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臨時 vol 405 「『新型インフルエンザ難民』が街中にあふれる日」

医療ガバナンス学会 (2009年12月21日 10:20)


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木村 知(きむら とも)
有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役
AFP(日本FP協会認定)
医学博士2009年12月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 http://medg.jp


平成22年度診療報酬改定についての議論が大詰めとなってきた。

足立信也政務官は12月15日の記者会見で、来年度診療報酬改定において本体部分で1.73%の引き上げが必要との認識を示した。薬価・材料は1.37%程度の下げが予定されているので、診療報酬全体では0.35%程度の引き上げということだ。

一方の財務省は、「ネットで引き上げとなれば国民の負担が増えることになる。できるだけネットでマイナスの議論をしたい」と相変わらず医療費抑制路線に拘泥し続けており、いまだに診療報酬全体の引き下げを求めているという。先の行政刷新会議の事業仕分けにおいても、「開業医VS勤務医」という事実誤認の架空の対立構造が全国民に「喧伝」され、小児・産婦・救急勤務医の「不遇」は認められたものの、その改善には医療者間での「配分」でまかなうべきものとされた。

確かにリーマンショック以来の世界同時不況以降、諸外国の立ち直りに比して、わが国は景気回復の出遅れ感が否めず、円高傾向の持続、株価も上値の重い状況が続いている。物価下落、企業業績悪化、給与所得減少、購買力低下、さらなる物価下落といったデフレスパイラルになり、元気なのはデフレ銘柄くらいだ。さらに税収の落ち込みも確実となり、種々の公約、政策を行ううえでの財源がやはり厳しくなってきた、という政府の言い分も理解できる。

しかし、選挙前「公約達成に財源は大丈夫なのか」と国民全体がそこはかとなく不安に思っていたことが、現実味を帯びてきたときに、当然のように「医療費抑制ありき」の議論が浮上してくるという一連の流れを見ていると、地域医療を守り、医療崩壊を食い止めるとして掲げていた「医療費引き上げ政策」は、実は今回の政権ではあまり重要かつ中心的なものではなかったのではないかとさえ疑いたくなってしまう。掲げたマニフェストをすべて実施せず、その時々の財政状況、経済環境に応じて適宜見直したり、先送りにすることについて、けっして「公約違反」とは思わないが、「根っこ」の部分は変えてはいけない。仮に今回財務省の方針通りのマイナス改定に押し切られてしまったり、0.3%程度の「焼け石に水」的な小幅なプラス改定に終わってしまうようなことが現実になれば、これは「コンクリートから人へ」という政権交代の大きな原動力となった「誓い」を、たった4ヶ月足らずで「破った」、政権交代に期待した有権者を「裏切った」と見なされても仕方があるまい。

「医療費は財政における厄介者」、「医療費引き上げは医者を儲けさせ、国民負担、保険財政を逼迫させるもの」という小泉時代の理屈が、ふたたび政策を動かしつつあるのではないだろうか。

先日、JMMに事業仕分けに関与されたという、慶応義塾大学の土居丈朗経済学部教授が診療報酬についてご意見を述べられていたが、診療報酬と医師の年収を同様に扱っておられる方が政策に関与されていることを知り、非常に残念に思った。

その要旨は以下のごとくである。
「・・・例えば消費者物価が2%下落する状況では、診療報酬が2%引き下げになるとしても現状がほぼ維持されるという計算になる。消費者物価が2%下落する中で、今年の医師の年収が2%減になっても、その医師が消費者として普段の生活をする上で、購買力から見れば昨年と同じ価値の年収を持っていることになる。医師以外の一般の労働者も同じ状況に直面しており、経済普遍の原理で医師だけ特別扱いできない。したがって、今回の診療報酬改定は消費者物価の下落率と同率のところを基準として検討すべきだ・・・(略)・・・消費者物価が2%下落する下で診療報酬本体の改定率が仮に±0%になっても、医療関係者全体としてみれば実質で所得が2%増えることを意味するのだ・・・」

さて、この先生の述べておられる「経済普遍の原理」をただでさえ崩壊しつつある「医療現場」にそのまま当てはめることは正しいのであろうか?

