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vol 18 自律しようよ、政界も医療界も

医療ガバナンス学会 (2010年1月22日 07:00)


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健保連 大阪中央病院 顧問
平岡 諦

2010年1月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1.政界の場合:
「法に触れるようなことはしていません」。
政治と金の問題が起こった時に、政治家が釈明によく使う言葉である。「違法でなければ良いではないか」と言いたいのだろう。しかし、政治と金の問題は違法・合法の問題ではない、倫理性が問われているのだ。もちろん、違法であれば論外である。
「違法でなければ」という言葉を聞くとき、何故かそれが詭弁に聞こえる。それは、言葉の裏に「倫理的に問題あるが」を隠しているからだろう。「倫理的に問題あるが、違法でないから良いではないか」とは自身の口からは言えない、そこで、前半を誤魔化し、後半の「違法でなければ」だけを強調するのだろう。「倫理的に問題あるが、合法である」という言葉が詭弁と聞こえるのは、現在の常識と考えられる「法は最低限の道徳」に矛盾するからである。
「この言葉はドイツの公法学者ゲオルク・イェリネック(1851-1911)が、『法、不法および刑罰の社会倫理的意義』で述べたものである。(中略)法は最低必要限度の道徳を盛り込んだにすぎず、また法は内心の問題には立ち入らないという意味で言われたのであり、刑法に最もよくあてはる」(1)。
刑法と社会倫理の関係を表現したこの言葉は、「法も道徳の一部」を前提としている。一方、「倫理的に問題あるが、合法である」という言葉は「非道徳的な法」の存在を前提としている。「違法でなければ」という言葉を詭弁と感じるのは、この常識と矛盾するからだろう。詭弁を用いて釈明する人は信用されない。ましてや立法を仕事とする政治家が、「非道徳的な法」の存在を前提に釈明するとき、二重に信用できないことになる。

2.医療界の場合:
医療界においても、「違法でなければ」という言葉を発した医師がいる。それは、「和田心臓移植事件」と呼ばれる日本での心臓移植第一号を行った、和田壽郎教授である。
戦後の医療界において最も医師のモラルが問題にされた事件は和田心臓移植であろう。和田教授は、殺人・業務上過失致死で告発されたが証拠不十分で不起訴になり、真相が究明されずにおわった。当時の医学界は公式に和田心臓移植事件に対する態度を表明しなかった、あるいは、する機会を失った。その後、日本弁護士連合会は和田教授に対して、「対診」すなわち、医師間の相互評価(peer review)を行わなければ移植を行うべからず、という警告文を出した(2)。昭和26年制定の日本医師会「医師の倫理」には「対診のすすめ」が記載されている。和田教授はこれを守らずに心臓移植を行ったのである。この倫理違反に対して内部からの反省(すなわちself-regulation=自律)が無かったので、外部から警告が出された(すなわち他律、他から律せられた)のである。この一連の経過が、国民の間に深い医療不信を植え付けることになった。
その後、和田教授は、引き続き心臓移植を行わなかった同僚を批判するかのごとく次の言葉を発している。「つまり、和田の手術の後では、同じやり方で移植を行っても罪にならないという道が日本でも開かれたのであった。それにもかかわらず、心臓移植手術は行われなかったのだ」(3)。「違法でなければ問題ないではないか」と言っているのである。この言葉には「社会道徳にとって非倫理的であるが」ということが隠され、「非倫理的であるが、合法的であるから問題ない」と言っていることになる。

3.政治不信、医療不信の構造:
「違法でなければ」を口にする人は、政界でも、医療界でも、全体のごく一部に過ぎない。大部分の政治家、医師は倫理的にも優れた人たちである。しかしながら、倫理的に問題のあるわずかな人を放置し、政界・医療界に自浄作用(self-regulation=自律)が無ければ、政界・医療界全体が信用されなくなるのは当然である。同じ穴の狢と見られるのである。現在の政治不信、医療不信の構造がここにある。自律する以外には、政治不信、医療不信を無くせないだろう。

(1) 山畠正男、福永有利、小川浩三著「法のことわざと民法」北海道大学図書刊行会、1985, 1-2頁。
(2) 平岡 諦「対診とセカンドオピニオン」、「医の倫理ーミニ時典」日本医師会編、40-41頁, 2006。
(3) 和田壽郎著「神から与えられたメス」、メディカルトリビューン、146頁、2000。

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