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臨時 vol 392 「事業仕分けと医療政策」

医療ガバナンス学会 (2009年12月10日 09:00)


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北海道大学大学院医学研究科
医療システム学分野 助教 中村利仁

2009年12月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 http://medg.jp


日本の医療問題の原因の過半は、資源の過少投入それ自体と、結果としてアクセスの維持が困難になっているところにあります。およそ事業仕分けという作業にはそぐわなかったと言えましょう。今後の議論は、医療サービス市場が拡大されるべきか否かに集中される必要があります。

事業仕分けのルーツを探ると、New Public Management(NPM)があるように思います。NPMは公共サービスと行政府が不可分のものではないと考えるところから出発します。そして、公共サービスを政策立案の「舵取り」の仕事と、サービスの提供そのものと法令遵守を監視する「漕ぐ」仕事の二つに分離します。次に、後者を行政府の外に出して大幅な権限を与えたエージェンシー(ほとんど経営上の制約のない一種の公企業)とします。その上で、エージェンシーに対して業績目標を与え、そこに説明責任を求めていきます。

事業仕分けに相当する作業は、イギリスでは20年ほど前、サッチャー政権の後期にもっと大規模かつ根本的な形で行われています。1988年、イギリスではマーガレット・サッチャー首相が登用したピーター・ケンプ卿によって「目標は公務員の七五%をエージェンシーに移籍させることであると発表」され、「大蔵省は全ての省に対し、自らが持つ各機能を再評価し、(一)廃止、(二)売却、(三)下請け、(四)エージェンシー化への転換、(五)現状維持、の選択肢から一つを選ぶように要請」1,2)しています。この目標は保守党政権の終焉までにほぼ完了しています。

ただし、このサッチャー政権の事業仕分けが失敗した最大の分野の一つが国営医療サービス(NHS)であり、その主たる原因は資源投下不足にありました。事態の若干の改善には1997年のブレア政権登場を待たねばなりません。そして、また、ブレア政権が医療費の大幅拡大に際して採用した戦略もまた、NPMでありました。NPMはサッチャー政権とアメリカのレーガン政権下で発明され、ブレア政権とアメリカのクリントン政権下で一層の発展を遂げていきます。

NPMの特に事業仕分けのような手法は、行政府の非効率性を改善するところに特徴があります。従って、公共サービスへの資源投下が充分で産出の不足に主たる問題がある領域では非常に有効です。しかし、資源投下が不足している局面では無効です。サッチャー政権の医療改革が失敗したのはある意味で当然であったと言えましょう。

ブレア政権が採用したのは確かにNPMの戦略ですが、NHSでは医療費と人材の投入を様々な方法で増やす中で、あらためて目標と説明責任を求めていったという大きな方針転換がありました。

さて、外科医としてスタートした臨床医であり、また医療政策と医療経済及び医業経営を専門とする研究者として、自分は現在の医療制度や病院経営の内実が好ましい方向にあるとは全く思っておりません。

特に診療報酬制度については、いつまでも原価プラス型の、つまりは現状追認型の価格制度を全国一律で維持しているが為に、全体的にも地域的にも、特に人的資源の不足がいつまでも解消されず、悪化の一途を辿っています。また、新規医療技術の導入が抑制される結果となっています。

先日まで行政刷新会議によって行われていた事業仕分けでは、各省庁が予算と人員を要求した事業の内、何らかの基準によって選択された事項について、それを満額認めるのか、削減あるいは廃止するのかが決められました。サッチャー政権で行われたことと比較して、どこが異なるのかは明らかです。

まず、各省庁は補助金を通じて「漕ぐ」仕事を相変わらず握り込み、不自由な人事・予算制度の中で相変わらず苦しみ続けることになっています。結果として来年度もまた「舵取り」の仕事に専念できません。はっきり言えば、人員の数に対して要らない仕事が多すぎるのです。

補助金を受ける側もまた確たる目標を与えられて居らず、従って説明責任は生じない代わりに社会の信頼と経営上のフリーハンドが得られません。

診療報酬もまた例外ではなく、事業仕分けによって「収入が高い診療科の見直し」「開業医・勤務医の平準化」等を迫られていました。些事にこだわらざるを得なくなるには当然の理由があります。既に民間医療機関が大きな役割を果たしている日本の医療制度では、目標設定の無いことと説明責任の果たされていないことが追求されるべきであり、さらにその前に資源投下が充分であるか否かが議論される必要がありました。これらを避けるとしたら、異常な些事にまで事業仕分けが口を挟むことになったのは当然と言えましょう。

