医療ガバナンス学会 (2017年8月18日 06:00)
記者会見「22報論文の研究不正の申立てに関する調査報告」の実施について
http://www.u-tokyo.ac.jp/public/public01_290801_j.html
それによれば、分子細胞学研究所の研究者2名の論文5報(16図)に捏造、改ざんが認められた一方、医学部の教授5名が関わった論文には研究不正がなかったという。
東大のウェブサイトでは、研究不正が認定された分子細胞学研究所の渡辺嘉典教授らの論文がどうして捏造、改ざんにあたるのかが説明されている。画像のコントラストを上げて、電気泳動のバンドを消したり、あるいは本来差がない研究結果を差があるように見せかけていた。
渡辺教授はこれらの行為が不適切であったことは認めているが、研究不正にはあたらないと反論している
東大教授の論文、大学が不正と認定 本人が反論「国際基準では不正にあたらぬ」
http://www.huffingtonpost.jp/2017/08/01/toudai_n_17652808.html
文部科学省の「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」(http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/26/08/__icsFiles/afieldfile/2014/08/26/1351568_02_1.pdf) によれば、処分の対象となる捏造、改ざん、盗用(特定不正行為)を以下のように定義づける。
捏造:存在しないデータ、研究結果等を作成すること。
改ざん:研究資料・機器・過程を変更する操作を行い、データ、研究活動によって得られた結果等を真正でないものに加工すること。
盗用:他の研究者のアイディア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文又は用語を当該研究者の了解又は適切な表示なく流用すること。
東大が公開した資料には、渡辺教授らの実験結果が研究不正と認定された理由が書かれている。
(1)図に含まれる12のグラフのうち、2つのグラフについて、実験が行われていなかったにもかかわらず、実験を行ったかのような結果を示すグラフが作成され論文に投稿されたもの 1件(「捏造」と認定)
(2)例示写真(画像)に用いた酵母株が、定量に用いた株と異なっているもの(論文にはその旨記載はなく、同一株による結果であるかのように読める。) 2件(「捏造」と認定)
(3)異なる標本処理及び画像取得条件で取得された画像が比較されているもの 3件(「捏造」認定)
(4)比較対象となるバンドやスポット等が消去されているもの 7件(「改ざん」と認定)
(5)比較した2つの画像のシグナル強度について、論文の図作成時に意図的に片方の群のみシグナル強度を操作したもの 3件(「改ざん」と認定)
こうした行為は上記の定義の捏造、改ざんにあたることは納得がいく。
一方、医学部の研究者たちの論文には研究不正がなかったという。
今回調査が行われた研究不正の疑義を訴えたOrdinary_researchersと称する匿名の集団の告発文が出されたのが、2016年8月14日。1年近く前だ。
Ordinary_researchersの告発文はウェブ上でも読むことができる。
http://blog.goo.ne.jp/lemon-stoism/e/0191b2afabfbcd17a0f8aecd23c45245
この告発文は、実に多種多様な問題点が丁寧に説明されている。これらの多数の疑義を不正ではないと認定したのだから、実験ノートや記録も含む生データが検討されたのだろう。そう思って東大のウェブサイトを見てみたところ…
何もない。一言「(結論)申立のあった5名について不正行為はない」としか書かれていない。
実は当日の記者会見では、ウェブではまだ公開されていない資料が配布されていた。私は報道関係者を通じその資料を入手したが、そこにも、5名の研究者(教授)の名前も、疑義が申し立てられた論文のことも何も書かれていない。ただ、5名の研究者の論文の疑義を10項目にまとめ、それらに対してどうして研究不正ではなかったのか簡単な説明があるだけだ。
Ordinary_researchersの告発文と資料とを突き合わせて、研究不正ではないシロだったことが分かるのは、高柳広教授らの論文のFACSプロットの不自然な図が論文誌の編集過程で生じたことだけ。あとは多少生データと称される数値が書かれた図があるのみで、検証が不能だ。
唖然とした。あれだけの疑義を、調査の詳細をほとんど公開しないまま「研究不正はない」とは。たとえ研究不正なしの結論が正しかったとしても、私たちには検証が不可能なので、評価ができない。
実は、調査結果を公表しないのはルール違反ではない。東京大学科学研究行動規範委員会規則(2016年1月28日改訂)
http://www.u-tokyo.ac.jp/content/400038719.pdf
では、
3 前項の本文の規定にかかわらず、研究活動上の不正行為が認定された研究に係る論文等が、申立てがなされる前に取り下げられていたときは、当該不正行為に関与した者の氏名及び所属を公表しないことができる。
4 研究活動上の不正行為が存在するとの認定がなされなかった場合(予備調査の結果に基づき委員会として不正行為が存在する疑いがないと判断した場合を含む。)には、原則として調査結果を公表しない。ただし、被申立者の名誉を回復する必要があると認められる場合、調査事案が外部に漏洩していた場合その他の公表することが適切であると認められる場合には、被申立者の承諾を得て、調査結果を公表することができるものとする。
