医療ガバナンス学会 (2017年8月2日 15:00)
梅村聡のあの人に会いたい 江崎禎英・経済産業省ヘルスケア産業課課長 (上)
患者の自律をサポートするには何が必要なのか、元参院議員・元厚生労働大臣政務官の梅村聡医師が、気になる人々を訪ねます。
~この文章は、『ロハス・メディカル』2017年7月号に掲載されたものです。
2017年8月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
江崎 現在、医師会の先生方と議論しているのは、できるだけ早い段階から医療サービスを提供しようということです。人は40歳を超えると何がしか健康上の問題が出てきます。しかし、法律で定められている特定健康診査を対象者の半分以下しか受診していません。仮にすべての未受診者が特定検診を受け、現状と同じ比率で有病者が見つかったと仮定すると、実に470万人近い方々が新たに病院に行かなければならないことになります。もちろん都会と田舎とでは状況が異なるという問題はあるにせよ、国全体で見たら、明らかに患者数は多過ぎる状況になります。
梅村 医療サービスがなくなるのではないかという心配はないということですね。
江崎 ただ、そのためには、医療関係者の方々にも、仕事の仕方を改めていただく必要があります。従来の医療は、担当医師の1人完結型のサービスでした。チーム医療という言葉はありますが、あくまで医師とそれを支えるサポート体制の話です。また、大きな病院では、疾患ごとに患者を振り分けて、医師は自分の専門領域のみを見るスタイルになっています。今後複数の疾患を持つ高齢の患者が増えてくると、複数の医師や医療機関の間で診療データを交換しながら、継続的に1人の患者をフォローする必要が出てきます。
梅村 それ、以前から言われているスタイルですが、なかなか進まないですよね。
江崎 でも、現在医師会では「かかりつけ医」を推奨しています。極端な専門医志向と9時-5時勤務を望む医師がこれだけ増えてしまった状況において、1人の患者を1人の医師が24時間365日フォローすることは現実的ではありません。私の実家は無医村なので、昔は遠く離れた診療所の先生1人がすべての医療を担当していました。しかし今ではその実家に住む私の母ですら、眼と膝と胃腸炎で別々の病院のお世話になっています。
梅村 そうですか。
江崎 ただ、現状それぞれの医師は専門分野の治療しかしませんから、3つの病院を回ると山のように薬をもらってきます。先日沢山の薬を飲むのがあまりに苦痛で、しばらく薬を飲むのを止めてみたら、かえって体調が良くなったと言っていました。私が見ても明らかに病院相互の連携はなく、大量の薬が処方されている実態は、医療財政以前の問題です。医師の方でデータを共有すれば、もっと合理的な医療ができるはずです。現在かかりつけ薬局にその役割を担わせようとしているようですが、薬剤師の判断で薬を止めさせることはできず、患者がもう一度3時間待ちして医師に相談するなど全く現実的ではありません。
梅村 急所を突きますね。厚労省は今、地域包括ケアシステムを推進しているのですが、これは古いと思っています。何でも診られる総合医を作って、24時間電話でも繋いで、何人かの家庭医が連携して対応しよう、夜中も順番に対応しようとしているのです。しかし、そこではITを使って情報共有して相互乗り入れしようという話にはあまりなっていません。今はもうカルテはほぼ全部電子化されているのだから、当然お互いに見るべきだと思います。個人情報保護法の規定で言えば、本人の許可があれば可能ですから。
江崎 そうですね。
梅村 お互いにカルテを見合えば、外の眼が入るじゃないですか。
江崎 全くその通りです。その結果、初めてサイエンスとしての医療が始まるのです。
梅村 サイエンスになる?
