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Vol.027 自動翻訳はどこまで使えるのか: MRIC Global の経験から

医療ガバナンス学会 (2018年2月8日 06:00)


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ナビタスクリニック/ときわ会常磐病院内科医師
谷本哲也

2018年2月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2017年12月から始まったMRIC Global (https://www.mricg.info/articles)という本メールマガジンの姉妹版に関わっている関係で、しばしばMRICに寄稿されている坂根みち子先生から、英語原稿の作成について相談を受けた。最近、能力が飛躍的に向上している人工知能技術を利用した自動翻訳サービスを上手く使えば、ネイティブの英文校正と組み合わせるにしても、効率よく日本語の文章を英語にして発信出来るのではないか、という内容だ。

単純な日常会話文ではなく、ある程度難易度の高い文章が自動翻訳出来るのかという課題は確かに興味深い。そこで、坂根先生から頂いた文章から3つのサンプルを抜粋したものを原文(0)とし、以下の6パターンで翻訳の比較を行った。

1. 有料自動翻訳サービス
2. 米国人による有料自動翻訳(1)の校正
3. 原文(0)を知らない日本人留学生による有料自動翻訳(1)の逆翻訳
4. 原文(0)を無料のGoogle翻訳
5. 原文(0)を英語で教育を受けた日本人留学生が翻訳
6. 原文(0)を留学経験はないが英語が得意な日本人医師が翻訳

詳細は読み比べて頂きたいが、結論から言えば、2017年12月の段階では自動翻訳は補助としては使えるものの、翻訳者・校正者の手がまだまだ必要なレベルにあるようだ。筆者は翻訳の専門家ではないが、巷間指摘されているように、ある程度の意味を通じさせるだけと割り切ってしまえば、無料のGoogle翻訳でも意外に悪くないという印象だ。

ただし、自動翻訳では明らかにおかしな翻訳もまだ目に付くし、文章によっては背景の補足情報や文脈まで考慮しておかないと難しいものもある。さらには文章構成まで考慮に入れて、一つの読み物として成立させるためには、日本語と英語の両方が分かる編集者が関わる手間がまだ欠かせないと考えられる。

従って、MRIC Global の運営では、日本語の原稿から作成する場合は、自動翻訳の助けを借りる場合があるにしても、手間はかかるが編集者とやり取りしながら推敲した上で、最終的に英語を母語とする校正者の確認を経て記事を仕上げることを予定している。また、英語の原稿にすることを前提に日本語の原稿を作る場合は、自動翻訳にかけやすい文章を念頭に作文してしまうことも考えられる。

しばしば指摘されるように、村上春樹氏の作品が世界文学にまでなり得たのは、独特の文章表現も要因の一つとされている。実際、村上作品の英語版を読んでみると、翻訳者が優れているにしても、原作の世界が英文でも驚くほど表現されている。一方、日本人には絶大な人気がある司馬遼太郎氏の作品にも英語版もあるが、海外では殆ど注目されていないようである。おそらく、日本の歴史を題材にしているというだけでなく、日本語自体が翻訳しにくかったり、内容が英語では理解しづらかったりする面もあるのではないだろうか。題材の選び方から文章表現まで翻訳されることを前提にして、世界のマーケットを意識した日本語の文章作法というものもあるに違いない。

普段、筆者が医学英語論文を作成するときには、いわゆる受験英語の教育しか受けていない身ではあるものの、始めから英語で書いてしまうことが多い。というのも、論文作成には先行文献を参照することが必須になり、それらは英語の医学専門誌に発表されたものをほとんどの場合用いるからである。専門の医学用語や表現で書かれている英語文献を日本語に訳して原稿を書き、それをさらに英語に翻訳し直すのは非常に効率が悪い。また、英語論文投稿に向けた下準備として日本語で書かれた論文原稿をもらうこともあるが、日本語で読んだ時には違和感のなかった文章でも、いざ英訳された段階では文章構成から内容まで大きく手を加えなければならないこともしばしばある。同じようなことは、MRIC Global で発表が想定されているような医学エッセイにおいても当てはまるのかもしれない。

