンエイジャーです。「朝起きられない」、「夜眠れない」、「体がつらいので学校に行けないし、部活動にもついていけない」などの訴えがあり、なかにはクラブ活動を辞めたり、教室に行けずに保健室登校している生徒もいます。「自分では懸命に努力しているつもりなのに、なまけているのではないかと周囲から言われてつらい」と言うこともあります。

以前に受診した女子中学生は、「朝にだるくて起きられない、頭痛がする、起きたとしても食欲も出ない、なんとかフルーツを食べるもののまた横になってしまい、昼近くになってやっと動けるようになってから学校の保健室に通うこともある」とのことでした。夕方以降に受診するので、来た時にはかなり元気でハキハキしているのですが、午前中はほとんど活動できずにいました。よく聞くと小学校高学年から似たような症状が続いて不登校の傾向があったようです。

学校は好きでも嫌いでもないけど、行く気がしない。
いじめられているわけではない。友人はいる。
行けたらいきたいが、身体がだるいから、行けない。
午前中に無理をすると頭痛がしたりふらふらしたりする。
行かないと決めたら、ちょっと楽になる。
食欲もないので、母が作っておいた食事も、ほとんど食べない。
日中はほとんど家で寝ていて動かないから、お腹も空かない。
昼過ぎまで寝ているせいか、夜は起きていられる。

このような症状の方では、血液検査などをしても異常が見当たらないことがあります。原因のひとつとして、起立性調節障害の存在が浮かんできます。

起立性調節障害は、交感神経と副交感神経という自律神経のバランスが乱れたために起こります。思春期は、身体の成長に対して自律神経の発達が追いつかないため、起立性調節障害を起こしやすく、小学生の約5%、中学生の約10%に症状があるとされています。
具体的には、血圧の調整がうまくいかなくなるために症状が起こります。
たとえば、立ち上がった時には血液が下半身にいってしまい血圧が低下するのですが、自律神経が反応して、血管を収縮させたり心臓からの拍出量を増やしたりして血圧を維持します。ところが、起立性調節障害では自律神経の働きが悪くなるため、血圧が下がって脳や全身への血流が減ってしまい、立ちくらみやふらつきが起きたり、疲労感が出たりするのです。立った状態では息切れや動悸がして辛くなりますが、横になって全身に血流が戻ってくると身体は楽になるため、患者は横になりたがります。
また、我々の体は、日中は交感神経が強まって身体活動が活発になり、夜には副交感神経が働いて心身をリラックスさせます。ところが起立性調節障害では、午前中に交感神経が活性化しないまま時間がずれこんでいくため、午前はずっと身体を休めたままになり、逆に夜は身体が活発になるので寝つきが悪くなります。一見、夜更かしをして生活リズムが乱れているように見えますが、そもそも自律神経系のリズムが乱れてしまっているために、そのような生活パターンになってしまうので、本人の意思ではどうしようもない場合があります。

あらかじめ断っておきますが、私は思春期診療の専門家ではありません。しかし内科を受診する中学生もいるので起立性調節障害の症状を訴える患者さんを診療することがあります。しかし10代は心身ともに変化の多い時期であり、環境の変化、友人関係の変化、進路の選択などいろいろな課題を抱えはじめる年代です。この患者さんの場合、いくつかのアドバイスや漢方などで症状はやや改善しましたが、他にも気になる点があり、最終的には専門の思春期外来のある病院を紹介しました。

起立性調節障害の診断のためには、他に隠れた病気がないかの検査をしたうえで、起立試験をおこないます。2011年に自律神経系の米国と欧州の学会が共同で作成した診断基準では、立ち上がって3分以内のうちに収縮期血圧が20 mm Hg以上の血圧低下、もしくは10 mm Hg以上も拡張期血圧の低下があり、それが続いている状態であれば、起立性調節障害であるとしています( Freeman R, et al. Clin Auton Res. 2011;21(2):69-72)。あるいはヘッドアップティルト試験などを行います。簡単にいうと、仰向けで10分間いた状態の血圧と脈拍を測定し、さらに起立した状態での10分間の血圧と脈拍の経過を比較する試験です。立ちあがったときに、極端に血圧が下がったり、脈拍が上がったり、あるいは失神してしまったりということがあれば、起立性調節障害と診断します。

治療は、まず午前中の不調などが心の問題ではなく身体の不調によるということを理解してもらいつつ、日常生活を改善していくための非薬物療法から開始します。身体面の問題を改善させるため、十分な量の水分や塩分をしっかりとること、少しずつ生活リズムを回復させていくこと、散歩などの軽い運動を始めること、動き出すときに立ちくらみの症状が起こりにくいような動きを入れること、なるべく横にならないこと、などを行うのが基本です。その上で、血圧を上昇させる薬を開始していくなどで症状を調整していきます。日常生活に支障のある中等症でも、1年後の回復率は約50%、2−3年後は70-80%で、薬をのまなくても日常生活に支障がない程度まで回復するそうです。

社会人になってからも類似の症状が出ている人もいます。通勤の電車内で立ちくらみを起こしたり、職場での立ち仕事の最中にしんどくなったり、という訴えで受診されます。典型的な起立性低血圧の症状なのですが、5時間以下の睡眠不足が続いていたり、運動らしい運動をほとんどしていなかったり、食生活が乱れていたり、という生活の乱れがあります。
寝る直前まで仕事をしていたり、SNSやメッセージのやりとりで夜更かししがちだったりということも影響しているようです。自律神経による調整が乱れやすくなるため、血圧が上がりにくかったり、そこからだるさが出てきてしまったりするようです。社会人だとどうしても睡眠時間を削りがちなのですが、思春期での治療と同様、生活リズムを回復させてもらいながら、漢方も含めた薬物治療を行っています。

春から夏にかけては、気温が上がるので血管がゆるみやすくなり、血圧が下がりやすくなります。このため起立性調節障害の症状が出やすくなることが知られています。もし心当たりの症状がある場合には、小児科、あるいは社会人であれば内科もしくは循環器科に相談してみるとよいかもしれません。

参考その1:
Consensus statement on the definition of orthostatic hypotension, neuraly mediated syncope and the postural tachycardia syndrome.
Freeman R, et al. Clin Auton Res. 2011;21(2):69-72

参考その2:専門医向け小児起立性調節障害 診断・治療ガイドライン2011(案)

https://www.ncchd.go.jp/kokoro/medical/pdf/03_h20-22guide_10.pdf

※2015年にガイドラインとして改訂されています

参考その3:推奨される睡眠時間について
National Sleep Asssociationのサイトより

https://sleepfoundation.org/how-sleep-works/how-much-sleep-do-we-really-need

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