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臨時 vol 408 「ナショナルセンター独立行政法人化の舞台裏」

医療ガバナンス学会 (2009年12月23日 09:00)


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東京大学医科学研究所
先端医療社会コミュニケーションシステム部門 特任准教授
上 昌広

※今回の記事は村上龍氏が主宰する Japan Mail MediaJMMで配信した文面を加筆
修正しました。
2009年12月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

【独立行政法人ガバナンス検討チーム】
国立がんセンターをはじめとした6つのナショナルセンターのあり方が問われています。来年4月からの独法化を控え、債務処理、資産評価、理事長人選、現役出向・天下り問題などについて、政治主導の改革を目指す民主党と、既得権を有する厚労省が鍔迫り合いを演じているのです。
この件は、11月27日に内閣府に「独立行政法人ガバナンス検討チーム」が設置され、議論が始まりました。担当するのは仙谷由人行政刷新担当大臣。合計4回の会議が開催され、最終的には12月11日に、提言内容を示した「取りまとめ案」と「スケジュール案」が出され、「仙谷預かり」で幕を閉じました。今回は、この会議をご紹介したいと思います。

【ナショナルセンターが抱える問題】
まず、ナショナルセンターが抱える問題を解説しましょう。ナショナルセンターとは、高度医療の開発を目的とした厚労省の組織で、がん・心臓病・精神神経疾患などを対象として、全国に6つ存在します。
この中で、もっとも話題になったのは、東京築地の国立がんセンターです。当初、厚労省が提示した方法で独法化した場合、安定した経営状態を維持できず、早晩、倒産することが明らかになりました。もし、国立がんセンターが倒産すれば、多くの「がん難民」が出現します。この問題は、週刊誌や全国紙で広く報道され、多くの国民が知るところとなりました。後日、国立がんセンター以外の5つのセンターも状況は、似たり寄ったりであることが判明します。
国立がんセンターが抱える問題については、総合情報誌「選択」7月号に論文(瀕死の「国立がんセンター」)が掲載されており、一読をお奨めします。その概要は以下です。私は、国立がんセンターに勤務した経験がありますが、この記事の内容は、私の感覚とも合致します。
1) 長期債務問題
国立がんセンターは独法化にあたり、600億円の債務を引き継ぎます。特別会計からの借り入れで、利息は4-5%と高く、年間診療報酬収入が250億円の医療機関が、毎年30億円の利息を払うことは不可能です。この借金は97年の病院建て替え時に生じたものですが、その費用は異常なほど割高なことが分かっています。例えば、病院の建設コストは1床あたり3千万円。ところがセンターでは7-8千万円もかかっています。
2) 人事問題
センター運営の実権を握っているのは、最高責任者の総長や病院長ではなく、厚労省から出向している役人です。特に医系技官の指定職である運営局長(普通の病院の事務長に相当する)は、序列的にも総長に次ぐポジションとされ、病院長より格上。驚くべき事に、総長をはじめセンター幹部の人事権は厚労省に握られているため、センター職員は運営局長にひれ伏すしかありません。
3) 会計基準・資産評価問題
本年2月、仙谷由人氏が国会で追及した結果、独法化開始時点の賃借対照表の固定資産が取得原価のままで、一切の減価償却が行われていないことが判明しました。また厚労省作成の予定キャッシュフロー計算書には、更新投資のための支出が七十三億円分も過小計上されていました。このまま独法化すれば、国立がんセンターは倒産確実です。国会で、舛添要一前厚労省は資産の再評価を明言しましたが、これまで、きちんとした資産評価は行われていません。ちなみに、国立がんセンターに借金を残すと、国からの補助金に依存せざるを得なくなり、厚労省はコントロールしやすくなります。
4) 労働問題
レジデントの待遇は悲惨です。レジデントとは、病院内部に六畳ほどの部屋を割り当てられ、住み込みで働く下積みの医師たちのこと。彼らは住み込みで働いているのに、契約上は週30時間の日雇い労働者という、極めて不当で不安定な立場に置かれています。手取りは月20万円程度で、ボーナスすら支給されません。薄給の理由は、もし運営局がレジデントたちの30時間以上労働を認めてしまうと、厚労省の労働サイドから常勤待遇にするように指導されるからと言われています。
5) 研究費配分問題
厚労省による不透明な研究費分配が非難され、2006年度から、厚労省から独立したファンディングエージェンシーを設けることになりました。ところが、厚労省は、国立がんセンターなどナショナルセンターをファンディングエージェンシーとしたため、役人が実権を握る構造は変わりませんでした。この結果、2008年度の厚労省が主管する「第三次対がん総合戦略研究事業」で採択された51課題中、23課題を国立がんセンターの幹部たちが占めています。行司が相撲を取っているようなものです。