まず、これまでも再三多くの識者がしているように、この理論には大きな事実誤認がある。
そもそも医療経済実態調査での「収支差額」も「医師の給与所得」とイコールではない。そしてもちろん「診療報酬」も「医師の給与所得」ではない。これは、「勤務医」でも「開業医」でも同じことである。「診療報酬=医師の所得」ということは物理的にもあり得ない。

その医療機関が得た医業収入の総額は、その当該医療機関を運営するための原資であって、そこから医業費用、設備投資、開設時に要した借入金の返済等を控除したものより実際の所得を得るわけだ。開業医を例にとって、試しにモデルケースを設定し財務諸表を作成してみるとよい。医業収入を診療報酬の合計として経営者である院長の所得と同額にした場合、これらを作成することなど、どうやってもできない。

仮に変動費が消費者物価下落率と同率で下がったとしても、人件費や施設維持費といった固定費も消費者物価下落率と同率で低下するわけではなく、「消費者物価下落率=診療報酬下げ率=院長所得減少率」という計算にも疑問が残る。そして、そもそも診療報酬改定は2年に一度である。景気は循環するわけであるから、診療報酬改定率を改定時の物価下落率に連動させた場合、次回改定までの間に物価が上昇し固定費、変動費がそれに伴って上昇してしまった場合は、ただでさえ高いと言われている医療機関の損益分岐点比率がさらに上昇して、破綻する医療機関が相次ぐ事態になってしまうであろう。

では、今度の改定で診療報酬全体の底上げをせず、医療者間の配分調整で賄え、という政策が実現してしまった場合、実際どのようなことが起こるであろうか?

「配分」を減らされた医療機関や診療科は、当然経費節減をせざるを得ない。
診療所を例に考えてみると、おそらく人件費に手をつけざるを得なくなるであろう。人件費を削るには、雇用している医師(診療所にも雇われて勤務している「勤務医」は存在しており、「診療所」は「開業医」とけっして同義ではないということを、ここに確認させていただく)、看護師、事務職員の人員削減を行うか給料を減額することになる。
人員削減をするというのは、かなり勇気の要ることだ。いったん減らしてしまうと、再度優秀な医療スタッフを揃えようとしてもかなり難しいし、他の従業員からの信頼も損なってしまいかねない。マンパワーが減れば当然クオリティが劣化するため、よほど採算が合わなくなってしまった時でさえ選択しにくいだろう。
給料を下げるというのも、従業員に理解してもらうのはかなり困難だ。時給を下げるということは、その職員によほどの欠点がない限りは行いにくいし、状況を説明して理解を得ても、その職員のモチベーションは当然下がる。挙げ句に条件のいい他の医療機関に逃げられてしまえば元も子もない。いずれにせよ、このような方法によるコスト削減は、その医療機関のクオリティを極端に低下させる要因となりうる。

残された手段としては、労働時間の短縮であろう。診療日を減らしたり診療時間帯を極端に短くしたりしてしまっては、それこそ減収になってしまうから、なるべく定時に終業できるように工夫することになる。つまり、超過勤務による残業代をいかに減少させるか、ということになる。
例えば、通常の診療所より遅くまで診療している診療所を考えてみよう。
標榜診療時間が夜8時までならば受付終了時間を7時半くらいに設定することが通常だと思われるが、それでも診療が長引き、定時に終わりきらないこともよくあることだ。
そのような場合、超過勤務による残業代により、長く開けておくメリットがないと経営上判断されるなら、なるべく定時に終業し残業代が発生しないよう、受付終了時間を7時などに繰り上げることになるだろう。
こうなると、よほど夜間や休日などに診療する医療機関にインセンティブを与えるような診療報酬改定がなされない限り、多くの診療所が休んでいる時間帯の診療を積極的に行う医療機関が減ってしまうことが予想される。そして、受付終了時間を過ぎて来院した患者さんたちは、他の夜間診療所や、救急病院などを探さざるを得なくなるのだ。
つまり、夜間・休日の急病患者さんのアクセスが制限されることになるわけである。

