最新記事一覧

Vol.264 学びの環境をどう作るか?~ニューヨーク名門私立校を見る~

医療ガバナンス学会 (2017年12月25日 06:00)


■ 関連タグ

登阪亮哉

2017年12月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

幼稚園での教育において、設備の充実はとても重要である。
大きな怪我を防ぐための安全性に加え、学習空間のデザインという側面も見落としてはならない。幼児期は特に、身体をフルに動かして発達や学習を行うため、周囲のさまざまな環境が学びにつながるような工夫が必要だ。実際に、ŞAHİN(2012)によると、例えば教室の広さが子ども1人当たり3平方メートルなければ、子どもは教室を手狭に感じ、外で遊ぶようになりやすい。また、更衣室やシアタールームなどは自然光が少なく、子どもを不安にさせる。このように、ハード面のみでなく視覚や聴覚についても配慮が必要である。
日本の行政もその実現に向け、いくつかの方針を定めている。学習空間という観点では、以下のようなものがある。
・空間的な回遊性(走り回れること)
・自然に触れられるような屋外空間の充実
・コミュニケーションのための談話室の設置
他にも様々な方針が掲げられている。

そして、設備設計に幼稚園の理念を反映させたような、さらに緻密な空間デザインの例もある。一部はキッズデザイン賞という形で表彰されており、例えば2016年に金賞を受賞した東京ゆりかご幼稚園は以下のように評されている。

「大自然に囲まれた広大な敷地を駆けまわり、遊び、畑や田んぼで作物を植え、育て、採って料理し、食べる。里山環境を存分に活かした原体験を柱とした、素晴らしい活動内容が目を引く。100mにおよぶ縁側のような廊下と3.5mの庇を備えた木造建物は意匠性が高い。
里山風景になじむ木造平屋の建物は、広い開口部と深い庇によって開放的かつ自然とつながる空間となり、自然換気によってエネルギー消費を抑えた快適な環境をつくりだす。子どもが主体的に環境と関わり、自然、環境から食農、労働といったテーマを一体に捉えた教育は、ESD(持続可能な開発のための教育)に代表されるグローバルな取り組みにつながる。」

このように、幼稚園の設備と子どもの成長は切っても切り離せない。
では、海外で特に設備に力を入れている幼稚園はどのような教育を実践しているのか。
2015年の秋、私は当時ニューヨークで一番学費が高いと言われた、Riverdale Country Schoolを訪ねた。
Riverdale Country Schoolは幼稚園から高校までの一貫校であり、幼稚園と小学校は同じ場所で学んでいる。

敷地内には園舎が3つと、Learning Complexと呼ばれる学習用のコンテナのような教室群、さらにはグラウンドやテニスコートがあり、周囲は森が広がる。
Learning Complexのある教室には、教室に座れる人数と同じだけのパソコンがあり、電子黒板やグループワークのための移動・接続可能なイスなど、最先端の設備が整っていた。ほかの教室には海戦を模した大きなジオラマやたくさんの工具類があり、ここでは実際に歴史上の海戦をシミュレーションすることで地歴・理数系の知識を複合的に学ぶそうだ。
黒板には弾道計算のためと思われる数式が残っており、小学生でも根号などの概念を理解して用いていることが伺えた。
園舎もそれぞれ大きくはないが設備が整っており、各教室に電子黒板や本がそろっていた。音楽室にはドラムセットやピアノをはじめとして様々な楽器があり、図工室には様々な画材や制作の材料が並べられていた。また、食堂で昼食を頂いたのだが、こちらもとても良質な食材を使っていることが伺えた。

そして、学びという観点から何よりも印象的であったのは、いたるところに貼られていた多彩な掲示物である。
たとえば、「この幼稚園で学んだこと」という作品群があった。これは、年少の子どもたちが年度の最後に、新しく入ってくる次の学年の子どもたちに向けて作成したものである。この中で子どもたちは「本の読み方を学んだ!」「チューリップの植え方を学んだ!」など、思い思いの表現を行う。こういった制作は、自己効力感を高めるとともに、自身の特異なことについて考えるという意味でメタ認知の入り口にもなると考えられる。また、この掲示物によって年長者が年下の子どもに何かを伝えていくという空気が醸成され、Riverdale Country Schoolが目指すリーダーシップ育成に寄与するだろう。

さらに重要なのは、AdventurousnessからZestまでの、各アルファベットを頭文字とする「だいじなことば」である。これらが一貫したテーマとして教育に用いられ、教室内、グラウンド、体育館など様々なところに掲示されている。言葉で説明されているものだけでなく、写真、絵、記号など様々な形で抽象的な概念が伝えられていた。これらは非認知スキルを様々な形で切り取ったものと言えるかもしれない。この幼稚園では26の言葉でそれを表すことで、多様な解釈を可能にしているように感じられた。そして、これらの言葉がつねに視界に入ることで、子どもは無理なく無意識的にこれらの概念を重要なものとして獲得することができる。

また、園の周辺の森林も学習環境として機能している。実際に自然に触れるという経験が、一流の先生たちのファシリテーションのもとで行われるためだ。先生は時に虫がいる場所を科学的根拠のもとに言い当て、またある時は全員を静かにさせて、木々のざわめきを聞いてみましょうと問いかける。このように子どもの情緒をコントロールしながら、自然の中での経験を学びに変える。
学習環境という意味では、このような学びを生み出す一流の先生たちも、この幼稚園の設備における重要な要素である。その背景にあるのは、先生個々人が幼児教育について専門的に学んでいることと、Peer Review及び保護者とのコミュニケーションによる日々の授業改善であるようだ。

以上がニューヨーク名門幼稚園で得た知見である。これらは多額の資金に基づいており日本では導入困難だが、部分的に参考にすることはできるだろう。特に、掲示物については容易に改善が可能である。そこに具体的にはどのような効果があるのか、今後先行研究を詳しく調べていきたい。

参考文献

http://jfa.arch.metu.edu.tr/archive/0258-5316/2012/cilt29/sayi_1/301-320.pdf

http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2014/07/25/1350225_01_4.pdf

http://www.kidsdesignaward.jp/search/detail_160749

www.riverdale.edu/

http://sucra.saitama-u.ac.jp/modules/xoonips/download.php/KY-AA12318206-5802-15.pdf?file_id=18217

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