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Vol.263 弦楽器教育の国際発信と復権

医療ガバナンス学会 (2017年12月22日 06:00)


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安久津太一
ヴァイオリニスト
星槎大学共生科学部
就実大学教育学部
教育学博士

2017年12月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

日本では教育学分野の研究は後発である。教育学の中でも,音楽教育となると,さらに小規模で国際的なリンクは乏しい。そして弦楽器教育はといえば,残念ながら日本にはほぼ存在しない現状がある。そんな中,日本発で世界初,筆者による弦楽器教育分野の論文2編が,いずれもインパクトファクターを有する国際誌に掲載された。
それぞれ中学校の弦楽器授業と幼児のヴァイオリンを用いた遊びの観察の事例研究である。せっかく世界に研究を発表しても,日本では読者がおらず,使う人もいない。研究を「シェア」し,弦楽器教育復権への突破口を見出せればとの願いを込めて筆をとっている。

まず今回掲載された論文概要は以下の通りである。電子版のリンクを示しつつ,それぞれについてごく簡潔に説明する。
一本目の論文はヴァイオリンの初学者が演奏時の立ち方や持ち方を習得する前に,早期に弦楽器の音を探求し,アンサンブルで関わる音楽授業の「早期プロトコール」を発表した(Akutsu, 2017)。
International Journal of Music Education

http://journals.sagepub.com/eprint/BMGh8e8yMrANmEvxXpIE/full

二本目は,社会心理学者チクセントミハイによるフロー理論を枠組みに,幼児がヴァイオリンを含む環境と関わり合うプロセスを観察・分析した(Akutsu, 2017)。
Music Education Research

http://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/14613808.2017.1409202

これらの論文にはいくつかの特徴がある。第一に「高くて難しい」特別な楽器というヴァイオリンのイメージを徹底的に壊し,誰でも簡単に音を出し,アンサンブルに参加して楽しむプロセスに焦点を当てていることである。立ち方や持ち方の前に,まず子どもが実際に音を出して探求し,アンサンブルに参加して関わるプロセスを重視している。先進的な教育学の理論をベースにしているが,従来の弦楽器指導法と大きく異なる点が国際的に評価された。

そもそも日本では明治時代後期,特に京阪神地区でヴァイオリンが爆発的なブームを巻き起こしていた(塩津, 2004)。関東圏でも唱歌を指導する際に教師がヴァイオリンを使っていた記述がある(武石, 2007)。時代とともに演奏技術の高度化と専門分化,「世界に追いつけ追い越せ」の時代の潮流の中で,一般のヴァイオリン学習は淘汰されてしまった(安久津・筒石,2013)。
昨今では特に地方の弦楽クラブや部活のオーケストラで,弦楽の指導者が不在で閉鎖に追い込まれているケースを多く目にする。都心部の音楽大学でも,管楽器は高倍率なのに弦楽器は人数が足らず,オーケストラの弦楽器パートをエレクトーンで補って授業している大学もあるほどだ。
筆者は全ての学校でリコーダーや鍵盤ハーモニカのようにヴァイオリンを導入する必要性は感じていないが,「面白い」発音原理やアンサンブルに適した柔軟性の高い弦楽器が補完的に日本の幼児教育や公教育にも復権,導入されることを願っている。

そして今回の国際論文発表では研究方法における特色も評価された。発表論文は,いずれも統計解析やアンケートを一切用いない,一教師の試みをまとめた大変オーガニックな研究だった。すなわち,日常的な弦楽器教育の実践がそのまま国際的な成果につながった。一般的な研究方法であろう,論文を書くために「実践させていただく」,「データを採らせていただく」のではなく,現場のチャレンジや葛藤も含めて,真摯に学習者と向き合ってそのまま文章化した。この点に関しては,教育学分野におけるエビデンンスの在り方に一つの新しい方向性を示すことに貢献したと自負している。

例えば異なる分野に目を向けると,臨床医学の研究でも,「根拠に基づいた医療」(EBM)が隆盛な昨今である。その中では無作為化比較試験を経て検証された証拠が最高位に位置付けられるのに対して,事例研究のエビデンスは最下位として捉えられる(高山, 2015)。しかし教育学研究では,一人一人異なる教師が一人一人異なる学習者を対象に向き合っており,事例研究は今後もより一層重要となるべきである。どちらかというと学習者と教師,さらには保護者のやり取りも含めて記述する本研究のアプローチは,Narrative Based Medicine(物語に基づく医療)の方向性にも近いだろう。
そもそも教育学の実践研究では,無作為化やコントロール群を用いた比較は限界があると筆者は考えている。もちろんどちらの研究方法が良い悪いということではなく、多様な研究が相互理解し補完し合って,音楽教育の実践の質を高めることが我々研究者に課された至上命題である。

最後に研究の発信と共有の方法について言及したい。筆者は2017年7月にマレーシアはマラッカで開催された環太平洋国際音楽教育学会(APSMER)で,ワークショップ形式で弦楽器の早期プロトコールを紹介した。実際のワークショップ参加者が初めてヴァイオリンにふれて,数十分のうちに合奏に参加する画期的な取り組みが評価された。臨床医学の分野では,ビデオを用いた発表やワークショップ,供覧等はいずれも一般的な方法として定着しているが(森谷, 2015),音楽教育分野では,伝統的な口頭発表とポスター発表が中心であり,実践をライブでシェアすることが今後の継続課題である。

作曲された作品が演奏されなければ眠ってしまうように,音楽教育の研究も,国際論文を書いて発表することは出発点にすぎず,これからが本番と捉えている。具体的には,幼児から高齢者まで,誰でも気軽にヴァイオリンに触れて,音を出して学べる,そして異なる他者が音楽を通じて関わり合う企画を構想している。名付けて「ヴァイオリン復権−地域共奏プロジェクト」である。ヴァイオリンで子ども達がワクワクする,高齢者も元気になり街が明るくなる,ハンディの有無にかかわらずアンサンブルで他者と関われる。そんな夢のある企画をデザインしながら師走を暴走し,あっという間に年の瀬を迎えている。
みなさまどうぞ良いお年をお迎えください!

参考文献
Akutsu, T. (2017). Observable flow experience in a two-year-old Japanese child’s violin playing. Music Education Research.
Akutsu, T. (2017). Constructing a ‘fast protocol’ for middle school beginner violin classes in Japan. International Journal of Music Education.
安久津太一,筒石賢昭(2013).「明治時代における邦楽と洋楽の音楽指導の関わり—中尾都山に見る尺八とヴァイオリン楽譜出版の経緯とその背景」『東京学芸大学紀要第65号pp.1-14.
塩津洋子(2014).「明治期関西ヴァイオリン事情」『大阪音楽大学音楽博物館年報』第20巻
高山忠利(2015). 「無作為化のすすめ」日本大学外科系消化器外科学分野ホームページ
Retrieved December 16, 2017, from

http://www.med.nihon-u.ac.jp/department/surgery3/top_syoukai/musakui.html

武石みどり(2007).『音楽教育の礎 鈴木米次郎と東洋音楽学校』(東京音楽大学創立百周年記念誌刊行委員会編)春秋社
森谷冝皓(2015).「海外での手術指導からみたこれからの腫瘍外科」日本大学外科系消化器外科学分野ホームページ
Retrieved December 16, 2017, from

http://www.med.nihon-u.ac.jp/department/surgery3/top_syoukai/moriya2.html

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