低コストでやりくりするには、アクセスを制限するか、クオリティを下げるしかないのであり、特定の診療科の勤務医だけを救済するために、他にしわ寄せを及ぼすような医療費削減策を行えば、結局患者さんに被害が及ぶことになる。

すなわち「医療費を上げる」ということは医者を儲けさせたり、患者さんから「富」を奪うことではなく、「医療費を下げる」ということこそが患者さんから利益を奪ってしまうことになるのである。

では、このような「クオリティ」、「アクセス」の低下が、もしインフルエンザの流行と重なってしまった場合は、一体どうなってしまうであろうか?

今般流行した「新型インフルエンザ」関連とされている、わが国の死亡者数は疑いも含めて120人(12月18日現在)とのことだ。一方、推定患者数は今月上旬までで1,400万人を超えている。この諸外国と比べても非常に低い致死率が維持されてきたのは、「国民皆保険制度」という「いつでも、どこでも、どなたでも」安易に医療機関にかかることができる、わが国の素晴らしい制度と、それに一生懸命に応えてきた末端の医療機関の献身的な診療行為によるものである。

5月以来、末端の医療機関は例年にない状況に見舞われた。「新型インフルエンザ」感染者はもちろんのこと、「新型インフルエンザ」が心配で来院するコンビニ受診の鼻風邪患者さんや、会社や学校の命令で来院する「健常者」が次々に押し掛け、またワクチン接種が始まれば数々の問い合わせの電話が鳴り止まない状態であった。しかし、それらすべてを断ることなく医師のみならずスタッフ全員がギリギリのところで対応してきたのである。

しかし今後、医療費削減政策によって一般診療所の経営が悪化し疲弊した状況で、次の「新型インフルエンザ」が発生した場合、同様な対応が果たしてできるのであろうか。

インフルエンザのように初期症状が「かぜ」に似ていたり、突然の発熱で発症する疾患の場合、患者さんはまず、最寄りの診療所に行くであろう。しかし、その診療所が休んでいたり、受付を制限したりしていた場合は、どうするであろうか?諦めてその日はそのまま帰宅して寝てしまうであろうか?
否。おそらく、診療している診療所、病院を探し求め、開いているところにたどり着けば、例え何時間待ちになろうともそこで待ち続けるであろう。
実際、私の勤務する「年中無休クリニック」は、特に祝祭日や夜間など、近隣の診療所が開けていない時間帯には、例え4~5時間待ちであっても越境してやって来られる患者さん(念のための「健常者」含む)で、溢れかえった。当然、連日定時では終わらなくなってしまい、実際このほど残業代の問題というより、医師はじめスタッフの健康維持管理の観点から、なるべく定時に終わるよう受付終了時間を繰り上げることになってしまった。

実際、現時点でさえ現場ではこのような事態が起こり始めているのである。そして、この上さらに一般診療所の診療報酬が削られるようなことになれば、その疲弊と負担は、そのまま病院に一気に雪崩を打って押し寄せることになるのである。

寒空の下、街中を彷徨う「新型インフルエンザ難民」が大量発生する事態に陥ってしまうことは間違いない。

「年中無休クリニック」は、その存在自体が、医師誘発需要を喚起したり、コンビニ受診を誘導したりすることに繋がるのではないか、という意見もあるだろう。しかし、世界に誇れる医療水準と言われる割に、夜間や休日の地域の診療体制、医療基盤は非常に脆弱である。
今回の「新型インフルエンザ」パニックでも、発熱外来、救急病院がパンクし、奇しくもそのことが露呈した。
パニックに陥ってしまった大衆の受診行動を制御することは不可能なのであり、このような異常事態が発生してしまった場合には、まず「外科でも内科でも子どもでも老人でも、何でも何時でもとりあえず診療できる」医療機関がとりあえずの「受け皿」にならざるを得ない。現在のところあまりにもこのような機能を持った医療機関が少なすぎる。地域ごとにこのような機能を持った診療所をもう少し増やしておかないと、今後地域基幹病院はもたなくなってしまうのではないかと思われる。
しかし、「年中無休クリニック」の新規設立には障壁もある。
既得権益を守りたい、互助会体質の地域医師会は、このような「年中無休クリニック」の新規参入に非常に厳しい。「年中無休」という表示をやめて「不定休」と表示するよう求められたり、受付時間をさらに1時間短縮するように求められたりと、開設前に書面による証拠が残らない「面接指導」を受けて了承を得なければ入会を許されない。

