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Vol.043 公立病院改革と神奈川県 その1

医療ガバナンス学会 (2018年3月2日 06:00)


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竹林貞吉記念クリニック
永井雅巳

2018年3月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

今回の神奈川県病院機構における事案についての解釈は、個人的には先の木村弁護士によるレポート(MRIC Vol. 030)が、甚だ的確で本質を突いているように思える。が、知り得る情報が理事長側のものが多く、知事・副知事をはじめ関係した知事部局幹部、あるいは神奈川県立がんセンター病院長や前放射線治療部長のコメントが乏しいため、公平性を欠く可能性が在り、また公立病院の現状について、日頃、近くにない方々にとっては、解りにくい部分もあるかと思われるので、僭越ながら、以下、補足させていただく。

公立とは、解りやすく言えば、国民あるいは地域住民の税で補填されて運営している事業体と言うことである。ほとんどの地方行政分野、例えば、教育や警察、消防などは地域住民にとって、日々の生活を健やかに過ごす上で、非常に重要な部門であるが、それ自体は企業としての収益性を持たない。そこで働くヒトの人件費や運営諸経費はほとんど地域住民の税で賄われている。(従って、その部門に属する公務員は、当然ながら、個々の給与が住民の税で賄われている事に対して真摯で、その業務に誠実で、公平かつ公正に取り組むと同時に、その地域が、永続的に運営され、地域住民が安んじて暮らせるように、将来・未来へのビジョンを示し、達成のため、不断の努力する必要を求められている。
もちろん、選挙の付託を受けたといえども知事も同様である)一方、同じ公立に在っても、上下水道や公共交通機関、公立病院は、一般行政部門と異なり、事業自体に収益性を有する。収益性を有するが故に、地方公営企業として別枠に分類され、昨今では、収支に対して、日々の業務を遂行しつつも、民間同様の厳しい経営体質が求められる事となり、現実にその達成のため、国主導の法整備も種々進められている。

もちろん、上下水道や電気ガス事業を除けば、交通機関も病院も、多く民間が参入しているところなので、民間ができるところは民間で、乃ち、そこに収益性が在るマーケットは民間が行うのが原則なので、公共交通機関や公立病院は、本来、民間が行うには採算が立たない領域となり、その事業運営の不足分は繰り出し(企業体から観れば繰り入れ)という形で行われる。乃ち、地域住民の税で補填されると言うことである。その補填を持ってしても事業として不良債務が発生することになれば、例えその事業が地域住民にとって大切な部門でも継続的な運営が困難となる。ただ、これが適切に行われているかどうか、残念な事に、地方においては、知事を頂点とする行政権、議員・議会による立法権に比べ、例えば監査を行うヒトの任命権も知事に在り、行われている事が適切なモノであるかどうか判断する司法権が脆弱なため、ともすれば現在、権限を有する知事や議員などが優勢な傾向があるのも事実である。

また、前述したように、地方公営企業の運営は、その地域で補填されるべき税に因るところが大きいので、その本体である地方自治体;乃ち、都道府県・市町村が財政上しっかりしたものであるかどうかが重要となる。市町村レベルで言えば、飛島村(愛知県)や泊村(北海道)、山中湖村(山梨県)のように観光資源を有する、あるいは、それを著名な観光資源とする努力に積極的な市町村は豊富な財政力があり、一方、かつての夕張市に代表されるような、それを怠っていた市町村は地域住民にとって必要な教育や病院も破綻する結果となる。市町村レベルに比べ、都道府県という大きな行政単位で観ると、東京都、愛知県、神奈川県など大企業が存する所の財政指数が当然ながら良い。地域間格差は進む一方であるが、かと言って、そのような都会の地方公営企業が豊富な税の補填を当てにして、経営を軽んじて良い筈もない。今の時点では良くても、将来に亘り良い保証はなく、運営が国民・地域住民の税で補填されている限りは、将来に渡り永続的な事業であるために、経営努力は適正かつ的確に行われなくてはならない。

ここで長くなるが本事業を統括する総務省、すなわち国は、どのように考えているのか、同省のHP、その主導する公立病院改革ガイドラインの部分から引用する。

“地方公共団体が設置する病院は、主として一般行政上の目的から設置しているものを除き、地方公営企業法(以下「法」という。)の財務規定等が適用される。また、財務規定等以外の法の規定についても、条例で定めるところにより、その全部を適用することができる(全適;筆者注)。 財務規定等が全ての病院事業に対し適用されることとなったのは昭和41年の法改正によるもので、経過期間を経て、昭和43年度から全面施行された。公立病院(法が適用される病院をいう。以下同じ。)は、地域医療の確保のために地方公共団体が開設するもので、医療法においては、「公的医療機関」として医療の普及を図るために一定の役割が求められているが、開設の経緯、立地条件、規模等はそれぞれの病院ごとに様々で、その役割や使命も一様ではない。

