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Vol.237 現場からの医療改革推進協議会第十二回シンポジウム 抄録から(5)-1

医療ガバナンス学会 (2017年11月22日 06:00)


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*このシンポジウムの聴講をご希望の場合は事前申し込みが必要です。

(参加申込宛先: genbasympo2017@gmail.com)

2017年11月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

現場からの医療改革推進協議会第十二回シンポジウム
2017年12月3日(日曜日)

【session_06】新たなステージ 10:00-11:20

●研究もできる経営者を目指したい
坂本 諒

私は、社会課題を解決できる看護師になりたい。新聞記者の父の影響を受け、幼少の頃より社会問題に興味があった。この問題を解決するため、研究や経営に携わりたいと考えている。
私は、学生時代の病院見学や実習にて、精神疾患と身体疾患を併せ持った方が治療を受けられる現場がないことを知った。そのような方がケアを受けている最先端の現場、かつ新卒で受け入れてくれる現場を探した。地元を出て働きたいと思っていたが、市立札幌病院の精神医療センターが該当したため、入職した。
勤務の傍らで大学院入試のための勉強を始めた頃、学生時代からの友人である樋口朝霞氏の紹介で、医療ガバナンス研究所を訪ねた。研究室には、実務をしながら研究をしている方が多く、そのキャリアに魅力を感じたため、上京を即決した。
今年の4月より、訪問看護師として働きながら、医療ガバナンス研究所に通っている。研究室では、主に、自分の経験に考察を加えて文章を書くこと、英語の論文を読んでレターを書くことから指導を受けている。知的生産性の高い仕事をするためには、文章力や発信力が必要であり、さらに、英語での発信によって発信力が格段に上がることを知った。
実務においては、病院勤務で見つけた社会課題、すなわち過度な管理による弊害を踏まえ、訪問看護に転向した。病院では、自然な経過、自然な最期が許されない。訴訟リスクがあるために、認知症の方が治療内容を理解できずに拒否を示しても、身体を拘束して、手術や化学療法を行うこともある。治療可能な疾患で、元の生活に戻れるならば、過度な管理をする意義があるかもしれない。しかし、多くの高齢者はそうではない。例えば、環境調整や薬剤調整によっても改善しない食事拒否に対して、管を通して強制的に栄養を入れることがある。急性期の病院から慢性期の病院、あるいは施設に移る場合、完璧な経口摂取、または管を通した栄養補給が出来ないと、受け入れてもらえないからだ。
このような問題の対応策の一つが在宅医療だ。在宅であれば自然な経過で過ごすことが出来る。在宅ケアにおいては、最期の過ごし方に関する希望を丁寧に聞いてケアをする。現在、私は、医療保険や介護保険による訪問看護と、自費による訪問看護に携わっている。現在の日本では、保険のみを利用した訪問看護であっても十分に生活できるが、在宅ケアにおいては保険で満たせないニーズがあり、将来的には自費のウエイトが大きくなる。社会課題を踏まえ、保険と自費、両者のニーズを把握する研究をしていきたい。
その他、私は、AIによる画像診断の開発を行っている、株式会社AIメディカルサービスでも勤務している。CEOの多田智裕氏は、クリニックを開設して開業医として働きながら臨床研究を行うだけでなく、医療におけるAI活用のニーズをいち早く捉えて株式会社を設立した。人生における各段階で挑戦をする姿を見習い、経営について学びたいと考えている。
私は、足場を複数持ちながら社会課題やニーズを捉え、研究もできる経営者を目指したい。
●アジアで活動する看護師になりたい
樋口朝霞

