医療ガバナンス学会 (2017年11月16日 15:00)
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2017年11月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
2017年12月2日
【session_03】臨床研究1 15:00-16:20
●製薬企業と研究者間の利益相反の透明化に向けて:CREATE-X試験から明らかになった不都合な真実
尾崎章彦
欧米諸国と同様に、日本においてもディオバン事件を契機として、製薬企業と医療者・研究者の関係の透明性を高める機運が高まっている。なぜなら利益相反の隠匿は、不適切な医薬品使用や製薬企業への不公正な利益誘導に繫がり得るからだ。
しかし、今年の6月に世界で最も影響力を持つ医学誌の一つであるニューイングランド医学誌に、日本を代表する大学や医療機関から報告された乳癌の臨床試験(CREATE-X試験)では、抗がん剤カペシタビンを販売する中外製薬と日本人著者とが利益相反状態にあることが、正確に申告されていなかった。
さらに、本試験では、承認された効能・効果を逸脱した使用法が研究テーマとされ、多額の寄付金が製薬企業から研究者側に渡っていたにもかかわらず、この抗がん剤の適応外使用の費用は公的医療保険に不正請求されていた。
このような利益相反の不開示や不適切な公的保険の使用は、それ自体問題である。
しかし、医療者の立場としてより深刻に感じるのは、国立病院機構や国立大学を含む62箇所の医療機関において行われた本試験において、倫理委員会がチェック機構としての役割を果たしていなかった点である。倫理委員会は、その成り立ちとして、試験参加者の健康や権利を守ることを主要な目的としてきた。しかし、製薬企業などの利益団体が関わる臨床試験が増加している現在、企業と研究者・医療者との関係が適正か評価することも、その役割として追加されるべきである。
もう一つの問題が、中外製薬から提供された資金の流れに不透明な点が残ることだ。その理由として、本試験中に行われた資金提供が、医療機関外に存在する臨床試験グループに対して行われていたことが挙げられる。さらに、第三者機関を介した資金提供も行われていた可能性があるが、公開されているデータからその全容を確認することは困難である。現在、製薬企業から医療者や研究者に対して直接支払われる資金の公表が義務付けられている一方で、医療者・研究者や医療機関外の臨床試験グループ、更には、資金提供を仲介した第三者機関には、受領した寄付や研究資金を開示する義務が存在しない。2017年4月に策定された臨床試験法を以てしても、この状況を完全に糾すことは困難かもしれない。
医療機関外の情報公開開示の義務をもたない組織を介在した資金提供は、重大な利益相反の隠蔽の温床となりうる。このような利益供与は今後益々増加する可能性があり、一層の透明性確保が喫緊の課題と言える。
●大量並列シーケンスと医療
小川誠司
承知のとおり細胞の「ゲノム」を構成する分子で、A,G, C, Tという4種類の「塩基」とよばれる単位が数珠のようにつらなって出来ている分子で、通常これと「相補的」なもう一つの数珠状分子と結合して、いわゆる二重らせん構造を形成しています。相補的というのは、二つのらせんの結合が、A,G, C, T に対してそれぞれT, C, G, Aが特異的な結合をするということですが、この仕組みが、細胞の分裂に際して、正確にこれを複製して二つの細胞に再分配できることを保証しているとともに、現在「ゲノムシーケンス」として人口に膾炙している技術の基礎となっているというわけです。
この技術が重要なのは、もちろん、DNA分子中のこのA, G, C, Tの並びが、遺伝情報として、我々を含む生物の細胞レベル・個体レベルでの振る舞いを一義的に決定しているからに他なりません。特に、われわれが罹患する疾病の多くが、多かれ少なかれ、このDNAの配列によって影響をうけているというわけです。ですから、畢竟、この情報を知ることが、医学という、病気を診断し治療し、あるいは予防するという領域で大変重要ということになる。たった一つの塩基が変わるだけで、重大な病気が発症することもある。この情報を知るための技術「ゲノムシーケンス」あるいは「DNAシーケンス」は、1970年代にSagnerあるいはMaxam & Gilbertという人たちによって初めてその基礎技術が提唱され、以来、今日に至るまで着実に進化し続けている技術ですが、とくに過去10年間に、この技術に大きな革新がありました。当時200bpのシーケンスを解読するのに2-3週間かかっていた苦労は、いまや一台のNovaSeqで~6Tb/2日(ヒトゲノムにして1000人分)解読できるまでに増強されました。
この技術は医学・生物学のあらゆる分野に応用され、自然の成り行きとして、医療にも応用され、世界的にはかなり遅れをとっていますが、我が国においても、病気の診断に応用されようとしています。本日の講演では、ゲノムシーケンスの進歩と、いわゆる「臨床シーケンス」について、少しお話したいとおもいます。
●疾患におけるnon-coding RNA群の機能破綻
加藤茂明