とされているからだ。
ただ、2006年に公表された文部科学省の研究不正に対するガイドラインでは「調査機関は、不正行為が行われなかったとの認定があった場合は、原則として調査結果を公表しない」とされているものの、2014年改訂の新ガイドラインでは、この記載はない。つまり、東大の規定が新ガイドラインに沿っていないということになる。
そして、研究不正の定義も異なっている。旧ガイドラインでは「ガイドラインの対象となる研究活動は、文部科学省及び文部科学省所管の独立行政法人の競争的資金を活用した研究活動であり、対象とする不正行為は、捏造、改ざん及び盗用であり、故意によるものでないものは不正行為には当たらない。」としている。
2014年の一方、新ガイドラインでは「本節で対象とする不正行為は、故意又は研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠ったことによる、投稿論文など発表された研究成果の中に示されたデータや調査結果等の捏造、改ざん及び盗用である(以下「特定不正行為」という。)」
新ガイドラインの「研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠った」という文言は、2014年のSTAP細胞事件の影響で加えられたという。なぜなら、故意の有無の認定が困難だったからだ。
東京大学科学研究行動規範委員会規則
http://www.u-tokyo.ac.jp/content/400038719.pdf
も基本的には文科省のガイドラインを踏襲しており、「故意又は研究者としてわ
きまえるべき注意義務を著しく怠ったこと」という記載がある。ただ、この記載は2016年1月28日に改訂されたようだ。
医学部の研究者たちの疑義は、見方によれば、たとえ故意でなくてもこの「研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務を著しく怠った」ことにあたると言えるが、論文出版時点にはこの記載はなかったのだから、仕方ない…ルールは遡及して適用されないのは法治社会の原則だから…
しかしだ。日本のリーディング大学である東京大学の、しかも日本の医学界をリードする医学部・医学系研究科の研究不正調査が、文部科学省のガイドラインという、最低守るべきルールに従っているから問題ありません、で済ますことができるのか。
最近アメリカの米国科学アカデミーから公表された「Fostering Integrity in Research」という文書には、「研究機関が研究公正の推進において中心的な役割を果たすべき」ということが強調されている。
参考:公正を推進するためには何が必要か?
http://scienceinjapan.org/topics/20170725.html
その中には「連邦規則を遵守すべき上限と考えるのではなく、これを最低限の義務として認識し、率先して高い規範意識をもつ必要がある」と書かれている。
残念ながら東大は、文科省のガイドラインを上限と考えていると言わざるを得ない。
東大の規則には、「ただし、被申立者の名誉を回復する必要があると認められる場合、調査事案が外部に漏洩していた場合その他の公表することが適切であると認められる場合には、被申立者の承諾を得て、調査結果を公表することができるものとする。」とある。
日本のリーディング大学がずさんな研究をしているのではないかと、一般の人々、世界中の研究者から懐疑的な目でみられているのだ。今回調査対象になった東大の研究者たちに呼びかけたい。ご自身の、東大の、そして日本の研究の名誉を回復するためにも、ぜひ調査結果を包み隠さず公表してもらうように、大学当局に要請してほしい。
もしそれができないのなら、だれかが何かを守るために圧力をかけて、研究不正調査を捻じ曲げた、最初から医学部の研究者をシロ認定するために、論理構成をひねり出したと疑われても仕方ない。そして、全員シロだと世間が納得しないから、分子細胞学研究所所属の渡辺教授をいけにえに差し出したとみられても仕方ない。もしそうだとしたなら、圧力のなか仕事をせざるを得なかった調査委員の方々に心より同情申し上げある。
たとえ医学部の研究者たちに研究不正がなかったとしても、その多くは問題ある行為だ。先に挙げた「Fostering Integrity in Research」には、研究不正には当たらなくても、detrimental research practices(有害な研究行為)がむしろ研究の健全な発展に害を与えていると述べ、その損害額さえ試算している。
この有害な研究には
・Misleading statistical analysis that falls short of falsification. (改ざんとまではいかない統計解析の誤り)
・Inadequate institutional policies, procedures, or capacity to foster research integrity and address research misconduct allegations, and deficient implementation of policies and procedures. (研究公正を促進し、研究不正の申し立てに対処しするのには不適切な組織のポリシー、手順、能力と、ポリシー、手続きの不十分な実施)
などが含まれる。
