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臨時 vol 414 「『ボストン便り』(8回目)新型インフルエンザについての雑感」

医療ガバナンス学会 (2009年12月27日 08:00)


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細田 満和子(ほそだ みわこ)
ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー、博士(社会学)
医学博士
2009年12月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 http://medg.jp

紹介:ボストンはアメリカ東北部マサチューセッツ州の州都で、建国の地としての伝統を感じさせるとともに、革新的でラディカルな側面を持ち合わせている独特な街です。また、近郊も含めると単科・総合大学が100校くらいあり、世界中から研究者が集まってきています。そんなボストンから、保健医療や生活に関する話題をお届けします。

先日ついに新型インフルエンザの予防接種を受けてきました。今回は体験記風にその様子をお伝えするとともに、ヘルス・リテラシーという概念をご紹介しながら、雑感を記したいと思います。

ワクチン不足
日本では新型インフルエンザのワクチンが十分にいきわたらないために混乱が生じているようですが、こちらボストンでも11月の中ごろまで、新型だけでなく季節性インフルエンザのワクチンの不足と偏在も問題になっていました。私の住んでいる地域でも、住民に対する季節性インフルエンザ無料接種サービスに予想外の大勢の人々が押しかけて、結局足りなくなって70名の人が何もしないで帰らざるを得なかったと地元紙に載っていました。
子どもに対する新型インフルエンザの予防接種にしても、予約がすぐに取れて接種できる小児科もあれば、喘息があるなどハイリスクに認定されなければ予約も取れないような小児科もあるといったようにまちまちの対応でした。毎日あるいは一日に何度も小児科に電話をかけるお母さんも少なくなく、どこで受けられるか、受けられるところに主治医を変えたほうがいいのでは、という情報交換も盛んでした。大人に関しては、そもそも新型インフルエンザの接種対象外だったので、特に話題にもなりませんでした
このような状況の中、12月に入ってから、子どもたちが学校からもらってきた町からのお知らせで、地域に住む幼稚園から高校までの子ども(大体5歳から18歳)と6ヶ月以上で学齢期に達していない幼児を対象に、学校で放課後集団接種をするということを知りました。ワクチン接種はもちろん無料でです。ニューヨーク市やボストン市などでは既にこうした無料ワクチン接種が始まっていたので、やっと受けられるようになったと、5歳と11歳の子どもたちを連れ、近くの小学校に行ってきました。さて学校に到着すると、「お母さんもどうぞ」ということになり、思いがけず私まで一緒にワクチン接種を受けることになりました。12月17日のことでした。

集団接種の流れ
まずは、問診票を書くようにと言われ、学校の入り口からすぐのところにある机と椅子が並べられている体育館に案内されました。3人分書かなくてはいけないので、多少時間がかかりましたが、子どもたちは体育館に用意されたお菓子(クッキーやポップコーンなど)を食べたり飲み物を飲んだりして、おとなしく待っていました。また、問診票の記入に関して質問を受ける係りの人も数人、体育館の中を巡回していて、適宜アドヴァイスをしていました。
接種会場は体育館の先のほうにあるカフェテリアでした。そこでも机がずらっと並んでいて、18人の看護師たちが手際よく接種をしていました。私たちは3人とも鼻にシュッとワクチンをスプレーする方式だったので、あっという間に終わりましたが、2歳以下は不活化ワクチンのため注射なので、泣き叫ぶ声もところどころで聞こえていました。
接種が終わると、ロット番号などが書かれたシールが貼ってあるカードを渡されました。そして、10歳以下は2回目のワクチンを受ける必要があるので、ボストン健康局のホームページで開催場所をチェックして、28日後に受けるようにと言われました。
接種時間が午後3時から5時までとあったので、きっと大混雑して待たされるのではないかと思いながら会場に行ったのですが、係りの人の誘導に従っているうちにスムーズに終了したので、ほっとすると共に少し驚きました。

マサチューセッツ州の全員接種ポリシー
今回、ワクチン接種の対象となっていない大人も、会場に着たら受けられることになったので、日本の優先順位によって厳しく接種できる人とできない人が区別されることと比べて、なんともおおらかで気前の良い集団予防接種だなと思いました。
ところが家に帰って、時間がなくて読んでいなかった前日(12月16日)の新聞に何気なく目を通していると、マサチューセッツ州ではすべての住民に予防接種をすることを決めた、という記事に出くわしました。なにも、気前がいいから会場に来た人全員にワクチン接種をしたのではなく、州健康当局の決定で、全員接種ということになったからだったのでした。
その背景には、全国的なワクチン供給の充実がありました。アメリカ連邦政府は、2億5000万回分の新型インフルエンザ・ワクチンの購入契約をしており、12月14日までにすでに9,300万回分が製造されました。ワクチン製造時間は劇的に短縮されていて、最近の一週間では2,000万回分が作られるようになっているとのことです。そこで、マサチューセッツは連邦政府から200万回分以上のワクチンを受け取り、さらに150万追加されるとのことになったのです。このような状況から、州民全員接種ポリシーとなったのでした。