確かに、個人単身で「年中無休クリニック」を運営することはまず不可能であり、個人経営者が「脅威」と感じるのも仕方がないかもしれない。しかし、柔軟で有機的な「診診連携」「病診連携」を行うことで、地域の医療機関が相互に助け合うことにむしろ繋がるのであり、第一患者さんの利便を考えれば、木曜日、日曜日という、暗黙の取り決めがあるかのごとくの一律の休診日を設定せず、積極的に祝祭日や、夜間に診療体制を整える医療機関がもっと多く出て来てもよいのではないかと思う。
さらに、今後の展望として、地域の初期診療の受け皿機関としての位置づけのみならず、「外科でも内科でも小児でも老人でも」とりえずの診察と診療ができるジェネラリストを養成する機関として、大学病院や研修指定病院などがこのような「年中無休クリニック」の設立に関与していくのもよいのではないかと個人的には思っている。

政府のいう、「コンクリートから人へ」、「地域医療を守る」という公約は、地域医療を担う医療従事者への手当て(金銭的なものだけでない)やインフラの整備といった中長期的視野に基づいた医療政策の立案も視野に入れてのことであると理解している。
医療費引き上げというと企業側は、患者負担が増大するとか、保険者財政が厳しいとか、保険料負担は経済成長率に悪影響を及ぼすなどというが、日本企業の事業主負担は国際比較をしてもけっして大きくないことはデータが示している。むしろ事業主負担は、賃金減少や雇用削減という形で実質的には被用者に負担が転嫁され調整されているという可能性さえも指摘されている。患者負担が増大するという前に、まずこの点を十分精査し検証すべきではなかろうか。

むしろ医療技術の発達は中長期的視野に立って考えれば、公共事業よりも雇用誘発効果があることはわかっており、大きな経済波及効果を持つ。さらに国際競争力の向上につながる可能性さえも秘めている。特に超高齢社会のわが国では、今後ますます医療・介護分野は大きな雇用母体になるはずだ。その意味で、今後政府には「医療は消費ではなく投資である」ということをもっと積極的に国民にアピールしていただきたいものである。

わが国の成長戦略として「医療技術立国」を謳ってもよいくらいなのではなかろうか?

国債も確かに将来へのツケと言えるが、イギリスの例にもあるように一度医療が崩壊してしまえば立て直すのには多大なエネルギーを要する。「新型インフルエンザ難民」が街中にあふれ、手術は数ヶ月待ち・・・。それこそ子孫へ大きなツケを残すことになってしまうだろう。医療費抑制論者は、その状況に自分自身や家族が直面したとき、果たして何と言うのであろうか。

財政規律のために医療費を抑制するということは、日本を一つの家庭と見なすと「家計のために健康を犠牲にする」ということに他ならない。
病気になってしまっては、二度と働けなくなってしまう。
「日本の将来、それでもいい」とでも言うのであろうか?

木村 知(きむら とも)
有限会社T&Jメディカル・ソリューションズ代表取締役
AFP(日本FP協会認定)
医学博士
1968年カナダ国オタワ生まれ。大学病院で一般消化器外科医として診療しつつクリニカルパスなど医療現場でのクオリティマネージメントにつき研究中、2004年大学側の意向を受け退職。以後、「総合臨床医」として「年中無休クリニック」を中心に地域医療に携わるかたわら、看護師向け書籍の監修など執筆活動を行う。AFP認定者として医療現場でのミクロな視点から医療経済についても研究中。著書に「医者とラーメン屋-『本当に満足できる病院』の新常識」(文芸社)。

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