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vol 17 無料から1万円まで、カルテ開示料金の不思議

医療ガバナンス学会 (2010年1月21日 10:00)


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武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕

2010年1月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1月10日、医療機関でのカルテ開示手数料に関する記事が読売新聞に掲載されました
(記事はこちら

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100109-OYT1T01112.htm

YOMIURI ONLINEのサイトに飛びます)。

記事の要旨は、「診療記録(カルテ)の開示は医療機関の義務であるが、その際に患者から徴収する手数料は、施設によって無料から1万円までの差がある」「高額な手数料は患者の知る権利を妨げるとの指摘もある」ということでした。
細かい部分にこだわるようですが、このカルテ開示手数料に、今の医療が抱えている問題が潜んでいると思うのです。

【カルテの開示は手間ひまがかかるもの】
診療記録(カルテ)の開示は医療機関の義務だとはいえ、診療報酬点数にカルテ開示手数料は記載されていません。日本では混合診療(健康保険で決められた範囲以外の診療を自費で支払って治療を受けること)が認められていないのに、なぜカルテ開示に料金が発生するのか不思議に思う方もいるでしょう。
でも、厚生労働省はカルテ開示手数料について、「各施設で費用が徴収できる」という指針を出しているのです。というわけで、各施設は手数料無料でコピー代実費のみのところもあれば、利益を考慮して1万円を徴収していたりと、ばらつきがあるのです。
電子カルテ化が完了している施設であれば、端末から診療記録および必要な部分を選んでプリントするだけでカルテ開示は可能です。おそらく、それほど手間ひまはかからないでしょう。
とはいえ、電子カルテのコンピューターシステムを作るのは、病院であれば一病床あたり100万円と言われています。100~200床程度の中規模病院だと、1億円を軽く超えてしまうのです。それに加えて、維持保守料金として年間数百万を超える金額が発生しています。
8割を超える電子カルテ未導入の病院ではどうでしょう。手作業でカルテを1ページずつコピーして、それだけではなく、膨大な検査結果や看護記録、温度板(体温や血圧などの記録用紙)などの付随する資料も集めてコピーするため、結構な手間ひまがかかるのです。

【医療費を考える際に欠けているサステナビリティーの視点】
会計をテーマにしたベストセラーのビジネス書『食い逃げされてもバイトは雇うな』

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にあるように、「年間に数人だけ」とか滅多に利用客がいないサービスであれば、わざわざ値段を決めて料金を徴収する手間ひまを考えると「無料にする方が合理的」という考え方もあります。
でも、カルテ開示は、必要な時に、広く誰でも利用できるようにしなければなりません。コピーする人たちの人件費などを考えると、適正な料金が支払われないとやっていけないのは明らかでしょう。
環境活動や経営の哲学、考え方として「サステナビリティー(sustainability)」という言葉があります。「持続発展可能性」とも言われますが、医療費を考える際には、なぜかこの概念が全く考慮されていない気がしてならないのです。
利用者にとってみれば、「無料」が一番いいのは間違いありません。私も医者である以上、義務であるカルテ開示の手数料を患者に負担してもらうのは心苦しい、という気持ちはよく分かります。
とはいっても、カルテ開示が世の中に広まり、なおかつ医療機関がしっかりと存続していくためには、料金負担は避けられないことだと思うのです。保険点数として支払われていない以上、無料にするのは間違いなのです。

【手数料を1万円に設定しなければならない理由】
カルテ開示作業において、医療事務などの人件費を考慮して赤字を出さないためには、手数料3000~5000円程度は必要でしょう。実際に料金を徴収している病院も、この金額にしているところが多いようです。
ただし、カルテ開示が請求される状況は様々です。単純にカルテ数十枚をコピーして終わりというものばかりではありません。入退院が10回以上に及んだり、治療が数年間にわたっている場合もあります。
手数料を1万円に設定している病院は、このような何百枚という単位で資料作成が必要な場合を想定していると思います。
場合によっては、「もらい過ぎ」となることもあるでしょう(そうなることの方が多いかもしれません)。
しかし、日本においては、医療機関の医療費の値段は厳密に点数で決まっています。勝手な値上げは許されていません。この医療費本体の値段が世界的に見て極めて低い水準にあること、その上、民主党政権に変わるまで削減され続けてきたことは既に何度も述べました。
さらに言うと、薬価差益(仕入れと売値の差額)も認められていません。医療機関は自己努力で収益を上げる機会がほとんどないのです。
ですから、値段設定に縛りがない部分は、何があっても少しは利幅の出る金額に設定しておく、ということになります。赤字の補填を自治体などに頼らずに、経営を真剣に考えている機関であれば、それは「当然の選択」という側面もあるのです。

【医療費を巡る「昔あってこれからも起こる話」】
日本では通常は国民皆保険のもと、誰でも千円札数枚で気軽に医療機関で診療を受けることができます。それを考えると、全額自己負担のカルテ開示手数料は「高い」と思われてしまうのも当然かもしれません。
その原因はどこにあるのでしょうか。
厚生労働省は、カルテ開示を義務とする通達だけ出しておきながら、その手数料を保険点数に記載していません。それには、診療報酬の財源がないという切実な理由があるのでしょう。
一方、医療機関は、無料でカルテ開示を行なったら、そのコストを吸収する余裕がないということです。
ここで私は誰が悪いと言いたいわけではありません。解決方法は決して一通りではないので、いろいろな議論が尽くされることを期待します。
いずれにしても、カルテ開示手数料をよく考えてみると、医療業界の不思議な構造が浮かび上がってきます。マネー・ヘッタ・チャンの『ヘッテルとフエーテル 本当に残酷なマネー版グリム童話』という童話仕立てのビジネス書

http://www.amazon.co.jp/dp/4766784588/

があります。この本に出てくるフレーズではありませんが、医療費を巡る「昔あってこれからも起こる話」の典型なような気が私にはしてならないのでした。

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