医療ガバナンス学会 (2010年1月27日 08:00)
井上法律事務所
所長・弁護士
井上清成
※今回の論文はMMJ(毎日新聞社)1月号で発表されたものです。
2010年1月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
【診療報酬の次なる課題】
診療報酬がやっとマイナスからプラスに転じることになったとはいえ、これで終わりではない。2年先を目指して、さらなるプラスへの抜本的な改革に取り組む必要があろう。
まず、安定的な上昇が必須である、今回は政治主導でネットプラス改定にはなったが、必ずしも安定的ではなかった。事業仕分け、財務省の壁や、中医協公益委員の壁が立ちはだかり、ヒヤヒヤドキドキだった感は否めない。今後は、厚労政務三役の厚生労働省内での一層の政治主導の確立、民主党の医療議連の強化、厚労省と文部省との連携強化、医療以外の分野での行政革新の進展、厚労省対財務省における政治理念の確立、中医協公益委員改革などの課題を2年間かけてこなしていく必要があろう。
そして、診療報酬決定プロセスを見直し、一般国民・患者といった医療を強く希求している多くの人々の声が国民代表の声として、十分に反映されるシステムにすべきである。そのうえで、診療報酬体系をも抜本的に再検討していくべきであろう。
【法律面での次なる行政の課題】
次に、法律面からみると、非常に不自然な問題が診療報酬をはじめ、医療行政には特に多く潜んでいる。
診療報酬に関して言えば、例えばドクターフィーの問題も挙げられよう。根底には、保険医療機関と保険医の二重指定制という奇妙なシステムがある。と録された保険医には健康保険法上の義務が課されるが、半面、保険医の権利・利益は判然としない。保険医の権利・利益の一つとして、ドクターフィーを設定するならば、保険医の義務と権利のバランスの調整としてありうることであろう。逆に、ドクターフィーは良くないという考え方もあるだろうが、それだったら、もう一歩進めて、保険医登録という制度をなくしてもよい。いろいろと議論の余地があるところだと思う。
また、レセプトオンライン請求の義務化は廃止された。これも新政権3か月での大きな実績である。しかし、まったく同様の法律問題が生じていることも、見逃してはならない。それは、出産育児一時金の直接支払い制度である。新政権発足後の昨年10月1日に強制実施されるところであったが、新政権が滑り込みで強制実施を阻止した。しかし、今もって、行政指導に基づく任意での実施はなされている、これは健康保険法に定める保険給付の譲渡・担保・差押紳士規定に違反していると、評されかねない。つまり、国民(産婦)の権利を侵害する健康保険法違反の行政指導とも評されうる制度である。今年3月中に、決着をつけねばならないであろう。
【中期的な法律的課題】
医療費抑制政策に続く標的は、医療事故責任追及政策である。公的な無過失補償制度の創設・拡充と医師免責が、その改革の中核となろう。
すでに芽が出始めている。新型インフルエンザ対策は、無過失補償と医師免責への第一歩と評してよい。「新型インフルエンザ予防接種による健康被害の救済等に関する特別措置法」が昨年11月30日に成立し、12月4日に公布・施行された。まだ非法定接種にとどまってはいるが、無過失補償制度を拡充し、新型インフルエンザワクチンの海外製薬企業限りではあるが、損失補償措置を創設している。これは、医師免責に進む第一歩となるであろう。現に、司法の附則第6条に「当該予防接種に係る健康被害の救済措置の在り方などについて、速やかに検討を加え」と明記され、この条文に基づき体系的な予防接種法などの改正作業が始まっている。
期待しつつ注視したい。
【根源的な法律的課題】
今年後半の事になるであろうが、根源的な法律的課題が再始動する。医療事故調査委員会問題にほかならない。
前政権の時代に、厚労省の官庁主導で国家的な事故調創設の議論がなされてきた。それは、医療事故に関する行政処分の数を、現在の何倍にも増やす効果をもたらす施策である。しかし、もともと他律的、第三者主導型の事故調の厚労省案に対抗して、民主党案が存在していた。民主党案は、行政処分者数の増大を指向するものではなく、自律的・当事者主導型のものである。
政権交代がなされた今、かつての事故調の厚労省案については、「事実上、厚労省案としてこれを今推奨しているのだという事実はないと考えていい」(足立信也厚生労働大臣政務官の昨年12月11日の発言)であろう。
医師の権利は棚上げして、医師の義務ばかりを無限定に強制する厚労行政の発想は改められねばならない。医療崩壊をもたらし、一般国民・患者に不利益を及ぼすかつての事故調の厚労省案は、捨て去られるべきだと思う。今後は、一般国民や患者の権利とともに医師の権利にも配慮した、自律的・当事者主義の事故調の構築に向けた議論がなされていくことに期待したい。