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Vol.162 専門性の高い分野に蔓延る 不合理な「常識」や「掟」-1

医療ガバナンス学会 (2017年8月3日 06:00)


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梅村聡のあの人に会いたい
江崎禎英・経済産業省ヘルスケア産業課課長 (中)
患者の自律をサポートするには何が必要なのか、元参院議員・元厚生労働大臣政務官の梅村聡医師が、気になる人々を訪ねます。
~この文章は、『ロハス・メディカル』2017年8月号に掲載されたものです。

2017年8月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

梅村 これまで他の省庁の方とも大勢お話をしてきましたが、特に江崎さんは急所をズバッと突きますね。これまでどのような仕事をしてこられたのですか。

江崎 はい。平成元年に通商産業省に入省し、最初は通商政策局の総務課に配属されました。当時は日米貿易摩擦の真っ只中で、米国の貿易赤字削減のための米国通商法スーパー301条や日本の貿易障壁を取り除くための「日米構造協議」の交渉が連日行われていました。また、同じ課の中では環太平洋経済協力会議(後のAPEC)の立ち上げを行っており、GATTウルグアイラウンドにも関わっていましたので、1年目は毎日朝帰りでした。

梅村 大変なスタートでしたね。

江崎 2年目になると、それまで非関税障壁が多いと一方的に非難されていた日本が、初めてアメリカとヨーロッパの貿易上の不公正慣行を叩くという、いわゆる「不公正貿易報告書」の創設に携わりました。省内での反対も多く、情報集めなど作業は大変苦労しましたが、相手が誰であろうとおかしいことはおかしいと主張することの大切さを学びました。半年近くかかった報告書の取りまとめが終わると同時に、大蔵省証券局に出向になり、銀行と証券会社の業務制限を緩和する金融制度改革に携わることになりました。

梅村 結構、その時その時の話題に関わっていますね。

江崎 ええ。大蔵省に出向した直後には証券会社による損失補てんの問題が発覚して、証券局始まって以来の大惨事と言われる状況になりました。その騒動の後、金融制度改革のための証券取引法の改正に携わり、金融行政の内情を垣間見ると共に、法案作成の様々なノウハウを学びました。2年の出向期間が終わって通産省に戻ると、産業資金課に配属され、ベンチャー企業のための新たな資金調達手法である「リスクマネー」を考えろと言われました。リスクマネーって何ですかと訊いたら、「それはお前が考えるんだ」と。

梅村 面白いですね。

江崎 そこで証券局時代の知識を活かして、店頭市場改革に取り組みました。この結果、当時は事実上大企業しか参加できなかった資本市場に、ベンチャー企業など若い企業も参加できるようになり、銀行などを通じた間接金融以外の新たな資金調達の途を拓きました。これに引き続く形でマザーズ市場などが出来、第3次ベンチャーブームを牽引することになりました。しかし、店頭市場改革が実現したと喜んでいたら、課長から突然「為替金融課を助けてやってほしい」と言われて、貿易局の為替金融課に配置換えになりました。異動の内示は、史上初めて1ドル79円台になった翌日でした(笑)。

梅村 平成7年かそれぐらいですね。

江崎 そうです。当初、外国為替にそれほど詳しくなかったのですが、色々と勉強するうちに外為制度が時代遅れになっていることに気づきました。様々な折衝を重ね、最終的に外為法の改正を実現し、外貨取引の規制は撤廃されることになりました。

梅村 そこ、話が特に重要そうですね。後で詳しく教えてください。

江崎 はい。この時は「通産省が金融行政に口を出すとは何事か!」と各方面からかなり厳しく非難されましたが、何とか流れを変えることに成功しました。その後、イギリスに留学してEU統合について学び、そのままEUの職員としてブリュッセルのEU本部で働く機会をいただきました。海外生活を終えて日本へ戻ると今度はIT政策を担当せよと言われました。当時は後にITバブルと呼ばれる時代で、2千億円に上る補正予算を組んで様々なシステム開発を後押し、情報処理技術者試験の全面改定を行い、ITコーディネータ制度を作るなど、次々と政策を打ち出していました。2年目には、「コンピュータ西暦2000年問題」の対応を行い、大過なく西暦2000年を迎えたと思った途端、課長から「悪いけどこのまま内閣官房に行ってほしい」と言われました。連日の徹夜状態で朦朧としながら「何をするんですか?」と訊いたら、「個人情報保護法を作るんだ」と言われました。

梅村 あれにも江崎さんが関わっていたのですか。

江崎 実は、個人情報保護法の原案の大半は私が書きました。大蔵省時代に学んだ法案作成のノウハウが大いに役立ちました。内閣官房で1年半ほどかけて法案作成を行い、経済産業省に戻って再び情報政策に携わった後、製造産業局を経て、大臣官房総務課で経済財政諮問会議を担当し、省内で誰も引き受け手のなかった「外国人労働者問題」に取り組みました。「第三次出入国管理基本計画」が作成された時です。その後、資源エネルギー庁で「京都議定書」遵守の可否を握るエネルギー需給見通しの作成を担当し、洞爺湖サミットで採択された「2005年比CO2排出量14%減」の目標設定を行う仕事をしました。

梅村 いやはや、すごいですね。

江崎 その後、念願叶って、出身地でもある岐阜県に出向させていただき、県庁で次長を1年、部長を3年務めました。実は、岐阜県庁時代に取り組んだ最後の仕事がご縁で、健康・医療分野の仕事に携わることになりました。
●最新技術が不要?

