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Vol.005 拙著、『憲法改正:自民党への三つの質問・三つの提案』の宣伝を

医療ガバナンス学会 (2018年1月10日 06:00)


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健保連 大阪中央病院
平岡諦

2018年1月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

「最近、テロ対策、国際的緊張状態などを視野に入れてでしょうか、法のあり方が議論されています。その中に私たちの*身近なところに国の視線を感じずにはいられない部分*があり、違和感を感じてきました。もしかしていつの間にか、知らないところでいろんなルールが作られていて、気がついたら、小説にあるような*管理社会*になっているのかもしれない。そんな不安を、多くの方も持っているのではないでしょうか。」
これは、最近のMRIC Vol.252「医療基本法:健康イコール善という価値観」(山本百合子氏)の中の文章です(*は平岡)。わたしも強く不安を感じる一人です。この不安の由来を明らかにしたのが上記、拙著です。

「国の視線を感じずにはいられない部分がある」とは、すなわち「国(政府・自民党)の価値観の押し付け」が法律に反映されているということでしょう。国民一人一人の価値観の実現を最大限に調整するのが、民主国家の役目のはずです。政府・自民党がリードする現在の日本が、民主国家でなくなりつつあることを意味します。
国民一人一人の価値観の実現を国が最大限に調整する、これが「基本的人権の尊重」ということばの意味です。このことばの元は、日本が受諾したポツダム宣言にある「respect for the fundamental human rights」の、当時の外務省役人の翻訳です。言い換えると、「根源的な(人間の尊厳を守るための)人権に対する敬意」ということになります。Rightsが複数になっているのは、人間の尊厳を守るためには多くの人権が必要だからです。

政府・自民党の考え方をもっとも端的に表しているのが、自民党の憲法改正草案です。そこに示されているのは、「基本的人権の尊重」ということばの「勝手な解釈」です。その解釈では次のようになります。
国(政府・自民党)は、まず人権を分割できると考え、そして国は「(国民の)人権の基本的部分(だけ)は尊重」するという解釈です。政府・自民党は「基本的人権の尊重」をこのように「勝手な解釈」をしています。裏返すと、「人権の基本的でない部分には、国の価値観を押し付ける(国の意向を優先する)」ということになります。
前著では、「患者の人権を尊重する」が、時には「第三者の意向を優先する」という日本医師会の医療倫理が、日本の医療界の根本的な問題点であることを指摘してきました。現在の日本社会(それをリードしている政府・自民党)の根本的な問題点が「基本的人権の尊重」の「勝手な解釈」、「人権の基本的でない部分には国の意向を優先する」ことにあることを拙著で明らかにしました。日本の医療界も、現在の日本社会も、その根本的な問題点は同じ構造です。「人権」や「人間の尊厳」のとらえ方の問題です。

政府・自民党は、これまでにも法律に「国の価値観=国の視線」を入れてきました。「国の意向を優先」させてきました。これは現行憲法(民主憲法)の軽視、無視に当たります。そこで最後の仕上げとして、政府・自民党は憲法改正(政府・自民党にとっての改正、国民にとっては改悪)をしようとしているのです。自民党の改正案が成立すると日本は民主国家でなくなります。「管理社会」になるでしょう。ヒットラーのような独裁国家にならないまでも、政府・自民党に都合の良い強権国家にはなるでしょう。

以上が拙著の人権に関する主要な論点です。ここでは書いていませんが、人間の尊厳に深くかかわる戦争(安全保障)に関しても、もちろん論じています。まさにまさに、有難いことですが、過分な書評を頂いています。これら一つ一つがわたしの宝です。お礼を申し上げるとともに、ここに紹介させて頂きます。拙著の「宣伝」でもあります。

書評(1):(フランスで哲学博士を取得し、日常活動と思想活動の統一を図ろうとする市民運動家でもある大学教授より):
まだ、完読していませんが、以下に示しました特徴があることに気付きました。
1:非常に分かり安く解説されている。
2:問題の所在が何か、極めて明確に指摘されている。
3:著者の分析や解釈の方法論の前提が明示されている。
4:歴史的視点で日本国憲法の構造が書かれている。
5:自民党案の問題点が上記視点から相対的に比較分析されている。

書評(2):(国際法、軍縮法の専門家より):
本が届いて最初はびっくりしましたが、出版の意図や目的を読ませていただき、また序章と終章を読ませていただき、平岡さんの言いたいことが良く理解できましたし、このような著述の理論的枠組みや過去の文献の分析などもよく理解できました。
全体的には、出版の意図は極めて明確であり、その理由付けというか、論理的分析も、多くの一次資料および関連学者などの論考を引用しながら、きわめて説得力ある形で提示されていると考えます。

書評(3):(MRICでもお馴染みの、血液病理学者の難波紘二先生より):
平岡先生は、奥付の略歴を見ると「昭和20(1945)2月、大阪生まれ」とあり、1969(昭和44)年に阪大医学部を卒業されている。私は1941/6の生まれだから、ともに昭和憲法下に育った世代だ。戦後日本が一度も戦争をせず、ひとりの戦死者も出さなかったことを誇りに思っている。この本のよい点は詳細な参考書目録と事項・人名索引がついていることだ。
いま読んでいるヴァイツゼッカー『言葉の力:ヴァイツゼッカー演説集』(岩波現代文庫)に「荒れ野の四十年」という名スピーチがあり、ナチスの犯罪について「民族全体に罪がある、もしくは無実である、といようなことはない。罪といい無実といい、集団的なものではなく、個人に責任がある」という一節があった。
リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカーは旧西ドイツ最後の大統領であり、統一ドイツ(現在のドイツ)初代の大統領でもある。
平岡先生の本の「人名索引」を見ると、「ヴァイツゼッカー」がちゃんと載っており、『言葉の力:ヴァイツゼッカー演説集』が参考資料に載っている。この本を書くのに、ずいぶん勉強されたことがわかった。
私がまだ在職中のこと、広島大学が開学五十周年だったか、「統合移転完了記念」だったかの祝賀行事に、旧ソ連のゴルバチョフ元大統領を呼ぶという計画案が出たが、講演料が高すぎて実現せず、旧西ドイツのヘルムート・シュミット元首相を呼んだことがあった。
講演は英語だったが無線イアホーンを使った同時通訳(広島大の教官)が付き、約400人の聴衆(教職員・学生・一般市民)が集まった。私は英語を直接聞いたが、シュミットさんがヴァイツゼッカーの「荒れ野の40年」演説から、上記のくだりを引用して話したのが印象的だった。何語で話しても、名言は名言だ。
「ワイマール憲法」というもっとも民主的な憲法下で「ヒトラー独裁」という最も非人間的な体制が生まれたというのは、歴史の大いなる皮肉だが、人類は過去3000年の間に同じ過ちを何度も繰り返している。
自民党と「読売」の「憲法改正試案」も読んでだが、私は憲法前文にある、
「日本国民は、恒久的の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。
われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと務めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。」
ここが憲法問題の核心だと思う。
<平和を愛する諸国民の公正と信義>が信頼できなくなったら、<われらの安全と生存を保持>することもできなくなる。
平岡先生の著書は重要な一石を投じた本だと思った。

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