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Vol.168 無痛分娩のゆえに分娩取扱施設を閉鎖させないで

医療ガバナンス学会 (2017年8月10日 06:00)


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この原稿は「月刊集中9月号」に掲載予定です。

井上法律事務所 弁護士
井上清成

2017年8月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1 分娩取扱施設数の減少が止まらない
分娩施設数の推移を見ると、病院および診療所における分娩施設数の減少が止まらない。厚生労働省の「医療施設調査・人口動態調査」によれば、平成20年の分娩取扱施設数のうちの医療機関数は、総数が2567施設であった(2567施設の内訳は、病院が1126施設で、診療所が1441施設)。丁度,その頃(平成21年1月)に産科医療補償制度が始まる。やはり分娩施設数の減少は止まらず、3年後の平成23年には7%も減って、総数が2378施設となってしまう。2378施設の内訳は、病院が1051施設で、診療所が1327施設であった。さらに3年後の平成26年にも、また4%も減って、総数が遂に2300施設を切ってしまう。病院が1041施設、診療所が1243施設の合計2284施設になってしまったのである。
もちろん、これらは「分娩取扱施設」の実数であり、「産科・産婦人科」を標榜しているだけの施設は除く。ちなみに、平成26年において「産科・産婦人科」を標榜している施設の総数は4830施設もある(内訳は、病院が1361施設、診療所が3469施設)。つまり、「産科」や「産婦人科」を標榜していながら「分娩」を取り扱っていない施設が2546施設、つまり、全体の半数以上の53%もあるということにほかならない。標榜科の表面から見た印象以上に、分娩取扱施設数の減少はもっと一層、深刻な状況であると言えよう。
したがって、分娩取扱施設のこれ以上の減少は、何としても食い止めねばならない。

2 分娩取扱施設閉鎖の一例
昨年(平成28年)末から本年(平成29年)初めにかけてのことである。愛媛県今治市の産婦人科診療所の一つが閉鎖してしまった。
それは、昨年12月に突然、愛媛県今治市の産婦人科診療所でこの3年間に妊産婦2人の死亡が相次いだとして、日本産婦人科医会が初の指導に乗り出した、という新聞記事が掲載されたのである。同医会が医療機関への直接指導に踏み切るのは初めてだという。同医会の担当理事は、地元の今治市医師会でも愛媛県今治保健所でもそれまでに情報提供があったにもかかわらず何らの対策も取られなかったことを踏まえて、「もっと早く情報を把握して対応すべきだった。」などとコメントしていた。その上で、診療所は妊婦検診のみを担い、出産は提携している大きな病院で実施するといういわゆる「セミオープンシステム」の導入を、当該産婦人科診療所に対して提案したのである。
当該産婦人科診療所は同医会の直接指導に従った。ところが、結局は、本年(平成29年)2月には閉院してしまったとのことである。
しかし、愛媛県医師会の久野梧郎会長の当時の記者会見によれば、そもそも当該産婦人科診療所には「医療的な処置に関してミスはなかった」らしい。そうだとすれば、医療ミスが無かったにもかかわらず、派手にマスコミ報道されて、分娩取扱施設が閉鎖させられてしまった一例に数えられなければならないであろう。

3 マスコミの「無痛分娩」非難報道
本年(平成29年)4月から、麻酔で出産の痛みを和らげる「無痛分娩」を取り扱っていた産婦人科施設における事故について、過熱した報道が続いている。それらは、施設の実名を出し、写真・映像で施設の全容を露わにし、「無痛分娩」による事故が生じた複数の分娩取扱施設を次から次へと取り上げて非難するスタイルであり、「連続報道キャンペーン」と言ってもよいかも知れない。
心配しているのは、それらの報道の中に折々、日本産婦人科医会の記事が織り込まれていることである。それは、愛媛県今治市の件の時と同様に、「無痛分娩 全国調査へ 妊産婦死亡受け 産婦人科医会」といった類いの記事にほかならない。
これら一連の問題に対してマスコミの論調は、総じて「一人医師産婦人科診療所」を改めるべき、という風に読み取れよう。つまり、一人医師産婦人科診療所では無痛分娩を取り扱わないこと、もし無痛分娩を取り扱うならば麻酔科医を呼んで実施するか、少くとも産科医をもう一名は配置すること、というものである。他方、日本産婦人科医会の指向も、一連の報道とリンクしていることから察するに、やはりセミオープンシステムなどを通じて分娩取扱施設を集約化しようとしているらしい。つまり、マスコミの論調と同じ方向性のように見える。

4 施設集約化でなく端的に医療安全向上を
現実問題として、このままマスコミの「無痛分娩」非難報道が続くとすると、実名をさらされて非難された分娩取扱施設はその風評のゆえに閉鎖せざるをえない(筆者も弁護士として現にそのような心配を聞き、相談を受け、代理人として対応もしている)。全国の一人医師産婦人科診療所にも同様の危機が訪れよう。さらなる麻酔科医か産科医を当該分娩取扱施設に増員しなければならないというのでは、現実的に対応容易な選択肢とは言えないからである。そうすると、施設の問題に着眼した方策は、この厳しい分娩取扱施設を巡る現状からして、解決策として実際的ではない。
しかし、翻ってみると、要は、医療安全の向上がその解決すべき策の本質である。むしろ端的に、医療安全の向上に直結する策を講じればよいように思う。
その一つの案は、従来から使用していた硬膜外麻酔の薬剤の量と質の変更である。現在の無痛分娩の硬膜外麻酔における薬の使用量の標準を、全般的に少なくすることも可能である。たとえば、局所麻酔薬のマーカインの初回投与量8~15mlの標準を3mlに減らす少量分割投与、などといった方策である。また、薬剤を、麻酔の効き目は今一つだけれども、心毒性が低いものに変更することもありうるかも知れない。
いずれにしても、現実的であり、かつ、医療安全に直結する方策を採用すべきであろう。無痛分娩を実施したがゆえに分娩取扱施設が閉鎖させられる、というような結果を招いてはならない。

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