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Vol.204 震災を乗り越え、つながる患者と透析看護

医療ガバナンス学会 (2017年10月4日 06:00)


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宮本悠香

2017年10月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

東日本大震災発生時、急性期病院の対応に関する番組を多々目にした。自分は震災時看護師として何ができるだろうと何度も考えた。大学病院で働いてきた私にとって、限られた資源の中、患者さんを支えることができるだろうかと考える度、不安に思うことが多かった。透析医療に携わるようになり、慢性期にある患者さんを多く抱える病院の対応はどのようなものだったのだろうと疑問に思うようになった。東北にあるときわ会 常磐病院を訪ねたとき、暖かな対応をしてくださったことを鮮明に覚えている。そして、自分たちが行っている医療の情報をすべて開示してくれた。
また、患者さんと医療従事者との距離が近く、沢山の会話を行っている状況を見て、ここに就職したいと強く思ったことを覚えている。こうして、私は常磐病院に2017年2月に就職した。就職後、震災時の貴重なお話を聞くことができたので、自分なりにまとめてみようと考えた。
私が所属するときわ会常磐病院では、慢性期にある患者さんが定期的に通院・受診をしている。今回は、当院が震災直後から避難先に患者さんを搬送するまでを経時的にまとめていき、外来・透析看護師として、どのような対応・対策が必要となるか考えていく。

●いわき市の透析実施状況
いわき市には透析療法を必要とする患者さんが1000人ほど存在し、そのうち約700人がときわ会に通院している。ときわ会には、常磐病院を中核とし、泉中央クリニック・いわき泌尿器科・竹林貞吉記念クリニック・富岡クリニックの四つのサテライト施設で患者さんの受け入れを実施。患者さんは定期的に(週に3回程度)通院し、4時間程、透析療法を受けており、常磐病院では送迎バスも整備している。

●地震発生より
2011年3月11日も様々な施設で透析が実施されていた。14時46分に地震7の地震が発生。地震直後より、いわき市周辺は断水・停電となった。この日の透析は早期終了し、患者は送迎バスにて帰宅した。各施設の配管は一部損傷、または、使用不可能な状況であった。

●透析実施に向けて
先ず、医療従事者は、稼働できる施設を確認した。いわき泌尿器科病院・泉中央クリニック・常磐病院では建築物の破損も少なく、透析可能な状態にあるとわかった。
次に、通院患者さんの安否確認を確認し、自主避難した患者以外を集計するようと努めた。ここで問題となったのが、患者さんの安否の確認方法である。透析患者さんは高齢者が多く、携帯電話を持っていない人が多かった。病院と患者さんとの連絡手段がなかったのである。幸いにも、透析患者さんは腎友会(腎臓病患者の患者会組織)に所属している方が多く、患者さん同士の交流が盛んであり、密なコミュニティが確立されていた。このため、患者さん同士で連絡を取り合い、生存情報を共有していた。実際、携帯電話を持っていない患者さんと、避難時・避難先で一緒になった携帯を持っている患者さんが病院と連絡を取り、数名の生存情報をまとめて報告することもあった。看護師長からも、「患者さん伝いに情報も得る機会も少なくなかった。」という話しを伺った。
これらの情報をもとに、医師や看護師、技師とで話し合いを行い、患者状態を加味した上でスケジュールを立てていった。

●透析実施
スケジュールをもとに、透析の実施に向けて準備をしていると、水の確保に関する問題が生じてきた。当院では多くの患者さんがOn-lineHDFを実施しており、一回のOnーlineHDFで40-70Lの水が必要であった。しかし、地震発生翌日、3月12日の早朝には、およそ10tの水しか貯水タンクには残されていなかったのだ。このため、1日2-4クールの治療を患者さんに実施できるようHDとE-CUMを組み合わせ、透析液流量を500ml/minから300ml/minに下げることで、対応した。
地震発生以降、日増しに生活インフラへの障害は悪化。医療物資や送迎に必要なガソリンを確保することも難しくなっていった。このような状況下においても、透析療法継続のため、何度も水道局へ給水の依頼をかけ、3月12日から16日までの間に約32tの水を確保した。3月15日には緊急ミーティングを開き、いわき市立の病院の使用許可も得た。しかしながら、生活インフラの復興の見通しが立たず、いわき市での透析の継続は困難を極めた。こうして、他県での維持透析の実施を見据え、患者さんの搬送を検討し始めた。

