医療ガバナンス学会 (2018年2月7日 06:00)
◆重粒子線治療施設の危機の理由
神奈川県立がんセンターという、重粒子線治療施設をもち、高度医療を提供すると謳う医療機関から、診療科内の内紛から医師が退職すると伝わってきた。
ふつうは、重粒子線治療をいかに患者の治療に役立てていくかの位置づけや、研究開発の方向性の相違等、医学的論争で衝突したのだろうか、と思うところだ。
ところが、全くそのような議論は出てこない。診療科内のパワーハラスメントの処分に不信だとか、責任医師の要件である療養経験に客員研究員の期間まで含めたとか。
約120億円の巨額投資が税金から行われた設備が休止の危機に陥る理由がこれだけとは、何とも情けない状況である。
◆準備不足
巨大治療施設の建設を税金で行ったのであれば当然、患者に治療を行いその施設を活用していくことが前提である。施設建設というハード面以上に、治療施設を継続的に運営維持していくソフト面が重要である。そのためには、その施設の運用を担う人材育成という、長期的なプランが必要であるのは明白である。
ところが、課題検討委員会 (http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f480037/) にあるように、課題としては挙げられていたものの、重粒子線治療施設の開所の数か月前まで責任医師の資格要件を満たす医師さえおらず、先進医療の実施要件を満たすことさえ危ぶまれる状況が続いていたようだ。
課題検討委員会で挙げられた課題は、課題のまま放置され続けた状況であったのだろう。
表面的には重粒子線治療開所の数ヵ月前に、重粒子線治療経験のある医師が採用され「辻褄合わせ」が行われたが、結局、人間関係のトラブルで、医師の集団退職という事態に繋がったのではないか。
◆本来議論されるべき放射線治療領域の特殊性
粒子線治療に対する批判として、エビデンス少ないこと、殊に放射線治療以外の治療法と比較可能なエビデンスが少ないことがしばしば指摘されている
。
その原因の一つに、他の治療法の評価ではあまり使用しない「局所制御」や「(有害事象ではなく)有害反応」を好む放射線治療領域の特殊性がある。たとえば、強度変調放射線治療と粒子線治療とを比較するためには「局所制御率」は有用かもしれないが、そもそも「局所」が切除されてしまう外科治療との比較では、「局所制御率」は役にたたない。
用いる言葉の定義が異なるために、放射線治療医は放射線治療以外の診療科医師と共通の土台で議論することが難しいのだ。最近は粒子線治療が先進医療Bによる臨床試験でも実施されるようになり、放射線治療以外の分野の専門家も解釈可能な指標作りの努力が進んでいる。
◆病院運営の無責任体質と課題
神奈川県立がんセンターは地方独立行政法人である神奈川県立病院機構が運営する病院である。
独立行政法人といいながらその実態は、事務の課長級クラス以上は県庁からの派遣人事であり、医師も横浜市大などの医局からの派遣人事とのことである。さらにPFI事業により施設の保守のみならず受付・医事業務等の医療周辺サービスはSPC(特別目的会社)に頼っている。
地方「独立」行政法人とは名ばかりで、独自性・新規性の高い事業を自立して実施することは、そもそも困難な人事構造である。
課題が課題のまま放置される無責任体質のそもそもの原因は、このような病院運営における構造的空洞化、自立性のなさと考えられる。権限には責任が伴うのだが、執行責任はどこにあるのだろうか。
◆神奈川県のがん医療
国はゲノム診療を積極的に推進すべく、がんゲノム診療拠点病院、連携病院の整備に動いている。がん診療拠点病院を巡る状況はかつてないほど厳しい。
神奈川県知事は根本的改革なく県立病院機構理事長のみを解任すると報道で知った。果たして神奈川県のがん患者の治療に希望を見いだせるのだろうか。