熱が出たらどうするか?
ところで、12月の初め、ボストン近郊に住む子どもたちのための週末の日本語学校で、お母さんたちと話をする機会がありました。やはり、新型インフルエンザの予防接種は、受けたいけれど、なかなか予約が取れないということを多くの方が嘆いていらっしゃいました。
そこで、お母さんたちにお子さんの熱が出たらどうするかということを聞きました。すると何人ものお母さんたちが、日本にいる頃は熱があったらすぐにお医者さんのところに行ったけれど、こっち(ボストン)では熱があるなら来ないでといわれるから、2,3日様子を見ることにして、たいていその頃には治っている、と言っていました。また、医者にかかると高いし、どうせ薬は薬局に行って買わなくてはいけないから、日本にいたときほど行かなくなったとも言っていました。私も自分の経験からまったく同感です。
アメリカではよほどの救急の場合を除いて、まずはかかりつけ医(ホーム・ドクター)の診察が必要です。かかりつけ医もいつでもいける訳ではなく、予約が必要です。高い熱があるということで見てくれる医師もいれば、タイレノール(非常に良く使われている市販解熱薬)を飲んで明日まで様子を見て、それでも良くならないようだったら来るようにと言う医師もいます。
MRIC臨時Vol. 405「『新型インフルエンザ難民』が街中にあふれる日」で、木村知氏は、熱が出たり風邪の症状を感じた患者は、最寄の診療所に行き、その診療所が休んでいたり受付を制限したりしていた場合は、開いている診療所や病院を探し求め、たとえ何時間待ちになろうとも診察してもらうまで待ち続けるだろう、と書いていらっしゃいました。おそらく日本ではそのとおりだと思い、アメリカの人々との違いを感じました。
熱がある、インフルエンザかもしれないというだけで、遠くの医療機関を訪ね、何時間も待つというようなことは、待っている人にとっても医療者にとっても、大変なことだと思います。

ヘルス・リテラシー
新型インフルエンザは、日本ではたしかにパニックといえるような事態を引き起こしているようです。しかし、パニックに陥いらないよう人々の受診行動を制御することは不可能なのでしょうか。
こうした健康に関する人々のパニックを防ぐためのひとつの手段として、「ヘルス・リテラシー」ということが注目されます。ヘルス・リテラシーというのは、一般の人々が健康に関する情報を収集、理解、利用したりする能力と共に、専門家の人々が一般の人に健康に関する情報を分かりやすく適切に伝える能力を意味する概念です。健康増進(ヘルス・プロモーション)の分野で使用されるようになった比較的新しい概念で、医学的観点からだけでなく社会的環境や個人の行動やライフ・スタイルといった側面から健康を捉えようとしています。
ここでは、一般の人と専門家の良好で良質なコミュニケーションがヘルス・リテラシーを高める重要な方法と考えられています。熱があっても無理に医療機関に来ないで自宅で休養する、どんな症状の時には必ず受診すべき、といった基本的な健康に関する専門的知識を医療専門職と一般の人が共有し、互いの心配や不安が取り除かれるような双方向の情報交換が必要とされます。
ヘルス・リテラシーという概念は、途上国の保健援助でもしばしば話題になります。特に、健康に関する情報が圧倒的に少ないため、伝染病等で多くの乳幼児が亡くなっている国々では、親へのヘルス・リテラシー教育が重要な援助手段となっています。マラリア蔓延地域では、その地域に住むお母さんたちを集めて、蚊に刺されないように蚊帳を使う、裸足で外を歩かせない、下痢のときは食塩を少し入れた水分を飲ませる、どんな状態なら家で様子を見てどんな状態なら医療機関に行かなくてはならない、といった情報をパブリック・ヘルスワーカーたちが伝えています。
新型インフルエンザでパニック状態にある日本でも、医療者と一般の人々が共にヘルス・リテラシーを高めてゆくことが必要なのではないかと思います。すなわち、医療者は患者が医療機関を求めて放浪した挙句、何時間も待って消耗することが余計体に悪いことを人々に納得いくように知らせ、一般の人々も正確で適切な最新の情報を得るように努めるのです。
このように、医療者と一般の人々が健康に対する情報に精通し、過剰な不安を避けて、必要で正当な要求を表明することによって、行政の健康に関する適正な制度を引き出すこともできるのではないかと思われます。

それぞれの課題
マサチューセッツ州では、全員に新型インフルエンザのワクチンが行き渡るようになったので問題解決かと思いきや、どうやらそうではないらしいのです。ボストン公衆衛生委員会エグゼクティブ・ディレクターのバーバラ・フェラー氏はこのように言います。
「この3ヶ月の間、私たちは人々に、ワクチンをもう少し待ってください、いつか受けられますから、と対応するのに必死でした。しかし全員接種が可能になった今、クリスマスや年末を迎えて人々は、本当に今は忙しいんだ、予防接種したからって一体何かいいことあるのかい、などと言っているのです。」
誰でもワクチンを無料で受けられるのに関心を持たなくなったアメリカ人、ワクチン不足や発熱に対して心配しすぎる日本人、どこの国もそれぞれの問題を抱えているようです。
このような問題に対応するためにも、ヘルス・リテラシーということを真剣に考え、向上に向けた働きかけをしてゆくことが重要だと思います。

参考
・The Boston Globe, Wednesday, December 16, 2009, B1 and B15.
・http://www.health.gov/communication/literacy/quickguide/factsbasic.htm

略歴:細田満和子(ほそだ みわこ)
ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー。博士(社会学)。1992年東京大学文学部社会学科卒業。同大学大学院修士・博士課程を経て、02年から05年まで日本学術振興会特別研究員。05年から08年までコロンビア大学メイルマン公衆衛生校アソシエイト。08年9月より現職。主著に『「チーム医療」の理念と現実』(日本看護協会出版会)、『脳卒中を生きる意味―病いと障害の社会学』(青海社)。

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