私は自立した看護師・研究者になりたい。私の活動、および将来の夢をご紹介したい。
私は、今年の3月末まで3年間、虎の門病院の血液科病棟で勤務した。臍帯血移植のトップ病院だ。壮絶な先進医療の現場を経験した。
この間、休日や勤務の前後に、東京大学医科学研究所の旧先端医療社会コミュニケーションシステム、通称、上研に通っていた。英語論文の読み方の指導を受け、レターを書いた。『ランセット』など英文医学誌に掲載されたこともある。医学部受験で挫折した私にとって、一流誌に名を連ねたことは、自分の想像を超えていた。「やればできる」という成功体験となった。
現在、医療ガバナンス研究所の研究員として働きながら、東京医科歯科大学大学院に在籍し、深堀浩樹准教授の指導を受けている。取り組んでいるテーマは、これからアジアで問題となる終末期医療だ。高齢化が進んだ南相馬市にある南相馬市立総合病院の五十嵐里香看護部長にご指導頂きながら、中堅看護師7人と共同研究を準備している。
震災後、福島には日本だけでなく海外からも人材が集まってきている。学生時代からの友人のネパール人医師アナップ・ウプレティ氏と共同研究を進めている。きっかけは2015年4月のネパール大震災だ。その年の11月、彼を福島に招聘し、一ヶ月間滞在してもらった。ネパールと福島の震災の教訓をまとめ、『ランセット・グローバルヘルス』で発表した。現在、フィリピンの医学生らとも共同研究を進めている。
福島出身の実業家である加藤博敏氏との共同作業も始まった。彼は「ピーエイ」という東証2部上場の人材事業会社を経営しており、ベトナム人の日本への医療ツーリズムを準備している。今後は日本で働く外国人の医療・介護人材の育成事業も立ち上げるそうだ。私は非常勤職員で雇用され、ベトナム事業を担当している。加藤社長からは多くを学んだ。彼は個人的な信頼関係を重視する。ベトナムも然り。私が抱いていたビジネスのイメージは大きく変わった。研究でもビジネスでも、結局は信頼関係が大切なようだ。
海外との交流は刺激的だ。私は研究の実用化に興味がある。大阪大学国際医工情報センターの中村憲正招聘教授らが開発した関節軟骨の再生治療は、国内ではツーセル社と中外製薬により治験開始となった。中村教授は、同時に上海復旦大学とも共同開発を準備している。
私は、上研の一員として、プロジェクトに関わっている。上研と中村教授は10年来のお付き合いで、上研が復旦大学と中村教授を繋いだ。ここでも信頼関係が効いた。アカデミア主体の日中の共同治験はないらしい。両者が協力することで、低コストでスピードアップが可能になる。結果が楽しみだ。
私の活動に共通するのはアジアだ。将来、アジア圏をフィールドにビジネスマインドを持つ研究者になりたいと思っている。そのためには、今いる仲間を大切にし、自分が信頼されるに足る人になり、信頼関係にある仲間を増やし、独自のネットワークを築いていきたい。次世代が真似したいと思えるような新しい看護師の働き方を模索したい。
●私はチャレンジし続ける
山本佳奈

私は、今年の9月から大町病院で内科医として勤務している。常勤の内科医がいなくなると聞き、少しでもお役に立ちたいと思い手を挙げた。ガイドラインや論文を片手に、週8コマの外来と入院管理、月5回の当直をこなすことは、ハードではあるが得難い経験であり、毎日とても充実している。
東京の病院とのマッチングに失敗して良かったと、今では心から思っている。多くの方に応援していただき、貴重な機会をたくさんいただいたのも、南相馬に関西から飛び込んだからだろう。希望していた産婦人科医として南相馬には残れなかったこと、南相馬市立総合病院を一度クビになったことなど、今となってはいい思い出だ。そんな経験をしてでも、南相馬で医療者として働き続けたいと思うのは、南相馬に来たからこそ今の私があるからだ。
医師としての技量を学ぶ傍、論文を書くことも学んでいる。英語アレルギーの私は、論文を読むこと自体が苦痛だったが、南相馬で論文をたくさん書かれている坪倉正治先生や尾崎章彦先生の背中を見続けるうちに、私も挑戦したいと思うようになった。手取り足取りご指導いただいている段階だが、妊婦の内部被曝調査に関する論文は投稿中であり、南相馬市立総合病院の医師数増加に関する論文は掲載していただいた。一日も早く一人前になりたいと思う。
光文社新書から「貧血大国・日本」を上梓する貴重な機会をいただいて、はや1年半。新書を上梓し、貧血についてさらに勉強するうちに、世界の貧血の実態を調査したいと思い、今年の6月には上海市の復旦大学の趙根明先生の教室へ短期留学もさせていただいた。毎日論文を読み、データを集め、英語で議論する日々は、私にとって貴重な経験となった。帰国後も、共同研究も進めている。
私がチャレンジし続けられているのは、多くの方々に応援いたき、チャンスをいただているからである。感謝の気持ちを込めて、私のチャレンジしてきたことや、これからチャレンジしたいことについてお話しさせていただきたい。

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