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Vol.001 2018年新年によせて

医療ガバナンス学会 (2018年1月1日 06:00)


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上昌広

2018年1月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

明けましておめでとうございます。新しい年を迎え、いかがお過ごしでしょうか。
お陰様で、2004年1月に始まったMRICは、今年で14年目を迎えます。ここまで続けることができたのは、皆様のお陰です。この場をお借りし、感謝申し上げます。

さて、今年はどのような年になるでしょうか。私は、医療崩壊が加速すると考えています。
高度成長期に確立した国民皆保険制度、医系技官制度、医局制度は、高齢化・情報化・グローバル化した世界に適合していません。新たな仕組みを確立するまでの産みの苦しみが続くと思います。
では、具体的にどこが問題となるでしょうか。私は、今春の診療報酬改定に注目しています。立ちゆかなくなる医療機関が出てくるでしょう。
年末の予算編成で、診療報酬本体が0.55%引き上げられたことが話題になりました。安倍総理、横倉義武・日本医師会会長のリーダーシップなしでは実現できなかったでしょう。医療界にとっては福音です。
ただ、医師・看護師不足などの理由で人件費が上がっている昨今、この程度では焼け石に水です。
このままでは、都心部の医療機関の破綻は避けられないと考えています。

なぜ、都心部に限定するかと言えば、我が国の診療報酬が全国一律に厚労省によって決められているからです。診療報酬が抑制されれば、物価が高い都心の医療機関がもっとも影響を受けます。後述するように解決策は自明なのですが、幾つかの病院が破綻するまで、合意が形成できないでしょう。
では、どのような医療機関が特に危険なのでしょうか。それは総合病院です。不採算の診療科を切り捨て「選択と集中」ができず、どうしても収益性が上がらないからです。

既に東京女子医科大学、日本医科大学、聖路加国際病院のような有名病院でさえ大赤字を出していることが、メディアでも大きく報じられています。最近になって、千代田区の財閥系の有名病院が債務超過であることも判明しました。
この状況は東京の医療にとって、極めて危険です。それは、東京の急性期医療を、私立大学の附属病院を中心とした民間医療機関が担ってきたからです。
東京には13の医学部がありますが、11は私立大学です。中国・四国・九州には21の医学部がありますが、17が国立であることとは対照的です。民間病院は赤字が大きくなれば、「倒産」するしかありません。補助金で穴埋めされる国公立病院とは違います。どうすれば、東京で民間病院が生き残っていけるか、本気で考える時期がきています。
ただ、この問題の解決が難しいのは、診療報酬を上げれば、保険財政は破綻してしまうからです。

医療費を抑制しながら、東京の医療を救うには、診療報酬を東京は1点12円、僻地は1点9円のように傾斜配分するのが、一つの解決策ですが、これは政治的に困難です。
医療機関は、基本的に地方ほど、特に医師不足の地方都市ほど儲かります。都心の病院が経営難に喘ぐ中、東北地方や九州の病院は都心に進出しているなど、その証左です。
地方の医療機関の経営者の多くは、地元の名士です。同時に国会議員の有力な支援者です。これは与野党を問いません。有力な後援者の不利益となる政策を主導するはずがありません。
このままでは近い将来、医療財政は破綻するでしょう。ある厚労官僚は、そのタイミングを「5年以内」と言います。
どうすればいいのでしょうか。国民皆保険の体制維持のためにも、健康保険がカバーする範囲を制限すること(免責)を議論すべきです。

厚労省も保険の免責を進めています。ただ、厚労省が主導すれば、真っ先に免責されるのは政治力が弱い中小の民間病院が担っている慢性期医療からです。
製薬企業は資金力があります。彼らが開発した抗がん剤には、数ヶ月延命するくらいしか効果がないのに、年間に数千万円の支払を認めています。一方で「在宅医療推進」という美名のもと、慢性期病院から強制退院させられる患者が後を絶ちません。多くの国民がおかしさに気づき始めています。
今後、私たちがしなければならないのは、どこまでの医療を公的保険でカバーし、どれを外すかです。風邪薬、先進医療、高齢者の慢性期ケアの何れを保険から外すかは、価値観の問題です。官僚、医師会、製薬企業でなく、国民が決めるべきです。

我が国では「有効性が証明された医療行為は、すべて健康保険でカバーされている」という前提に立っていましたが、保険を免責すれば、一部の患者から「有効だけど、優先順位が低い医療行為」を受ける権利を奪います。
こうなると、混合診療規制を緩和しなければならなくなります。これは東京の医療を再生するきっかけになる可能性があります。
それは、東京には多くの医療ニーズがあり、付加価値があれば対価を払おうとする「市場」があるからです。ところが、現在の保険制度は、このような多様なニーズに応えることができていません。それは、混合診療が規制され、少しでも保険外の医療を併用すれば、保険がカバーする分まで自費で支払わなければならないからです。