兎角に翻訳は難しい。有名な「我輩は猫である」の冒頭も ”I am a cat. As yet I have no name. I’ve no idea where I was born. (translated by Aiko Ito & Graeme Wilson, Tuttle Classics)” としか訳せず、原文が持つ魅力や諧謔を短い文章で的確に伝えることは出来ていない。個々の言語の持つ地域的、歴史的、文化的特性を他言語に移し替えるには、書かれていない背景まで読み取る知識と技術が必要とされるのだろう。

スウェーデン人哲学者の Nick Bostrom 氏は、大人と同じレベルで自然言語が理解できる人工知能を創ることが出来れば、他のことも人間と同じレベルで出来る能力にまで到達するという予測をしている。一方、新実在論、反自然主義を唱えるドイツ人哲学者の Markus Gabriel 氏は “I am not a brain.” と主張する作品を著しているが、人工知能だけでは人間と同じ言語世界には到達し得ないとする考え方もあるようだ。

いずれにせよ、現段階での自動翻訳の能力には限界があるにしても、近い将来さらに能力は向上するだろう。また、現在の自動翻訳のレベルでも、大量の文章を瞬時に処理できるという点は十分注目に値する。医療現場と同様に、人工知能の技術を上手く取り入れ、人間の能力を向上させる流れが今後も加速していくのは間違いない。

MRIC Global はまだ立ち上がったばかりだが、MRICと同様に長期的な運営を目指しており、そのための原稿集めが大きな課題として立ちはだかっている。日本語での投稿はできるが英語はちょっと二の足を踏む、という読者の方も、もし機会があればMRIC Global 編集部までご連絡を頂ければ幸いである。

サンプル 1.
(1.0. 原文)
「医師は足りないのではなく、偏在である」という前提のもと、強制的な医師配置制度が始められようとしている。来年にはこの考え方に沿って医療法が改正されると言う。

(1.1. 有料自動翻訳サービス)
Under the premise that “doctors are not scarce, but unevenly distributed,” the compulsory physician placement system is being launched. Next year, the health care law will be revised in line with this concept, he said.

(1.2. 米国人による1.1の校正)
The health care law is being revised to include the compulsory physician placement system, which is being launched in 2018. It is believed that “doctors are not scarce, but unevenly distributed,”

(1.3: 日本人留学生による1.1の逆翻訳)
「医師は不足していないが不均等に偏在している」という前提のもと、医師強制配置システムは始まろうとしている。来年、医療法はこのコンセプトのもと改定される、と彼は言った。

(1.4. Google翻訳)
Under the premise that “doctors are not missing, they are ubiquitous”, a compulsory doctor deployment system is about to be started. According to this idea next year the medical law will be revised.

(1.5. 日本人留学生の翻訳)
The compulsory physician replacement is about to begin assuming that “There is an uneven distribution of doctors, but a shortage.” The medical law said to be reformed in the coming year approaching this attitude.

(1.6. 日本人医師の翻訳)
Under the premise that only a maldistribution of doctors, instead of their shortage, exists in Japan, a new national system to regulate the distribution and movement of doctors is supposed to be implemented in the country. Indeed, it is reported that, following this perspective, the Medical Care Act (iryo-hou) will be reformed next year.

サンプル 2.
(2.0. 原文)
名ばかり同権は、女性に男性同様の無理な働き方を求め、私生活は犠牲となり、同世代の医師で常勤として働き続けた女医の未婚率は35.6%(同世代の男性医師の未婚率は2.8%)にも達した。

(2.1. 有料自動翻訳サービス)
The right to work in the same way as men was sought by women. Private life was sacrificed, and the unmarried rate of female doctors who continued to work as full-time as doctors of the same generation reached 35.6% (the unmarried rate of male doctors of the same generation was 2.8%).