江崎 現在の医療は、1万年以上にわたる人類と病気との闘いによって得られた経験の積み上げです。その時代時代の最も頭の良い人たちが、試行錯誤を繰り返し少しずつ延ばしてきた鍾乳石みたいなものだと思います。その意味で、医療とは技能(アート)の伝承です。近年になってこれに科学(サイエンス)的な説明が加えられただけで、基本的に技能であることに変わりはありません。実際医療現場では、可能性のある複数の選択肢をトライしてそれでだめなら諦めるというもので、多くの患者を治療しても、医師個人の経験の積み上げによる技量の向上という形でしか活かされていきません。ここに来てようやくがん登録制度が始まりましたが、これまでがんで亡くなった膨大な数の患者に対する治療とその結果に関する情報を蓄積する仕組みもなく、医療界全体で全く活かされてこなかった事実がすべてを物語っていると思います。
梅村 その通りかもしれません。
江崎 医療のIT化とは、単にコンピュータや電子カルテが普及することではありません。医療に正しくITを組み込むことができれば、同時並行的に進む同じような治療の進行状況を複数の医師がシェアできるわけです。あれがダメならこれはどうかといった手探り型の対応ではなく、同時に進行する類似の患者に対する治療結果を比較衡量することで、治療と結果の相関性が高まります。サイエンスの絶対条件は「再現性」です。これまで1人ひとりの医師の技量に頼ってきた医療が、医療関係者が連携することで1つのシステムとして機能すれば、人類は新たなステージの医療を手にすることができると思っています。
梅村 なるほど、そうですよね。似たような話がありまして、僕はこの間、日本酒の杜氏に話を聴いたんですよ。日本酒造りの世界に、大学とかの酵母の技術とか知識とか、ああいうのが入ってきたことで、遥かに良くなったと言っていましたね。
江崎 はい、分かります。
梅村 これまで杜氏は、生涯酒造りに取り組んでもせいぜい40回か50回しか日本酒を造れなかったのですね。ところが今は1年間で2千例くらいの試行ができるそうです。やり方を工夫すれば2千どころか多分無尽蔵に試行できるのです。そうすると、今までの人が40回か50回やって、「俺の経験上は屋根を藁にして……」とか言っていたものが、実は最善じゃありませんでしたね、ということが分かったりするのです。
江崎 そうなるでしょうね。
梅村 旧来の世界で生きてきて指導的立場になった方たちからしたら、正直ちょっと屈辱もあると思うんですよ。
江崎 それはあると思います。
梅村 職人さんだったら、そのプライドも大切にしてあげないといけない。だけど医療に関して言えば、人の命に関わることだから、国民とか受益者のことを考えて、そろそろそこを脱していかないといけないんじゃないかなと思いますね。それが、ヘルスケア産業ということの一つの概念になるのかなと思ったりもしました。
江崎 そうですね。地域包括ケアの話が出ましたけれど、厚労省からゲタを預けられた自治体も実際のところ何をしたらよいのか分かっていません。その辺りも医療サービスを見直すきっかけになるのではないかと考えています。
●良い社会を次の世代へ
梅村 医療の実質をどこに置くかですよね。ちょっと違った話をしますと、僕はネット上にお墓を作ったらいいな、と思っているんですよ。
江崎 バーチャルなお墓ですか?
梅村 はい。ネット上のお墓に、生きている時のお祖父ちゃんの言葉とか映像とかこんなことをやったというのを全部入れておいて、IDを入れたらお祖父ちゃんが子や孫たちに言いたかったことが見られる。「シンドイ時はこうしたらいい」とか、後生へのアドバイスなども入れておくのです。
江崎 なるほど。
梅村 でも、これ多分、仏教界とか旧来の宗教の人たちは邪道だと言うでしょう。「お墓に行って、お花を活けて掃除して、先祖との交流が深まるんだ」と。言いたいことは分かるんです。でも、ウチの子どもとか今の人からすると、それがお墓に行かない原因になっている場合も少なくないんです。
江崎 おっしゃる通り。
梅村 本来、何のために墓参りに行くかと言ったら、自分のルーツを知って、自分の生き方を見つめ直す、ご先祖様に対して感謝する。これが原点なわけでしょ。その原点を大事にするんだったら、ネットでもいいじゃないかと思うんです。もちろん、実際に墓へ行きたい人は行ったらいいんですよ。
江崎 今のお話を聞いて、日本で初めてラジオで落語を流した話を思い出しました。
梅村 どんな話ですか?
江崎 昔、ある落語家がラジオで落語を流そうとした時、落語界の重鎮たちから大反対を受けたそうです。ラジオで落語が聴けるなら寄席に客が足を運ばなくなる、というのです。しかし、その落語家が破門を覚悟でゲリラ的にラジオで落語を流したら、翌日から寄席が満杯になったそうです。それまで落語を聴いたことのなかった人たちが、落語とはこんなに面白いものかと知り、本物を見たいと寄席に足を運んだそうです。
梅村 なるほど。話を医療に戻しますと、医療も本来何のためにやっているのかと実質を見失ってはいけないと思うのです。大切なのは患者をどう健康にするかです。実質の方から考えたら、遠隔診療もそうだし、ITもそうだけど、患者のためにどう使うかを考えるべきです。医療界の重鎮が反対を続ければここ何年かは避けることができるかもしれませんけれど、いずれなくてはならないものになると思いますよ。だったらむしろ医師の視点でITをどう上手く使うか考えていく方が賢いですよね。
江崎 同感です。
梅村 こういう発想が、やはり医療界は弱いと思います。医療に関して様々なステークホルダーが色々なことを主張されています。だけど今言っていることを、次の世代や次の次の世代に対しても同じように言えますかと訊かれたら、僕はなかなか難しいと思っているんですよ。
江崎 我々には、次の世代に渡すこの社会をより良いものにしていく責任があると思っています。昔作られた制度のままでは対応できない問題があっても、その制度に関わっている人たちにとっては居心地が良いことは少なくありません。しかし、制度全体を外から見たら、危機的な状況にあることがよく見えます。まずは、人生90年時代になることを前提に、社会システムを直すと同時に、医療サービスの在り方が変わるべきだと思います。超高齢社会を素晴らしいものにするために、厚労省や医療界の皆さんと一緒に、新しい仕組みを作っていけたらいいなと思っています。