東大医学部の研究者たちの論文は、元データからいくつかのデータを取り除いてグラフを作成したりしていた。また、エラーバーをコピペで作ったりしていた。論文の図がある種の模式図であり、多少ずれても実験そのものが間違いなければ問題ないという言い分もあろうが、こうしたデータの加工が論文を真正でないものに変えているのは事実だし、論文の再現性に影響を与える可能性もある。
そして東大は、研究公正促進への取り組みや、研究不正の申し立てに対する組織的対処が十分でなかったと言わざるを得ない。
いずれも有害な研究行為ではないのか。
分子細胞学研究所は、加藤茂明元教授に続いての研究不正認定であり、渡辺教授のほかの論文の調査、組織的な改革などを検討しているという。ところが、東大医学部からは、こうした声は聴かれない。
東大医学部は、こうした有害な研究行為の防止を、組織として全力を挙げて推進すべきだ。
今回の疑義で名前が挙がった小室一成教授は、ディオバン事件に関わっており、その際も今回と同様に東大は「研究不正はなかった」としていた。
臨床研究「Valsartan Amlodipine Randomized Trial」に関する調査結果概要
http://www.u-tokyo.ac.jp/public/public01_270331_j.html
しかし、小室教授の研究室から出された論文には様々な問題点が指摘されている。
小室一成グループ 論文疑惑
http://komuroissei.blogspot.jp/
その中には、私の指導教員だった浅島誠博士との共同研究の論文もある。この論文は訂正されている。
https://www.nature.com/nature/journal/v506/n7487/full/nature13003.html
しかし、撤回論文や訂正論文が多量であり、画像の加工や不適切な研究データの取り扱いなどが常態化していたと言わざるを得ない。
百歩譲って、こうした多数の論文に研究不正が一つもなかったとしても、小室教授の研究室では、研究データの不適切な取扱いなどのトレーニング、データ扱いに対する姿勢などに問題点があったことは明らかだ。
問題ある画像を出しても後から訂正すればよいということになれば、例えば激しい競争をしている研究分野で、仮説に合うように画像などをとりあえず別の研究から取ってまずは論文を出しておいて、あとから本当の画像にひっそりと訂正するということが許されてしまう。そうなると、まじめに研究していた研究者が競争に負け、地位や研究費を得られず、十分に研究成果が出せないことになる。それはひいては、出たはずの優れた研究成果が出ないことになり、人類の損失となる。大げさに聞こえるかもしれないが、こうした行為は知的冒涜なのだ。「画像加工なんてみんなやっている」「正しいデータがあるんだから何が問題だ」「訂正したから問題ないだろう」と開き直って済まさる問題ではない。
小室教授のVART研究の調査報告書は、結びで以下のように書いていた。
「ただし、本研究を事後的・客観的に評価した場合、研究実施体制等に問題があったことは否めないため、この点は、A教授(著者注;小室教授)において真摯に受け止められるべきであり、今後、A教授が東京大学において行う臨床研究を含む教育研究において十分留意することが望まれる。
なお、この点に関し、東京大学における研究倫理体制の適正及び信頼の確保のための取り組みとして、これまで各種の施策が実施されてきているが、これらの施策にとどまらず、今後も研究倫理体制の適正及び信頼の確保のための不断の改善努力が望まれる。」
今回調査対象になった論文は2016年発行だ。2015年に公表された調査報告書の警告が無視されたと言わざるを得ない。2度あることは3度あるになるのか、3度目の正直になるかは分からないが、もう次がないことは自覚していただきたい。
東大はぜひこうした問題行為を繰り返す研究者たちに「リハビリ」を施してほしい。
研究不正を起こした研究者にリハビリを
https://www.enago.jp/academy/researchmisconduct_rehabilitation/
「参加者たちは3日間、必要な場合には偽名を使って、自分たちが行った過ちについて、なぜそんなことをしたのか、再発をどのように防ぐべきかなどを話し合います。最終日には、参加者一人ひとりが「専門職育成プラン(professional development plan)」を書いて、再発しないための計画を立てます。3日間のコース終了後にはフォローアップ調査などもあり、PIプログラムのチームが同意すれば、コース終了の認定書が研究機関に送られることになります。」
今回の件は、すでに外国のメディアでも報道されている。
Nature誌はニュース(http://www.nature.com/doifinder/10.1038/nature.2017.22394) のなかで、マサチューセッツ工科大学の細胞生物学者、アンジェリカ・アモン氏の言葉を取り上げる。
「ここには灰色の領域はありません。データ操作は科学的な不正行為です(There is no grey area here. Data manipulation is scientific misconduct.)」
甘い研究不正認定、そしてたとえ研究不正ではなかったとしても、繰り返される有害研究…東大が世界のリーディング大学を名乗るなんてお笑い種だ、と言われかねない。
東大が、いや日本の研究が世界からの、社会からの信頼を取り戻すために、東大がこれから何をするのか、世界が注視している。今東大は、日本の研究は正念場にあると言えるだろう。