(2.2. 米国人による2.1.の校正)
Women felt their private life was sacrificed when they sought equal employment rights. The unmarried rate for women of the same generation was 35.6% versus 2.8% for men.

(2.3. 日本人留学生による2.1.の逆翻訳)
男性と同様に働く権利は女性によって求められていた。私生活は犠牲になり、フルタイムで働き続ける同年代の女性医師の未婚率は35.6%にまで達した。(同年代の未婚の男性医師は2.8%)

(2.4. Google翻訳)
The nomination is the same as men, seeking unreasonable working methods similar to men, private life is a sacrifice, the unmarried rate of the female doctor who continued working as a full-time doctor of the same generation was 35.6% (unmarried rate of male doctors of the same generation Was 2.8%).

(2.5. 日本人留学生の翻訳)
The workplace “Equal Rights” among the gender enforced the female doctors to work in the same way as the male doctors, which was unreasonable. As the consequence, their private lives were devoted and the percentage of unmarried female hospital residents reached 35.5% while it was 2.8% for male residents for the same age group.

(2.6. 日本人医師の翻訳)
Despite a continuous call for equal rights for both sexes in Japan, this principle has not been truly achieved in the country, and has been used only for the purpose of forcing female doctors to work in a similar fashion as male doctors, undermining their private lives. Resultantly, an unmarried rate for full-time female doctors has reached 35.6%, while that of full-time male doctors is just 2.8% in the same year.

サンプル 3.
(3.0. 原文)
医師の強制配置は自殺行為である。このようなやり方で若い世代の人生を制限すれば、医師としての自由な発想やトレーニングの芽を潰し、結果として医療は衰退する。医師としてのモチベーションを高める仕組みがなければ、それは医療者にとっても患者にとっても不幸なことになる。

(3.1. 有料自動翻訳サービス)
Physician mandatory placement is suicidal. Restricting the lives of young people in this way destroys the buds of free thinking and training as a physician, resulting in a decline in health care. Without a mechanism to enhance physician motivation, it is unfortunate to both the health care provider and the patient.

(3.2. 米国人による3.1.の校正)
十分意味が分からないので修正不能。(A Very confusing translation. “buds of free thinking and training as a physician, resulting in a decline in health care,” is not very professional writing. While using a translator might be “efficient” it is better to have a native review to make sure the meaning is right. There are many things a translator will miss that could spell disaster.)

(3.3. 日本人留学生による3.1.の逆翻訳)
医師強制配置は自殺行為だ。このように若者の生活を制限することは医師としての自由な考えや訓練の芽をつぶし、医療の低下を招く。医師のやる気を促進させる仕組みがなくては、医療従事者も患者にも不幸なことになる。

(3.4. Google翻訳)
The compulsory placement of doctors is a suicidal act. By restricting the life of the young generation in such a way, crushing the spirit of free thinking and training as a doctor, the medical treatment will decline as a result. If there is no mechanism to increase motivation as a doctor, it will be unfortunate for both medical personnel and patients.

(3.5. 日本人留学生の翻訳)
The physician replacement is suicidal system. Restricting the young generation in such a way may kill the free conception of doctors and the prospect of the varied training methods resulting in the decline of Health care as a whole. It will end up in such an unfortunate for both the doctors and the patients, if there is no framework constructed to encourage the doctors.

(3.6. 日本人医師の翻訳)
A compulsory distribution of doctors is a ridiculous conduct. To Limit rights and lives of young doctors in this manner could spoil the passion among young doctors, and deprive training opportunities from them, possibly causing the Japanese medical system’s decline. In contrast, a system which leads to the motivation for young doctors will contribute to the happiness and well-beings of the overall population including doctors and patients.

本稿の作成では、坂根みち子先生、尾崎章彦MRIC Global 編集長、大西睦子先生、Larry Wesley Ward 氏、妹尾優希さん、吉田いづみさんに支援頂きました。深謝申し上げます。

MRIC Global

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