我が国における医療体制は、戦後の荒廃した医療機関の整備を図るため、公立病院をはじめとする公的医療機関を中心に整備が進められたが、その後、私的医療機関を医療体制の中心とする動きが強まり、昭和37年には医療法が改正され、公的医療機関に対する病床規制が実施された。 また、離島、へき地などの不採算地区における医療や高度医療、特殊医療については、公的医療機関が積極的に対処すべきであるという考えから、昭和46年10月、社会保険審議会の答申等において公的医療機関の整備を促進するための公費の導入、公的医療機関に対する病床規制の撤廃が打ち出されたが、国の方針は明確にされなかった。
その後、昭和60年の医療法改正において、都道府県ごとに医療計画(地域医療計画)を策定し、地域における体系だった医療提供体制の整備を図ることとされ、また、人口の高齢化や疾病構造の変化、医学医術の進歩に対応するため、平成4年の改正では特定機能病院及び療養型病床群の制度化、平成9年の改正では地域医療支援病院の制度化、平成12年の改正では病床区分の見直しが行われた。 さらに、平成12年の医師法の改正で、医療従事者の資質の向上を図るため、医師・歯科医師の 臨床研修必修化等が整備され、平成16年度から新たな医師臨床研修制度が実施されている。

また、平成18年の医療法改正では、患者等への医療に関連する情報提供や医療計画制度の見直し等を通じた医療機能の分化・連携等の措置が講じられた。 このほか、平成16年の地方独立行政法人法施行(地方独法:筆者注)や平成18年9月の地方自治法の一部改正に伴う指定管理者制度本格導入、平成21年4月の地方公共団体の財政の健全化に関する法律の全面施行により、民間的経営手法の導入の検討や財政運営の健全化が求められている。
直近の医療制度改革としては、「持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律」(平成25 年法律第112 号)に基づく措置として、都道府県による地域の将来の医療提供体制に関する構想(以下「地域医療構想」という。)の策定、医療従事者の確保・勤務環境 の改善、消費税増収分を活用した基金(以下「地域医療介護総合確保基金」という。)の設置等を内容とする「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」(平成26年法律第83号。以下「医療介護総合確保推進法」という。)が、平成26年 6月25 日に公布され、順次施行されているところである。”

さらに、同省が主導する公立病院改革ガイドラインによると、“公立病院の現状として、地域医療の確保のため重要な役割を果たしているが、近年、多くの公立病院において、損益収支をはじめとする経営状況が悪化するとともに、医師不足に伴い診療体制の縮小を余儀なくされるなど、その経営環境や医療提供体制の維持が極めて厳しい状況になっている。 加えて第166回通常国会において成立した「地方公共団体の財政の健全化に関する法律」の施行に伴い、地方公共団体が経営する病院事業は、事業単体としても、また当該地方公共団体の財政運営全体の観点からも、一層の健全経営が求められることとなる。”と記している。

以上、要約すれば、国は、歴史の変遷の中で公立病院としての役割は変化しつつも、地域住民にとって必要な機能を有するので、そのために必要な法の整備は行うから、公立病院自らも事業体として運営(経営)努力し、質向上に努めよというものと理解する。 そのためには後段続くように、“以上のような状況を踏まえれば、公立病院が今後とも地域において必要な医療を安定的かつ継続的に提供していくためには、多くの公立病院において、抜本的な改革の実施が避けて通れない課題となっている。”と記されている(下線、筆者注)。すなわち、地域住民の求める医療の質向上のためには、(適切な繰り入れも含めた上で)経営体質の健全化が必要である由、正論である。深く読み取れば、国は制度上、開設者からの自立・自律が現実的には困難な全適よりも、より自立性の高い地方独法、あるいは指定管理者制度を推奨し、法整備を進めているような印象を受ける。その背景には、地域で必要な地方公営企業には、任期の短い行政職より、より長い、あるいは、より高いビジョンを有する専門職のリードが必要であるといった見解のようにも感じる。