そして、これによって不利益を蒙るのは、槍玉に挙げられた特定診療科の勤務医や開業医でしょうか?…否、最も不利益を蒙るのは、それら診療科で入院治療を受け、あるいは外来通院をしている患者さん達です。

価格は需給双方で過不足の調整機能を持ちます。それが統制市場であっても、機能に違いはありません。単純に需給量が調整されるだけでなく、価格が下がれば下級財へと市場が移行し、上がれば上級財に移行します。価格の低下に拘わらず市場を無理に維持しようとすれば、消費者は充分な財サービスの供給が受けられず、必要があってもアクセスを制限されるか、あるいは良くて早い者勝ちの列に並ぶか、価格外の競争に直面することになります。財がサービスであっても基本に変わりがありません。

既に医療政策の研究者の中では、アクセスと質と価格との間には互いにトレードオフの関係が存在するというのが常識とされています。

それでも、医療サービスについては、プロフェッショナルの倫理によって価格メカニズムを超えて一定の供給が維持されることも知られています。しかし、自ずと限界があります。過度の医療費抑制によってイギリスのNHSは一度極端なアクセスの低下に直面し、今また日本の皆保険制度も同様の危機に直面しています。

わが国に於いては、昨今のインフルエンザ騒動にその危機の一端が見えます。休日や夜間の受診患者が多く、特にタミフルの効果が期待できる内服開始までの時間の制約から、日曜日の受診患者の多いことが報道されています。日曜日に開ければ患者さんが山と来て多大な収入となることが分かっているのに、なぜに対応する医療機関が少ないのかを考えれば、医療資源の過少がサービスの過少供給に直結しているのではと危惧されます。高齢化によって国民の有病率が上がっていることが想定されるにも拘わらず、入退院患者数は頭打ちになっています。救急患者の受け入れ不能(マスメディアの繰り返し言うところの「たらい回し」)問題に見るように、急性期入院医療は既に過少供給に陥っているようです。

これは診療科別の診療報酬の配分調整によって解決可能な問題でしょうか。

まず、全体の過不足と配分の変更は別問題なのだということに気づく必要があります。簡単に言えば、病院全体の収入が増減しない中で、診療科間の収入だけを増減したとしても、病院の存続には一切影響しません。単純な事実です。採算性の悪さから救急医療や産科、小児科が存続の危機にあることは多くの場合は事実でしょうが、病院の総収入が変わらなければ、民間病院ですら半分が赤字という存続の危機の原因が変わるだけで、事態は改善しません。赤字病院が人件費を増やすのはいつも困難です。

高齢化の進む日本社会の中では、骨折や関節炎、また屈折異常や白内障の患者さんが増える心配はあっても減る見込みはなく、整形外科や眼科のニーズは相変わらず高いのです。アトピー性皮膚炎やアレルギー性鼻炎の患者さん達も少なくありません。これらの診療科へのアクセスを低下させるなら、患者さんの金銭的・非金銭的負担は一層大きなものとなるでしょう。

患者数と。患者数に対して医師がどれぐらい必要なのかという議論なくして診療科別の医療費の調整をするのは無謀と言えましょう。

では、診療所と病院の配分の調整で全てがうまく行くのでしょうか。

先日公表された、平成20年10月1日現在の「医療施設(静態・動態)調査・病院報告の概況」(厚生労働省大臣官房統計情報部)によると、病院で働く従事者数(常勤換算:FTE)1,771,435.8人のうち、医師数(FTE)は187,947.6人と10.6%に過ぎません。同じく一般診療所の従事者数(FTE)699,202.1人のうち、医師数(FTE)は117,567.5人と16.8%です。

人件費は医療費のおよそ半分を占めます。医師の人件費が他の職員の人件費に比べて高いのは事実ですが、これだけ人数が違うと、それほど大きな割合を占めるわけではありません。

自分の手許に、とある公的病院の年間職種別人件費(平成20年度)のデータがあります。医師不足で医師の給料は高めですが、医師数が少なく、正職員の中だけで見てもその人件費に占める割合は22.8%であり、嘱託・臨時職員まで入れると20.9%へと下がります。対して常に半分以上を占めるのは看護師の人件費です。