がんの発症・増悪に関わる原因遺伝子についてはこれまで数多く同定されてきたが、そのほとんどはタンパクをコードするmRNA遺伝子である。さらにこれらのmRNA遺伝子群の機能や変異のみでは各種がんの発症・増悪の全てを説明できない。一方近年の網羅的ゲノム解析研究から、ヒトゲノム上には無数のnon-coding RNA遺伝子群が存在することが明らかにされ、ヒトゲノムの80%以上は何らかの遺伝情報を担うと考えられている。これらnoncodingRNA群はその機能とRNA鎖長から幾つかのグループに分類される。いずれもゲノム情報の維持や発現制御、更に染色体の構造維持に決定的な役割を果たすことが示唆されている。その中でも短鎖noncoding RNA群であるmiRNA の詳細な機能が解明され、更に疾患への関与も数多くの報告がされている。更に最近比較的長鎖のlncRNAやenhancer RNA(eRNA)の機能の解析が進んでいる。eRNAはmRNA遺伝子群の発現や細胞特性を規定するsuperenhancer領域から転写され、長年不明であったenhancer機能を説明する因子である事が指摘されている。これらnon-coding RNA群は、mRNA遺伝子の転写制御のみならず染色体の構造調節に関わる事から、転写制御とエピゲノム制御においても中核となる制御因子である可能性が指摘されている。当グループでは、これら染色体の構造調節に関わるnon-coding RNA群の機能とその破綻に着目している。本講演では、これらnon-coding RNA群とがんの発症と増悪への関与について、当グループの取組みについて紹介する予定である。
●日本の医学研究はどうなっていくのだろう
仲野 徹
Nature誌がおおきく取り上げたように、
日本の科学研究はこの10年間で大きく失速した。これには、様々な理由が考えられるが、元・三重大学学長の豊田長康先生が『運営費交付金削減による国立大学への影響・評価に関する研究』で指摘しておられるように、予算が不十分である、というのが大きな要因だろう。また、あくまでも論文数ベースでというデータではあるが、臨床医学はやや持ち直し気味であるとされている。はたして実感としてはどうだろうか。
循環器学と血液学のトップジャーナルであるCirculation誌とBlood誌における日本からの論文数を調べてみたことがある。過去15年ほどのデータを見ると、いずれの雑誌においても、日本からの論文数は四分の一ほどに減少している。また、両者の年次推移経過は非常に類似している。いずれの雑誌も、昔は完全に基礎的な研究がよく掲載されていたが、十数年前からは、臨床系の論文に大きくシフトしたという共通点がある。これだけをもって結論づけるのは難しいかもしれないが、もしかすると、量はともかく、日本からの臨床系論文、質が低下している可能性があるのではないだろうか。
基礎、臨床を問わず、生命科学研究はものすごいスピードで高度化と高速化が進んでいる。日本の多くの研究室は、それについていけていないのではないかと危惧している。たとえば、がんゲノムの研究だ。世界的に猛烈なスピードで解析が進んでいる。基本的に網羅的な解析なので、ある特定のがんについての優れた研究論文は多くは出ない。そうなると、出遅れ気味の日本からの研究は、日本に多いがん、といったような特殊なところでしか勝負できなくなってしまう可能性がある。そうなると、研究のガラパゴス化である。
研究費の大幅な増額が望めない予算状況で、いかにすべきなのか。あまりいい方策があるとは思えないのだが、そういったことについて共に考えることができればと思っている。
●人工知能を用いた統合的ながん医療システムの開発
浜本隆二
我が国においては世界でもトップレベルの質の高い、がんの基礎研究・臨床研究・疫学研究が長い間継続的に行われてきており、蓄積されたデータは膨大な量になる。これまでは蓄積された膨大なデータを、統合的に解析する手段が無かったが、近年の人工知能技術の飛躍的な進歩により、ビッグデータの解析が可能な時代となっている。
特に「50年来のブレークスルー」とも言われる深層学習(Deep Learning) 技術の台頭により、これまでは実現が困難であると考えられてきた自動運転システムや知
的ロボット、さらには金融、製造業などへの応用など、様々な社会インフラへの定着が進んできている。医療の分野においては、最近米国イルミナ社がNovaSeqシリーズをリリースしたことにより、1日・100ドルで全ヒトゲノム解析が可能な時代が到来しつつある。NGSで取得された、大量の患者さんの詳細なゲノム情報データやマルチオミックスデータ(エピゲノムデータ、医療画像データなど)とこれまでの医療履歴などを組み合わせて解析することにより、診断・治療の精度が高まり、PrecisionMedicine(精密化医療)推進に貢献することが期待されている。これらの大量の医療情報の統合プラットフォームには、最新のIT技術や人工知能技術(機械学習・深層学習)が欠かせなくなることは間違いなく、現場の医療機関と密接な連携を保ち、最先端IT技術を取り込み、世界の開発競争に負けない体制を作り上げて、人工知能を利用した医療情報統合化による、革新的がん医療システムを確立させることが急務である。演者を研究代表とした研究課題“人工知能を用いた統合的ながん医療システムの開発” が、平成28年度戦略的創造研究推進事業(CREST)に採択され、国立がん研究センターを中に現在人工知能技術を用いた新しいがん医療システムの開発に取り組んでいる。プロジェクトを推進する上で得た知見・データを基に、人工知能技術のがん医療への導入の現状及び将来への展望に関して発表する。