一部の医師は「混合診療を解禁すれば、金持ちしか医療を受けられなくなる」と言いますが、それは何の根拠もない屁理屈です。混合診療規制があるために、保険外の医療サービスを受けることが出来るのは富裕層だけになっています。
都内では富裕層を対象とした「完全自費サービス」が急成長しています。
例えば、私が社外取締役を務めるワイズ社(東京都中央区)は、健康・介護保険でリハビリがカバーされない急性期の患者を対象に、自費でのリハビリサービスを提供しています。首都圏を中心に9施設展開しており、利用者は3年間で2,000人を超えました。「パソコンができるようになりたい」、「楽器が演奏できるようになりたい」、「料理ができるようになりたい」といった個々の目標に応じたパーソナルなリハビリを提供しており、多くの利用者の状態が改善しています(自費ですから、状況が改善しないと、すぐに止めてしまいます)。費用は月額約30万円で、応募者は後を絶ちません。

また、当研究所には坂本諒さん(看護師)という在宅看護を研究しているスタッフがいます。彼女によれば、自費の訪問看護を受ける場合、メニューは本人が決めるため、利用時間は1日数時間から24時間まで様々です。24時間であれば、1日で10万円以上の費用が請求されますが、坂本さんは「「いいケアが受けられるなら、いくらかかってもいい」と話す人は珍しくない」と言います。

都内では高付加価値サービスの「市場」が急成長しているのがわかります。このような新規事業が立ち上がったのは、厚労省がリハビリ実施日数、入院期間などを短縮して、保険から免責した領域です。
興味深いのは、このようなニッチ領域に飛び込んだのが、これまで医療界をリードしてきた大病院でないことです。彼らは、保険医療と自費医療を併用することで、混合診療の規制にひっかかることを怖れています。患者の医療ニーズは変わりつつあるのに、大病院は厚労省の規制のために、旧態依然とした姿のままです。

戦後、厚労省は医療サービスの供給量と価格を統制し、どんな病院も「倒産」しないように守ってきました。ところが、保険財政が破綻目前となり、この「護送船団システム」は継続できません。このままでは体力の弱い東京の総合病院から破綻します。
医療機関は自らの努力で生き残るしかありません。そのためには、患者から評価される高付加価値サービスを提供するしかないと考えています。

ところが、彼らは「混合診療禁止」という規制で手足を縛られています。混合診療規制を緩和すれば、「悪徳医師が患者を騙す」と主張する人もいます。確かに、その可能性は否定出来ません。ただ、私は、そのリスクは低いと考えています。その理由は、メディアの医療報道が増え、患者の医療知識が増えていること、医師が多い東京では、医師間の競争が熾烈で悪徳医師は淘汰されること、混合診療を対象とした保険商品が開発され、保険者が悪徳医師をチェックするからです。

私は、混合診療規制が緩和されれば、むしろ医療費は下がる可能性が高いと考えています。都心部の医療機関は激しく競争しています。広告やコンサルタントに依頼するなど、様々な手を使って患者を集めようとしています。

ところが、患者集めも厚労省が規制しています。最大の規制は「値下げを認めていない」ことです。皆さんがクリニックを受診した際には、2-3割の自己負担を支払います。不思議なことに、医療機関は、この自己負担を受け取ることが厚労省から義務化されています。患者に経済負担をかけたくない院長がいて、この自己負担だけ受け取らなければ、処分されます。どのような背景で、このような規制が出来たかは、誰でもお分かりでしょう。そこに患者視点はありません。

もし、混合診療規制が緩和されれば、風邪の診療などで価格破壊をもたらす医療機関も出てくるでしょう。現在、風邪の診察は数分で4000円程度の収入となります。これを2000円でやろうとするクリニック経営者もいるでしょう。
赤字に悩む健保組合は、組合員をこのようなクリニックに誘導するでしょうから、結果として医療費は抑制されます。
このような規制緩和には、日本医師会が猛反対し、厚労省も同調せざるをえないでしょう。記者クラブ制度が続く限り、マスコミからも、このような問題意識はでてこないでしょう。
どうやったら、我が国の医療が持続可能か、そろそろ、本気で考える時期がきています。私は、このような議論をするプラットフォームとして、MRICがお役に立てればと願っています。

本年も宜しくお願い申し上げます。

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