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Vol.163 専門性の高い分野に蔓延る 不合理な「常識」や「掟」-2

医療ガバナンス学会 (2017年8月3日 15:00)


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梅村聡のあの人に会いたい
江崎禎英・経済産業省ヘルスケア産業課課長 (中)
患者の自律をサポートするには何が必要なのか、元参院議員・元厚生労働大臣政務官の梅村聡医師が、気になる人々を訪ねます。
~この文章は、『ロハス・メディカル』2017年8月号に掲載されたものです。

2017年8月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

●半年準備して大勝負

江崎 それでは、外為法改正に至った経緯についてお話ししましょう。為替金融課に着任した当時、為替手数料は、1米ドル当たり1円、1英ポンド当たり4円で固定されていました。しかし、調べてみるとこの手数料は、1ドル360円時代、1ポンド1000円時代に決まったものであることが分かりました。大蔵省の担当者に手数料が変わらない理由を訊くと、「戦後、日本は外貨の調達に大変苦労した。今後、いつ外貨の調達が難しくなるか分からないので外貨管理の制度は必要だ。外貨の調達コストを考えれば、銀行がこれくらいの手数料を徴収するのは適切だ」と言われました。

梅村 1ドル1円というのは、固定相場制の頃に出来たルールだったのですね。

江崎 ええ。しかし、当時日本は既に大幅な貿易黒字によって外交問題になるほど大量の外貨を保有していましたので、この回答には正直唖然としました(笑)。

梅村 本当ですね。

江崎 この頃、国内での外貨の取り扱いは外為法によって外為銀行以外は禁止されていましたので、生産活動や取引関係が国際的に広がっている産業界には大きな負担となっていました。例えば、アメリカへの自動車の輸出やアジアからの部品の調達はドル建てなのに、自動車メーカーとその子会社が国内でドル取引をすることは規制されていましたので、自動車メーカーは一旦受け取ったドルを外為銀行で円に換えて国内の子会社と円で決済し、子会社はまたそれを外為銀行でドルに換えてアジアの企業と決済をしていたのです。

梅村 なるほど。

江崎 この結果、ドルから円に交換し再び円からドルへと交換することで二重に手数料を支払わなければならず、円高に苦しむ国内企業には大きな負担になっていました。国内でドル取引が自由にできれば、為替手数料を支払わなくて済むわけです。

梅村 銀行を介さなくてもいいわけですからね。

江崎 さらに当時、国際貿易取引では電子決済が普及し始めていましたが、日本では外為規制があるために日本企業がこれに参加することができませんでした。なぜなら電子決済によって国内企業が取引に関わった瞬間に、外為銀行以外での外貨取引が成立するため違法になってしまうのです。世界で急速に広がりつつある電子商取引から日本企業が排除されかねないという事態に直面していたのです。

梅村 なるほど、そんなことになっていたのですね。

江崎 制度の見直しを大蔵省に持ち掛けても、外為規制は大蔵省の専権事項だからと言って全く取り合ってくれません。そこで、外国為替等審議会の場で正式に問題提起することを考えました。当時、外国為替等審議会というのは、すべての発言が前日までに登録されるという慣行がありましたので、本来、不規則発言はありません。そこで初めて不規則発言をしようというのですから大変でした。

梅村 そこは厚生労働省も似たようなものですね。

江崎 産業界代表の委員の皆さんも制度見直しについては賛成なのですが、ネコの首に鈴を付けるのはさすがに逡巡されていました。このため、通産省で研究会を開催し、国際的な制度比較や経済効果など様々な材料を揃えました。半年かけて準備し、年明け1月の外国為替等審議会で勝負に出たのです。審議会の翌日の日経新聞の一面トップに「外為法改正か!」と出て、一気に流れが変わりました。

梅村 そんな大勝負もしていたんですね。

江崎 この結果、産業界にとっては数千億円規模の為替手数料負担がなくなったと思います。また、これがその後の銀行再編に繋がる一つのきっかけになったようです。ちなみに、為替手数料は法律で決まっていたわけではなく、金融界の単なる慣行でした。

梅村 医療にも、法律じゃないのに誰も疑わなくなったルールがあります。例えば、保険制度って1点10円ですが、1点10円でなければならないという法律上の規定はないのです。点数も2年に1度見直していますけれど、厚労省に訊いたら、法律事項ではなくて単なる慣習なのです。

江崎 そのようですね。

梅村 慣習は、良い意味で言えば安定を生むのですけれど、悪い意味では活力を奪います。今までやってきた通りにすれば楽ですからね。
●産業政策的に危うい

江崎 先程申し上げたように、医療の分野でも制度と実体が合っていないところが金融分野と良く似ていると感じました。特に、医薬品は大切な成長産業なのに、産業政策的には非常に危うい状態にあると思います。

梅村 「危うい」ですか?

江崎 端的に申し上げれば、産業の黎明期や揺らん期に作ったビジネス構造がそのまま続いているのです。例えば「長期収載品」と呼ばれる制度(慣行?)があります。医療関係者には常識かもしれません。でも、長期にわたって価格を維持することは産業政策的には禁じ手です。財やサービスの価格を国が決める公定価格という制度自体は珍しくありませんが、世界が研究開発にしのぎを削っている医薬品の分野で、特許が切れた技術に対してまで一定の価格を保障するという制度は確実に業界の競争力を奪います。

梅村 価格を国が保障すると産業は弱くなるのですか?