それでは、一層の、あるいは一歩進んだ抜本的な経営改善を要する地方公立病院における問題点は何か?一例として、神奈川県立病院での解析を観てみよう。実は、神奈川県はある意味で、他の都道府県より先進県で、すでに松沢前知事の時代、平成17年には、その経営形態を一部適用から全部適用に改め、それまでの経常赤字から経常収益では2年連続黒字決済としていた。しかし、さらなる質改善・経営改善をめざして、外部委員による在り方検討委員会を創設、将来に向けての神奈川県病院事業のビジョンを探っていた。その外部委員会による答申が平成19年になされた。以下、これも長くなるが公開資料から引用する。委員会によると、改革のためには、

1)新たな政策課題に対応するための人員配置の必要性:新たな政策課題に対応した質の高い医療サービスを県民に提供していくためには、現在以上に必要な人員を配置していく必要がある。しかし、病院事業庁は、県の内部機関として神奈川県職員定数条例により、一般行政組織と同様の手法により組織・定数が定められ、 また、知事の補助機関として県の行政システム改革や国の集中改革プランにより、 他部局と同一の歩調で定数の削減が求められていることから、医療提供体制の見直しに伴う確保しなければならない職員の増員が困難で、新たな政策課題に対応することに支障を招きかねない。

2)自律的、機動的な病院運営の実現:国の医療制度改革や診療報酬改定など、県立病院を取り巻く経営環境のめまぐるしい変化に対し迅速・柔軟に対応していくことが求められるが、そのためには 財務、組織、人事管理において、自律的、機動的な病院運営を実現する必要がある。
(i) 専門性が必要な経営管理事務等に関するノウハウの不足。病院の経営管理や経理事務については、それに携わる職員に、医療制度や医事会計の専門性のみならず、専門病院を多く抱えるという本県病院事業の特殊性から、特に高い専門性が求められる。しかし、現在、病院事業庁は県の機関であり、事務職員は能力開発・活用と いう人材育成の観点から、県全体の3~4年間ごとの人事異動を行っており、 病院経営を行うために必要な、高度な専門性を有する人材の確保及び活用が困難な状況にある。

(ii)医療従事者の確保については、変化する医療ニーズに迅速で柔軟に対応することが可能となるような、年度途中での採用等の実施が必要となる。 しかし、医師及び看護師以外の職種については、独自の採用を行うことができないため、職員の採用の意思決定から選考及び採用までに手間と時間を要し、 採用時期や採用方法が限られている状況であり、診療報酬改定などの医療環境の変化や新たな医療課題に対し、迅速で機動的な対応を行うには一定の限界がある。また、非常勤職員の報酬単価の柔軟な設定が困難であるため、民間実態との乖離が生じており、医療従事者の確保が難しい状況である。

(iii)経営責任の範囲が不明確。病院事業管理者には、医療環境の変化に応じた、民間病院と同じ程度の効率性をもった経営が求められるため、地方公営企業法により病院経営に係る広範な権限が与えられ、企業体として一定の自立性が認められている。 しかし、地方公営企業はあくまで地方公共団体の内部機関であり、事業運営については、基本的には地方公共団体の方針に基づくため、実態として制約を受けることになり、経営責任の範囲が不明確になる。

(iv)契約などの困難性。平成16年の地方自治法の改正により、情報処理業務、医療事務業務、臨床検査業務、患者給食業務、放置車両の確認及び標章の取付け業務、職員の給与、 旅費等の支給および福利厚生事務については、長期継続契約を行うことが可能となっており、一定の範囲では柔軟な対応が可能となっている。 しかし、院内管理業務(総合保守管理業務)等については、地方自治法に基づき毎年入札により業者を決定することとなっており、長期契約を締結することが困難であるため、入札結果により業者が頻繁に変更し、安定的な病院の運 営に影響を与える可能性がある。

3)県民負担の軽減が困難:県立病院事業は、県立病院としての役割を担うため、一般会計負担金を繰り入れて運営されている。この負担金は、地方公営企業法に基づいて国が示した繰出基準により負担されているということは理解できるが、年間150億円は多額であるため、県民の負担を少ない形で良質な医療を提供していくことが求められる。 県立病院は、地方公営企業法の全部適用により大幅に収益が伸びたことで、経常収支の2年連続黒字を達成することができたが、費用の削減の面においては必ずしも十分になされていない。現行制度で費用の削減を行うことは限界がある中で県民負担の軽減を図っていくのは困難であるとした。
そして、これらを改革するためには、新たな地方独立行政法人制度を創設すべきであるとした。この神奈川県立病院あり方検討委員会からの報告は、平成19年12月に、前知事に提出され、結果、平成22年度を目途に、指定管理者制度を導入した汐見台病院を除いた県立6病院について、一括して一般地方独立行政法人に移行する方針とされた。

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