【仙谷委員会の人選】
仙谷委員会の特徴は二つです。まず、この委員会が、厚労省ではなく、内閣府に設置されたこと。および、委員の大半を仙谷大臣自身が推薦したことです。
前者に関しては、仙谷大臣自身の経歴が影響しています。彼は、国立がんセンターで胃がんの手術を受け、それ以降、日本のがん医療体制に問題意識を持ちます。民主党のがん議連の会長を務め、もっとも医療に詳しい議員の一人です。野党時代から、ナショナルセンター独法化に関する国会論戦を主導しており、この問題の解決に強い熱意を持っています。また、独立行政法人のあり方を考える際、所轄官庁と周辺団体の利権が複雑に絡み合うため、利害関係の少ない内閣府で議論することは、大きな意味があると考えます。厚労省は、内閣府に出向している役人を通じて、影響力を行使しようとするでしょうが、限界があります。
一方、人事の特徴は、弁護士・会計士などのガバナンスのプロが多数、参加したことです。例えば、この会の民間委員は10名ですが、その内訳は公認会計士2名、弁護士2名、企業経営者1名、病院関係者5名(うち2人は医師ではない企業経験者とMBA)です。これは、仙谷大臣の人脈を反映しています。
「政治主導」という言葉が流行っていますが、これは政治家が強圧的に役人に命令することとは少し違います。このような政治手法を繰り返せば、やがて国民に飽きられます。官僚と世論のバランスをとった判断が求められます。重要なのは、政治家に世論を伝える外部人脈です。これは、企業家でも学者でも、医師でもいいでしょう。もし、政治家自身が外部人脈を持たなければ、最終的には官僚の言うことを聞くようになります。そして、つねに役人と同じ事をいえば「操り人形」と批判されます。
民主党政権では、政務三役の仕事は多く、夜中まで役所にいます。ずっと役人と一緒にいるわけですから、誘拐被害者が誘拐犯に親近感を抱く、「ストックホルム症候群」に近い状態になります。こうなると、大変です。実際は自分自身が変わっただけなのに、相手が良くなったように見えます。

【取りまとめ案】
今回の検討チームでは、提言内容を示した「取りまとめ案」と「スケジュール案」が出されました。そして、2つとも仙谷大臣預かりとなりました。極めて異例な展開です。
異例な展開のひとつは、「取りまとめ案」です。これを書いた4名は、伊東賢治氏(公認会計士)、大久保和孝氏(公認会計士)、境田正樹氏(弁護士)、志賀 櫻氏(弁護士、元大蔵官僚)です。
仙谷大臣は、第3回の最後に、「次回は、役人ではない事務局に提言をまとめていただきたい」と、4人の実務家に取りまとめを託しました。ついで、第4回では「このようなガバナンスを作っていただきたいという提言をまとめていただいた。これを厚生労働大臣、総務大臣、官房長官にも提言していきたい」と挨拶して、4人の取りまとめ案を受け取ったのです。
この提言内容は、国民視点から独法のガバナンスを考えた、革新的内容となっています。例えば、独立行政法人通則法の改正を前提として、
(1) 理事長の任命権や予算などの権限を、厚労省ではなく内閣府の「独立行政法人ガバナンス委員会」に置く
(2) 執行役員および管理職について、厚労省の職員および天下り官僚の登用は行わない
(3) 借入金債務の継承はしない
(4) 独法会計基準を採用せず、一般企業会計原則を採用する(独法会計基準は、ほとんどの人が理解できておらず、ほとんど利用用途がなくわかりにくい)
(5) 国民にわかりやすい情報開示を行う(審議内容をすべてインターネット公開するなど)
(6) デューデリジェンスの実施
この案は厚労省にとって衝撃的です。もし、実現すれば、ガバナンスの透明性は飛躍的に高まりますが、厚労省の6つのセンターへの影響力は低下します。
ちなみに、仙谷大臣は、「主務大臣といっても、いつの間にか主務官庁にすり変わってしまう。主務大臣の管轄というのは絵空事」と指摘しています。私も同感です。