●他県での透析実施に向けて
様々なネットワークを駆使し、新潟大学・亀田総合病院・東京都区部災害時透析医療ネットワークから受け入れ可能な返事をうけ、患者の振り分けを行いながら、一人ひとりの透析情報をまとめていった。同時に、患者さんが搬送先で生活できるよう宿泊先を手配していった。
ここで更なる問題が生じた。通常、常磐病院の多くの患者さんは、自宅から通院し、透析療法を受けた後、自宅に帰る。生活の場は自宅にあるのだ。避難をするとなれば、治療に加え、患者さんが生活できるよう、IADL(家事全般や服薬管理などを含む、手段的日常生活動作)を加味した割り振りが必要となる。ときわ会では各施設で医療従事者が話し合い、患者さんの状態に合った場所へ割り振りを進めた。
比較的にADLが自立している患者さんが多かったため、ほとんどの患者さんは年齢をもとに搬送先を検討した。数名の重症度の高い患者さんは、ADL介助などのケアが必要であったため、当院・または搬送先で入院できるよう手配していった。同時に、患者さん本人と親戚の有無などの情報収集を行い、希望地域へ搬送できるよう修正を加えていった。
こうして、全患者さんの搬送先(新潟・千葉・東京)を確保した。新潟の寒い気候や移動手段が少ない地域性を踏まえ、ADLの高い、比較的若い患者さんを選択した。千葉と東京は、交通網が発達している事や比較的温暖であるという地域性を生かし、ご高齢の方やADLの低い患者さんを選択した。

●資料作成と搬送まで
患者さんの搬送先の決定後、受け入れ先の病院と密に情報交換を行いながら、スタッフ全員で話し合い、各患者さんの情報提供書を作成した。常磐病院のスタッフは、100人以上の患者さんの全体像を思い浮かべ、用紙に落とし込む作業を続けた。時間のない状態で、患者さん一人ひとりの個別性の高い情報を紙媒体に記す難しさは並大抵ではない。
しかし、不思議なことに、ある技師さんは「この作業はあまり苦労しなかった。」と話してくれた。事実、16日の夕方から患者さんを搬送する17日までに透析情報を含む全ての資料を作成できたという。日頃からスタッフ全員で患者さんとしっかり向き合っているからできた事なのであろう。この作業と同時に、移動時に付き添いができる医療従事者も確保した。こうして、ときわ会に通院している総人数385人の患者さんと49人のスタッフが各県にするための準備が終わった。

●搬送
3月17日予定通り、患者さんの搬送は終了した。

●考察
個人的に着目したい点が2つある。
一つ目は、患者さん同士のコミュニティがしっかりと形成されていたことが、医療従事者との情報伝達機能を担っていたという事実である。週三回の治療を通じて当院の透析室では、隣同士のベッドの患者さんが声を掛け合う姿を度々目にする。「通院できているという事実が、自分も生きているという実感を与えてくれている。」と話す患者さんもいた。透析治療受ける仲間として、共存しているという実感が、自分の存在意義や治療継続に対する意識付けになっているのではないかと推測される。

二つ目は、日頃から医療従事者全員で患者さん一人ひとりのADL・IADLを把握することの重要性である。
私も実際に外来で働いているが、通院している患者さんの生活状況を把握する事は、とても難しいと感じる。このためにも、日頃からコミュニケーションを通し、様々な情報を得て、患者さんの全体像を掴んでおくことが重要なのである。
今回のケースで、災害時においても、医療従事者が患者さんのADL・IADLを把握することが、患者さんに生活の変容を強いることもなくなり、患者さんのQOLを高めることにも繋がると気づいた。事実、患者さんの中には、「みんなで亀田病院に行って、共同生活を送れたことが本当に楽しい時間だった。」と話す方もいた。更に震災以降も、常磐病院の患者さんは、透析を離脱する人も出ず、転居などの理由がない限り、通院を続けている。当院で行った搬送が、患者さんのストレスを最小限に抑え、PTSDなどの新たな問題の発生をも予防していたのだと推測される。こうして、個別性の高い患者情報を日頃から収集する大切さを再認識した。

最後になったが不眠不休の中、災害時にも患者さんのことを一番に考え、医療を提供できるようご尽力された、ときわ会の医療従事者の皆様に敬意を表する。今回レポート作成のため、お話を伺った皆様ありがとうございました。

 

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