医療ガバナンス学会 (2017年8月21日 06:00)
これまでにも専門医を認定する制度は存在したが、国民にわかりやすく質を担保した制度にするため、制度改革が行われることになった。しかし大学病院を主とする大規模施設に所属しなければ、専門医取得ができないことになるので、地域医療の崩壊や自由なキャリア形成・女性医師のキャリアアップの阻害などの影響が予想されている。
そもそも、何のための制度変更なのかが未だ具体的に示されていない。全員に1つの型の研修を課す時点で、それは誰にとってもベストな研修ではない。専門医資格は、専門医機構が認定するプログラムを修了し、登録料を収めたことを証明するかもしれないが、能力を証明するものではない。専門医の人数が研修施設となるための基準に組み込まれている場合もあるが、診療報酬は非専門医と同じであり、専門医取得の明確なメリットが存在しない診療科も多い。そうなると専門医は有料で楽しむゲームみたいなものだ。決まった場所で修行を積み、学会のスタンプラリーポイントをゲットすることで、ボスと対戦するための扉が開く。無事対戦に合格すればクリアだ。若手は、自分のやりたいことの邪魔にならないのであれば取ればいいし、邪魔になるなら取らなければいい。
医療の質のボトムアップを目指すなら、専門医更新の際に基本知識をきちんとアップデートできるようサポートするのが一番効率的だ。ウイルス性上気道炎に抗菌薬を処方しない、必要以上にブロードな抗菌薬を投与しない、心房細動にバイアスピリンを出さないなど、初期研修レベルの基本的知識ではある。しかし一度研修を終えた医師が、特に大病院を離れて勤務し始めると、新しいやり方や知識を身に付けるのは容易ではない。専門医機構は、一握りの高度技能者ではなく、大多数の医師を専門医認定することを想定している。であればむしろ、専門医の質の議論で実際に問題となるのは、こういった基本事項なのではないだろうか。
重箱の隅をつつくような専門医試験を作ったり、稀な症例の経験を課す必要なんて無い。ベテラン医師に病院を空けさせて、学会のスタンプ集めに文字通り奔走させる必要なんて無い。毎年ごく基本的なレクチャースライドを作成してインターネットで閲覧させ、最後に◯☓クイズでもつければ、外来や手術を止める必要もなく、非常に低いコストで日本全国の医師のレベルアップができる。
この議論に関して私が感じるこのモヤモヤはなんだろう。考えていて思い出したことがある。もう10年近く前になるが、初期研修の募集定員に都道府県別の上限設定をするという話が持ち上がった。当時学生であった私は反対運動をしていたが、教務課に他大学の先生からお叱りと激励の手紙が届いたこともあり、大学の教育担当の先生に呼び出された。怒られるかと思って行ったら、まあそこに座ってコーヒーでも飲みなさいと言われ、大学病院の研修医教育における役割について議論した。そこで先生が最終的に言ってくれた言葉を私は忘れない。「個人的には大学病院が初期研修医教育に向いているとは思わないが、大学病院だって人手が必要だ」。
そう、今回だってきっと、この制度によって本当に専門医の質が向上すると思っている医師は少ないが、この流れに逆らうのは短期的にはベネフィットが少なくリスクが高すぎる。
『忙しい中頑張って準備を進めてきた。研修医だって制度が決まらず宙に浮いているのが一番困る。どうせ始めるなら早くやってほしい。』『ごちゃごちゃ議論が長引くうちに借金が増える。後戻りできないのだからとにかくやるべきだ。』
そういう意見が出るのも理解できる。でも、それを「専門医の質」などという見た目の良い理由でごまかすから、本当の議論ができなくなる。
早く制度を始めることが部分最適であるのは理解できる。何かを犠牲にしない改革なんて有り得ない。しかし考えうるデメリットが議論されていないということは、その改革にそれだけの犠牲を払う価値があるかが議論されていないということだ。「結果よりもプロセスや動機を評価し」「組織内の融和と調和を優先させ、軍事的合理性をこれに従属させた」日本軍は、72年前にどうなったか、この8月にもう一度思い出して欲しい。
参考:『失敗の本質』戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