梅村 それはどのような仕事だったのですか?

江崎 当時、岐阜県に、最新技術を用いた世界最大規模のインフルエンザワクチン工場を造ろうという計画がありました。この最新技術は既に米国では実用化されており、期待のワクチン工場でした。ところが、厚労省のパンデミック対策の補助金対象から外されたという記事が週刊誌に載ったのです。そのようなことを私は全く知りませんでしたが、知事から週刊誌の記事を見せられ、「商工労働部の担当ではないと思うけど何とかしてくれないか」と言われました。

梅村 それも大変な話ですね。

江崎 まずはインフルエンザワクチンについて色々と勉強した後に、厚労省の知人を訪ねたところ、「ワクチン行政に市場原理や競争は適さない。古い技術かもしれないが、日本人用にワクチンを作る体制は整っているから、新技術は要らない」と言われました。しかし、古い技術では半年以上前から準備をしなければならないため、どの型のインフルエンザが流行するかを予測してワクチンの製造を始めるのです。つまり、実際に流行するインフルエンザに効くかどうかは賭けなのです。その結果、今年の4種混合ワクチンのように、どれか一つくらい当たるだろうと4種類ものワクチンを打っているのです。しかし、新技術では1カ月ほどでワクチン生産をできるため、ウイルスの型が判明してからでも十分間に合うことから、パンデミックのような場合には極めて有効な技術と期待されていたのです。

梅村 それは重要ですね。

江崎 しかし、どうしても厚労省は支援しないというので、国内企業の工場建設を支援するための立地補助金を使おうと考えました。この補助金は経済産業省が交付しており、本件の申請窓口は製造産業局の生物化学産業課でした。県の商工労働部長として補助金獲得のため、3カ月ほど経産省に通いました。最終的に50億円以上の補助金の交付が決まり、これによって1日80万人分のワクチン生産が可能となる世界最大規模のワクチン工場の建設がスタートしたのです。経産省の製造産業局長室にお礼に行ったところ、「交付するにあたって条件がある。君が戻ってきて担当してくれ」と言われ、生物化学産業課長に就任したのです。

梅村 すごい話ですね。

江崎 驚いたのは生物化学産業課の職員です。つい先日まで審査していた相手が、いきなり課長になるわけですから、職員はやりにくかったでしょうね(笑)。

梅村 そうなりますよね。

江崎 ただ、生物化学産業課でインフルエンザワクチンの仕事をするのかと思ったら、課長として着任するや局長室に呼ばれ、「まずは『再生医療』をなんとかしてほしい」と言われました。「再生医療をどうするのですか?」と訊いたら、「それは君、考えてくれよ」でした(笑)。

梅村 相変わらずのムチャ振りですね。

江崎 そこで、まだノーベル賞を受賞される前の山中伸弥先生の研究室を訪問したり、再生医療に携わる方々のお話しを聞いたりしているうちに、再生医療という新しい治療法が現行の法制度に合わないことに気づきました。厚労省をはじめ多くの関係者と議論を重ね、最終的に薬事法改正をはじめとする一連の法整備を実現することができました。その結果、日本は再生医療分野では世界最先端の法制度を持つ国と評価されるようになりました。再生医療の新たな法制度がスタートしたところで、「君は医療分野に詳しいから、より広い観点からこの分野を担当してくれ」と言われて、現在のヘルスケア産業課長に就任したのです。

梅村 江崎さんは、必ず何か起きるような所に行く運命なのですね。行った先々でそういうトピックが生まれるのでしょうか。卵が先か鶏が先か分かりませんが。

江崎 ありがとうございます。卵が先か鶏が先かというより、どこにでも卵は埋まっています。私は、いつもそれを掘り起こしてしまうのだと思います。これまで10以上のポストに就かせていただきましたが、どれ一つとしてつまらないと思った仕事はありません。どこに行っても必ずやり甲斐のあるテーマを見つけることができました。

梅村 なるほど。僕はずっと厚生労働の世界にいるので、一番古い世界へようこそ、という感じです。

江崎 古い世界と言えば、今回再生医療を巡る法制度の整備に取り組んだ時、かつて外為法改正や店頭市場改革などに取り組んでいた頃の感覚に近いものがありました。

梅村 どういうことですか。

江崎 歴史が長く専門性の高い分野では、様々な経緯や事情が営々と積み上げられて、独特の「常識」や「掟」のようなものが支配しており、担当者も身動きが取れなくなっているのです。明らかにルールや制度が時代に合わなくなっているのに、その分野の専門家の中では常識としてまかり通っているのです。

梅村 そう、そこを詳しくお聴きしたいと思っていたところでした。

つづく

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