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vol 2 「がんワクチンに対する日米の取り組みについて」

医療ガバナンス学会 (2010年1月3日 08:00)


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林 恵美子
マサチューセッツ大学医学部、研究員、医学博士
2010年1月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 http://medg.jp


最近、新型インフルエンザの影響でワクチンという言葉を耳にする機会が多い。一般にワクチンとは、免疫原(抗原)として各種病原体を接種することにより、抗体を生じさせ、病気を予防する目的で使用される。一方、がんワクチンはがんに特異的なペプチドを接種することにより体内の免疫力を高め、がん細胞を攻撃し、治療することを目的としている。本寄稿においては、がんワクチンに対する日米の取り組みの相違について触れてみたい。

日本における、がんワクチン
このところ、テレビ報道や書籍などにおいても、「がんワクチン療法」への関心が非常に高まっている。中村祐輔教授を中心とした東大医科学研究所 ヒトゲノム解析センターでは、50種類近くのがん抗原を見つけており、食道がんをはじめ、胃がん、大腸がん、肝臓がん、胆道/胆管がん、膵臓がん、腎がん、膀胱がん、前立腺がん、肺がん、乳がん、子宮頸がん、頭頚部扁平上皮がんといった、様々ながんに対しての臨床研究・試験が、全国64病院と共に網羅的に進められている。また、和歌山県立医科大学などおよそ30箇所の研究施設においても、がんワクチン療法に関する臨床研究が行われている。

今年4月には、久留米大学先端癌治療研究センター 伊東恭悟教授らが、国内初の「がんワクチン外来」を開設したが、来院初日からあまりにも応募が殺到し、約2時間で締め切るという騒ぎになった。まだ保険が認可されておらず、患者負担額もおよそ60万円弱にも及ぶにも関わらず、である。どれだけ多くのがん患者が期待し、待ちわびているかが、このことからも充分伝わってくる。しかし、現段階においては、がん研究に対する研究費不足のため、遅々として進展していないのが現状である。

米国との比較
一方、米国においては、がんワクチンを国家戦略の一つに位置づけようとしている。オバマ米大統領は9月30日、景気対策と医療研究に向け、およそ5,000億円の助成金を拠出すると発表した。がんなどの難病研究にむけた研究員の雇用創出も目指すとしている。最近の知見では、がん細胞に関する多くの因子が、生命に関わる遺伝子に関わっているということである。がん研究をするということはすなわち、生命について研究することにつながる。このような科学的背景からも、米国ががん研究を支援していることが分かる。がん研究のなかでも、がんワクチンの臨床研究は、テキサス大学M.D.アンダーソンがんセンターをはじめ400を超える。政府資金も年間5,000億円規模であり、また患者団体等が寄付をH.P.などで募り、500億円規模の資金を得て、がんワクチンの治験費用に当てられている。
これに対し、日本政府のがん研究費は数百億円程度であり、米国のわずか50分の1程度しか援助されていない。また、30~40件程度の臨床試験しか実施されていない。今後、米国と同様に、国家戦略の一つとして、「がんワクチン」の臨床研究や臨床試験を進めていくためにも、国を上げての研究費の増加が望まれる。
また9月付のTime誌に「A Shot at Cancer.」というタイトルでがんワクチンの記事が掲載されており、さらに米国食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)は「がん治療用ワクチンのための臨床学的考察」という企業にコメントを求める最新案(ガイダンス)を同じく9月に公表している。目的は「がん治療用ワクチンの臨床試験実施申請(Investigational New Drug application :IND)を提出したい企業・出資者に対して、被験薬の開発試験に際しての臨床学的見地からの望ましい考え方を提供する」と記載されており、米国における企業などのがんワクチンに対する大きな期待が現れている。ガイダンスには第I-III相臨床試験のデザインについて詳細に記載されており、がんワクチンに対する評価、関心の高さが伺える。
2006年には、子宮頸がんの予防ワクチン「GARDASIL®」(Merck & Co., Inc., Whitehouse Station, N. J., USA,)が初めて米国で承認され、その後、現在に至るまで、百カ国以上において子宮頸がん予防ワクチンが施行されているのに対し、日本では10月16日に認可されたばかりである。さらに、米国では治療用のがんワクチンが上記のように進められている。このままの状態では、またしても日本は欧米の後追いとなってしまう。

日本における、これからのがんワクチン
がんワクチンは有効な治療法であるが、問題点もある。がん細胞の中にはがん抗原やMHC(major histocompatibility complex; 主要組織適合性遺伝子複合体)をもたないものや、免疫反応を抑制したり、免疫反応よりも早く増殖するなど、がん患者に本来備わっている免疫システムによる攻撃から逃れることも可能である。このようながん細胞を治療するためには、科学的根拠に基づいた臨床検討が重要である。臨床研究、臨床試験によって得られた免疫モニタリングデータの集積により、がんワクチン療法の長所、短所を明らかにし、より良い治療法を確立していく必要がある。また、がんワクチン療法に用いられるがん抗原ペプチドはHLAの型によるものであり、欧米と日本ではこの型が異なってくる。日本人に多いHLAを発現している抗原ペプチドを作り、欧米の後追いではなく、日本独自のもの -日本人のための日本人によるがんワクチン¬- を開発することが必要である。

がんワクチン療法は副作用が少ないなど患者の身体負担が少なく、費用も比較的抑えられ、それぞれの患者に合わせたオーダーメイド医療が可能となる有効な治療法である。また、「がん」が進行性で致死的な病気から制御可能なものに変える治療法の一つと言える。この治療法が、がん患者に希望を与え、QOL(クオリティー・オブ・ライフ)を高める治療となり、がん治療の領域において一つのカテゴリーとして確立されることを期待する。

現在、日本は先進国でありながら、諸外国においてがん治療に有効とされている治療薬や治療法が日本で承認されておらず、保険適用外になっているなど、がん研究においては完全な後進国である。上述のように、久留米大学がんワクチン外来での騒動は、我が国における「がん治療難民」の存在が浮き彫りとなった形と言える。こういった現状問題に対し、国家戦略として、早急に、かつ適切に対応し、がん治療の水準を先進国の医療にふさわしい状況まで上げ、世界に先駆けた医療を築く必要がある。

はやし・えみこ 慶應義塾大学大学院医学研究科にて医学博士を取得。2009年よりマサチューセッツ大学医学部ポスト・ドクトラル・フェロー。腫瘍免疫に興味を持っている。

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