江崎 典型的な実例が「米価」です。日本の米に国際競争力が全くないことは説明するまでもありません。新薬の価格は、特許が切れたら10分の1近くに下がるというのが世界の常識です。しかし、日本では2年ごとの薬価改訂が行われるものの、引き下げ率は小さいため、結果的に長期にわたって高値が維持されるのです。最近になってようやく長期収載の見直しが行われつつありますが、依然として価格水準は高いままです。

梅村 それは問題ですか?

江崎 ビジネスで最も難しいのは値決めです。その財やサービスの価格をいくらに設定するかによってビジネスが発展するかどうか決まり、企業の存否も決まると言って過言ではありません。医薬品業界ではビジネスの根幹である価格を国が決めて、しかも長期にわたってその価格を維持してくれるわけです。

梅村 利潤を保証することで、新薬の開発が行われやすくなると製薬業界は主張していますよね。

江崎 現実は、そうなっていません。価格が固定されている以上、マーケットシェアの大きさが利益の大きさにつながります。この結果、企業の合理的な行動として、リスクを負って新薬開発を行うより、MRを使ってマーケットである医師や医療機関を抱え込んだ方が、確実に収益を得られます。事実、製薬業界ではここ10年ほど、研究開発費を減らしてMRの人件費を増やしているのです。世界の製薬企業がMRを減らして研究開発投資を拡大している流れに明らかに逆行していますが、日本のビジネス環境では、経営的には合理性のある行動なのです。これに審査官が代わる度に180度違う宿題を出すといわれるPMDA(医薬品医療機器審査機構)の審査が加わることで、日本発の新薬開発のハードルは極めて高くなり、日本から新薬が生まれない構造になっているのです。

梅村 経営学的には正しくても、産業政策的には問題が多いということですね。

江崎 そうです。こうしたビジネス環境下では、いったん新薬が承認されれば、その薬をできるだけ長く医師に処方してもらうことで利益の最大化が可能になるのです。日本ではほとんど新薬が開発されないのに新薬開発会社が74社も存在しています。しかも、近年製薬企業が倒産したという話を聞いたことがありません。大手製薬会社も自ら研究開発するより、海外でベンチャーを買い漁ることに力を注いでいます。

梅村 ネタを買ってきてね。

江崎 それをCRO(受託臨床試験機関)やSMO(試験実施機構管理機関)に委託して製品化するのです。残念ながら日本には真の意味での新薬開発企業はほとんど存在しないのです。さらに言えば、新薬開発を促進するための「薬価加算制度」は、もっぱら外資の製薬会社が享受しています。外資系の製薬会社は海外で承認された薬を持ち込めるため、比較的早くPMDAの承認が得られます。この結果、日本の市場は外国の製薬会社にとって大変おいしい市場になっているのです。

梅村 怒っていますね。

江崎 アカデミアの研究活動や日本の生産技術は世界のトップクラスなのに、日本からは新薬がほとんど出ず一貫して輸入が増え続けています。

梅村 しかも新薬の価格は年々高くなっていますよね。

江崎 新薬の開発にお金がかかるから薬価も当然高くなると説明されますが、我々産業政策に携わる者からすると、それは単なる言い訳です。なぜなら通常のビジネスでは、良い製品には客が増え、生産コストが下がるため単価も下がるのです。例えば昔T型フォードが出た頃は、車なんて高嶺の花でしたが、量産することで価格を下げ、今では誰もが車を持つのが当たり前になったわけです。今日より明日、明日より明後日の方が、より良いものを安く提供できるという、それが産業政策の基本です。

梅村 優れた薬に手が届きやすくなって、財政負担も軽減されるのですね。

江崎 昔、中学の社会科で習ったように、この国は資源を輸入して高付加価値品を輸出することによって1億人の国民が豊かに生活しています。この構造は、今も全く変わっていません。しかしながら、最も付加価値の高い医薬品だけ一貫して輸入側にあり、しかも、その額が拡大の一途を辿っているのです。

梅村 残念なことです。

江崎 かつて私がEUの職員であった時に、フランス人の同僚から「なぜ日本は薬を輸入するのか」と問われたことがありました。その時には質問の意味が分からなかったのですが、現在もEUからの最大の輸入品は医薬品です。彼は、医薬品のような高付加価値品は日本が得意なのではないかと言いたかったようです。研究開発にコストをかけるより、MRを使って医者を抱え込んだ方がいいと判断させてしまう制度によって、国全体として明らかに損失を生んでいるのです。しかも現在の医療制度の恩恵は、海外の製薬会社が享受しているのです。

梅村 逆貿易摩擦ですね。

江崎 国内に高い技術力がありながら、みすみす外国企業の利益確保につながっている現状は、日本国の公務員としては看過できません。特に1年生の時、通商問題でアメリカの理不尽な要求と闘った私としては、なおさらです。

梅村 なるほど、そこに戻ってきますか。

江崎 技術立国日本としては、医療という最大の戦略分野でこそ、世界に覇を唱えるべきだと思っています。

梅村 その力がありますか?

江崎 ある、と信じています。

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