【厚労省の抵抗】
もう一つは、「仙谷部局が作成」(大島敦・内閣府副大臣)というスケジュール案(6センターの改革に向けて(案))です。厚労省から内閣府に出向している大島一博氏(事務官)が中心となって作成したと言われています。
この中では、年内に資産評価を実施し、6つのナショナルセンターのうち、国立がんセンターと国立循環器病センター等の理事長選定を先行させ、残りのセンターの理事長は2010年10月に選定するとしています。来年10月というのは、参議院選挙後であり、鳩山内閣の枠組みが変わっている可能性があります。時間稼ぎに持ち込み、政治の体制が変われば官僚主導で決めるという、いつもの手法です。民間人主導の「取りまとめ案」に、即座に「スケジュール案」で対抗するとは、大した策士です。
ところで、役人サイドから提出されたこのスケジュール案には、独立行政法人通則法の改正をいつ行うのか、書かれていません。第3回で志賀櫻氏が、「独立行政法人通則法を所与のものとして受けなければならないのか。この法律はガバナンスの面から矛盾する。できが悪い法律なので改正が必要であり、問題はタイミングだけだ」と述べ、通則法改正について仙谷大臣に確認を求めた場面で、仙谷大臣は「独法改革を前向きに考える。間に合えば改正案を通常国会に提出する。総務省とも話す」と答えています。だからこそ上記の提言は、通則法改正が前提となっているわけですが、役人は一体どうするつもりなのでしょうか。

【予想外の外圧】
この件が興味深かったのは、周囲にも波紋を投げかけたことです。実は、一部の公認会計士たちが反発したのです。
わが国には、独立行政法人、国立大学法人、公益法人などに特有の、様々な会計基準が存在し、独自のルールで運用されています。この官製ルールは外部からは理解しにくいため、大きな参入障壁になります。この結果、役人と古参の「御用会計士」だけが理解でき、彼らの利権が生じています。提言で、「独法会計基準を採用せず、一般企業会計原則を採用する」と述べたことは、本来の意味での透明性、国民にわかりやすい情報開示となり、既得権益を持つ人々にとっては大変な脅威となるのです。真に国民のため、勇気ある提言に名前を出した伊東賢治氏、大久保和孝氏には、心から敬意を表します。
一方で、大変興味深いことに、公認会計士協会会長は、財務書類を二つ作らなければいけない非効率を指摘し、非営利及び公会計の基準を統一すべきだとインタビューで述べており(平成21年12月2日政連ニュース)、上記の提言内容とほぼ同じ方向性です。
マスメディアは「政治主導」という言葉が好きですが、政治も人の営み。仙谷大臣の周囲には、勇気ある有能な人材が自然と集まっています。これは、彼の人徳を反映しているのでしょう。

【舛添改革と仙谷改革】
実は、今回の仙谷委員会は、舛添改革との関係で考えた場合、面白いことに気づきます。舛添氏は、最近出版した著書「舛添メモ 厚労官僚との戦い752日」の中で、医療を牛耳ってきたのは医系技官であり、そのトップである医政局長は医療界の最大実力者である。医系技官の人事には、事務次官と雖も口出しできず、この縦割りが医療崩壊の大きな原因と述べています。
舛添前厚労大臣は、医系技官の人事改革を医療改革の中枢に据えました。これは慧眼です。苦戦の末、医系技官ポストであった医政局長に、事務官である阿曽沼慎司氏を任用することで、この縦割りに風穴をあけました。これは、医系技官主導の戦後医療体制に衝撃を与える話でした。
実は、この際に舛添前厚労大臣は、課長レベルにも風穴をあけていました。例えば、ナショナルセンターを所管する政策医療課の課長は、従来、医系技官ポストでしたが、事務官である武田俊彦氏が就任しています。マスメディアではあまり取り上げられませんでしたが、厚労省や国立がんセンターの友人からは、舛添人事以降、医政局の風通しは随分よくなったと高く評価されています。
ところで、今回、厚労省事務官たちが、仙谷大臣が指名した4人組と鎬を削ったのは皮肉です。今回の議論を見る限り、厚労省事務官たちと仙谷大臣の目指す方向性には、明らかに乖離がありました。果たして、彼らは何を守るために、動いたのでしょうか?厚労省内の縦割り関係を斟酌すれば、事務官が医系技官の権限を維持するため、政権と渡り合うとは考えられません。
私は、厚労省事務官たちが、医系技官からの情報だけをベースに作戦を立てたことが原因でないかと勘ぐっています。医政局は医系技官の本拠で、局長や課長だけを事務官に変えても、大勢の医系技官に毎日取り囲まれます。余程の外部人脈を持たなければ、医療の素人である事務官は、「医系技官の常識」に染まらざるを得ません。これも「ストックホルム症候群」の一種で、ある意味で合理的です。少なくとも、利権とか責任回避とは別の次元の話です。官僚文化というのは、一朝一夕では変わらないのかも知れません。
ナショナルセンター独法化を巡る二つの勢力の「戦い」は、今後も続きそうです。年内の資産評価、理事長の人選、債務処理、独立行政法人通則法改正、現役出向・天下り問題など、詳細は何も決まっていません。この問題については、マスメディアの報道も少なく、国民の関心は高くありません。まだまだ波乱がありそうです。今後、どのような形で合意が形成されていくか、興味をもって見守っていきたいと思っています。

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