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Vol.167 新専門医制度の拙速な実施は日本の医療に大きな禍根を残す

医療ガバナンス学会 (2017年8月9日 06:00)


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倉敷中央病院 神経内科 主任部長
進藤克郎

2017年8月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

8月になった。例年なら、来年度の進路選択の参考にと、夏休みを利用し病院見学で初期研修医の先生方への応接に忙しくなる。しかし、今年はもう一つ盛り上がりにかける。それは、もちろん来年4月以後の専門医研修の動向がはっきりしないためだ。

日本専門医機構の吉村博邦理事長は7月7日の理事会終了後の記者会見で、「2018年度から新専門医制度が実施可能になった場合に備え、10月から研修プログラムへの専攻医の登録を始める」という主旨の発言を行なったそうである。(メディ・ウオッチ(2017年7月10日 http://www.medwatch.jp/?p=14732 )これを素直に読めば、2018年4月の新専門医制度全面スタートは確定していないことになる。さらに同記事によれば、スタート確定は来年1月以後になる可能性があると読める。ところが、8月4日の日本専門医機構理事会後の記者会見で、副理事長松原謙二氏が「2018年4月から新しい専門医制度を開始する。」と言いつつも、その直後吉村理事長は「副理事長がこれでスタートすると言ったが、もちろんまだ検討会もある。」と慎重な姿勢を崩していない。(m3 https://www.m3.com/news/iryoishin/549804 )来年4月の新制度実施が確定されたと信じているものは、私の信じている限りほとんどいない。

このような混乱が続いている理由の一つとして、第一線の現場の医師たちが今回の新専門医制度の開始についてもろ手を挙げて歓迎しているわけでは無く、むしろ地域医療の混乱につながることを危惧している点が挙げられる。

日本専門医機構の新専門医制度整備基準によると、基幹病院・連携病院によるいわゆる循環型研修をすることとなっているが、このような循環型研修が、日本専門医機構機構の言う「国民に標準的で適切な診断・治療を提供できる医師」の養成に有用である、とのエビデンスは無い。過去、単独施設で専門医研修を行なってきた専門医は多いが、彼等の能力が劣っているとの証拠もない。アメリカを始め、先進諸国で循環型専門医研修を必須としている国は無いが、それらの国で単独施設専門医研修を受けた医師の能力が劣っているとの証拠も無い。地域医療への影響を考慮すると、循環型研修が望ましいとの考えもあるが、従来循環型研修を取らずに回っていた地域では、むしろ循環型研修を必須とすることで、大きな混乱が予想される。

また、従来は単独で専門医研修を行なうことのできていた多くの病院で、後期研修医が減ることによる地域医療への影響も無視はできない。仙台厚生病院の遠藤希之先生の報告によると、指導医を確保するためにすでに一部の大学病院は医師の引き上げを始めているそうである。( http://medg.jp/mt/?p=7707 )まさに、現在の初期研修制度が始まった際に見た、いつか見た景色である。

さらに、循環型研修の場合には、短期間で退職・就職をくり返すことになるケースが多いと想定される。その場合、勤務時期によって退職金・ボーナス・有給休暇などの待遇は大きく異なることになる。例えば、ある病院では、12月から5月までの勤務状況を元に6月15日在籍者にボーナスが支払われる。この場合、勤務時期でボーナスの支給は大きく変わる。同一学年で、同一基幹病院で、同一プログラムで研修をしていても、待遇が大きく異なる可能性があるということである。同じプログラムに乗っているはずなのに、退職金・ボーナス・有給休暇が異なった医師の同僚の存在が気になる医師は決して少なくないと予想される。専門医研修中の医師の待遇は新たなルールが必要であるが、そこまで議論の進んでいる施設は寡聞にして知らない。医師をも含めた働き方改革が議論にあがっている現在、専門医研修中医師の待遇は無視して良い問題では無い。

女性医師問題も解決したとは言えない。もちろん、専門医機構の「専門医制度新整備指針」には、「女性医師に配慮した柔軟な対応」と6月2日の理事会文書には書かれている。しかし、具体的な方策の明記は無く、これに応じた内科学会の専門研修整備基準等の改正は一切されていない。結果的に結婚・妊娠といった人生のイベントと医師としてのキャリアパスとの両立を目指す女性医師にとっての、新専門医制度への不安は未だ解消されていない。女性医師の「育児中の必須学会参加困難・subspeciality 専門医取得困難」「認定施設での勤務が必須となった場合、専門医維持更新が困難」などの不安の声から、多くの女性医師は新専門医制度に反対しているとのデータもある。(joy.net https://www.joystyle.net/articles/453 )新人医師に女性が占める割合が約半数に近づき、少子化問題が叫ばれている現在、女性医師のライフイベントを無視した制度設計はあり得ない。

ここに挙げた問題は、実際にはほんのいくつかの例示に過ぎない。しかし、いずれも深刻な課題であり、我々はまだ明確な解決法を手に入れていない。

我々の病院には、将来の日本医療を支えてくれる多くの若き医師・医学生が来る。その彼等のキャリアプランの相談に乗るたびに、自分の得ている情報の少なさに愕然となる。「とりあえず、今目の前の患者に向かって全力で研修して、実力をつけていれば何がどうなっても、何も心配はいらないよ。」と、語りながらも隔靴掻痒の感は禁じえない。人生の先輩として、もっと明確な未来を語ってあげたい思いはつのるが、全てはあまりに混沌としている。

日本専門医機構によると、整備基準を元に、各基本領域学会がプログラム整備基準を作成し、これに従って各病院が病院プログラム作成、学会審査・機構審査を経て、各病院のプログラムが決定されることになっている。さらに、ここに各都道府県協議会の審査も行なうことになっている。上で挙げた諸問題への解決は議論にすら挙がっていない。常識で考えれば、来年4月スタートには無理がある。しかし、日本専門医機構は未だ、2018年4月スタートとの旗を降ろしていない。

周知期間に5年は欲しい。そのぐらいあれば、上にあげた諸問題にも対策を立てることもできるだろう。上に政策あれば、下に対策あり、と言う。現状は、対策を立てるひまも与えられず、竹やり一本で敵陣に向かっていく気分である。

専門医制度改革は、超高齢社会の日本にとって、焦眉の急であることに異論はない。しかし、教育は国家百年の計である。専門医教育も例外では無い。これだけ多くの問題を抱えたままの拙速を正当化することはできない。

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