診療所の場合、医師の平均年齢が既におよそ58歳とベテランで、従事者数に占める割合が比較的高いことを考えても、おそらくかなり多めに見積もって人件費に医師のそれが占める割合は35%程度でしょう。

財務省の作成する医療費の資料では常に人件費について「医師等の…」という注記がついていますが、およそ医業経営の実態を知っている人たちの為すべき事とは思いません。

医師に対して言えるようなことが、看護師や技師達、薄給で頑張っている事務職員に対しても言えるのでしょうか。…既に言っているわけですけれども、全国250万人の医療従事者と、その数倍のその家族が次回選挙でどういう行動を取るものか、想像は容易だろうと思います。財務省は診療報酬改定の度に政権交代を望むのでしょうか。

事業仕分けの中で厚生労働省が問われるべきだったのは、果たして永年の学校教育とOJTと自己研鑽が必要とされる医療専門職が、医療サービスの提供に充分専念できているのか、過度の効率性を要求されていないのか、専門外の事務作業を課されていないのか、あるいはそもそも医療機関に要求されている事務作業に削減可能なものはないのか、であったのではないでしょうか。また厚労省自体のあるべき業務範囲と、さらに数値目標と説明責任も問われるべきでした。

国家財政が苦しいことは存じ上げています。致命的だと思うのは、小泉政権下の好況期ですら、国債発行が止められないほどの慢性的歳入不足の状況が続いていることです。一般に不況下の国債発行は好況期の税収増によって補われるべきものであろうと思いますが、1980年代半ばから、この國では不況期には歳入が激減するのに、好況期にも国債発行が止まらないほどの税収不足が続くという異常な状況が続いています。不況期には減るものが好況期にも増えないなどと、いったいどうすればこんな仕組みを作り上げることができるのかはよくわかりませんが、好況によって税収が充分に増える仕組みがビルトインされていないのだということだけは自分にも分かります。

自分は財政については全くの素人ですが、財政学者と呼ばれる人々には、歳出の細かい費目に口を出す以前に、全く別の場所で為すべき仕事があるように思います。この國は民主主義を標榜していますから、一市民からのギモンについても、専門家には口舌でなく行動で応えていただけるものと思います。

さはさりながら、一般に、全ての財サービス市場が景気変動と歩調を揃えて変動するわけではありません。不況下で膨らむ市場もあれば、好況下でむしろ縮小する市場もあります。景況と無関係に伸縮する市場もあるでしょう。これを経済成長率が低いのだから全て市場が縮小して当然だとか、物価が下がっているのだから単価の上がる理由がないなどというのは、どういう単純なモデル下での議論なのであろうかと疑問に思います。きっと一度不況に陥った経済は好況に転じることは決して無く、逆に好景気は永遠に続くモデルなのでしょう。

市場が拡大するためには、需要だけでなく供給量の増加が不可欠です。生産性改善の余地のあまりない資源投下不足の分野では、利潤の増加によって生産性の低い供給者の新規参入や退出抑制を行い、供給量の維持増大を図る必要があります。医療機関は規模の大小を問わず、多額の借り入れを行っているのが普通であり、デフレーションによる実質金利の上昇は、それと気づかぬ勤務医を含む医療従事者全てにとって大問題です。

繰り返しますが、問題は購買力ではなく、資源投下の不足なのです。長い修行と借金返済の道を歩む人々を増やすのに何が必要だというのでしょうか。

医療費をめぐる議論で常にお留守にされてきたのは、この、医療サービス市場は拡大されるべきか、縮小されるべきかという根本的な問題です。患者さんは増え続けており、医療技術は進歩し続けます。新規医療技術の導入は患者さんに新たな価値とわずかながら人生に余韻をもたらします。そして、陳腐化した医療技術にいつまでも多額の費用をかけ続ける必要はありませんが、最低限の支払いを続けなければ、患者さんは医療サービスの提供が受けられなくて難民化します。

もう、うんざりです。そろそろ、この國の医療サービス市場は拡大し続ける必要があり、それをどう実現するのかの具体的方法を議論する必要があるのではないでしょうか。

【参考文献】
1)行政改革会議;「武藤総務庁長官英国行政改革実情調査結果の概要」 http://www.kantei.go.jp/jp/gyokaku/0526dai14besi.html
(平成21年12月6日アクセス)
2)デービッド・オズボーン、ピーター・プラストリック;『脱官僚主義』、PHP研究所、2001年

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