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Vol.079 医療と看護が結ぶ日本とネパールの強い絆 -癌治療の脱毛で苦しむ患者にネパール人女性が長い髪の毛を無償で提供-

医療ガバナンス学会 (2018年4月13日 06:00)


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この原稿はJBPRESS(4月5日配信)からの転載です。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52745

樋口朝霞

2018年4月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は看護師だ。北海道大学を卒業して虎の門病院に勤務した。昨年4月からNPO法人医療ガバナンス研究所の研究員として活動している。

その一環として、ネパールと共同研究をしている。きっかけは、学生時代に現地の医学生であるアナップ・ウプレティ氏と知り合ったことだ。その後、互いに医師、看護師として働く間もSNSで連絡を取り合っていた。

2015年7月、彼から「日本で医療を勉強したい」と相談があり、日本留学を手配したことから共同研究も始まった。

●ネパール人看護師の目に映った日本の医療現場

現在は、彼が勤務するトリブバン大学教育病院と共同で、2015年の地震が地域医療に与えた影響について調査している。

共同研究者の1人にディピカ・スレスタさんという看護師がいる。昨年12月、打ち合わせのため来日した。彼女にとって初めての海外渡航だった。

彼女の希望で神奈川県立がんセンターを見学した。以前からお世話になっている土屋了介・神奈川県病院機構理事長(当時)にお願いすると、快く応じてくれた。

ネパールはアジアの最貧国の1つだ。2016年の1人当たりの名目国内総生産(GDP)は約700ドル。カンボジアやミャンマーの半分程度。神奈川県立がんセンターはスレスタさんの目に「設備もサービスも、どれもが最新」と映ったようである。

特に彼女が興味を持ったのが、患者支援センターという部署。ここでは、患者・家族が抱くあらゆる心配事に対して看護師とソーシャルワーカーが相談を受けつけている。

その中には治療に伴う外見上の悩みも含まれる。抗がん剤や放射線の副作用で起きる脱毛に対して、様々な医療用ウィッグを提案するサービスも提供している。

身体的イメージを損ねる脱毛は、がん患者に大きな精神的ストレスを与える。

韓国の成均館大学の研究者らの報告*1によると、乳癌患者168人中、93人(55%)は化学療法による脱毛症を苦痛と感じていた。このような患者では、幸福度のスコアが低く、鬱症状のスコアが高かった。
●癌患者に無償で提供されるウィッグ

http://expres.umin.jp/mric/mric_2018_079-1.pdf

左からディピカ・スレスタ、シャーマ・スリスティ、筆者。ネパールのトリブバン大学教育病院のNICU にて。2018年2月11日
日本では化学療法を受ける患者さんに医療用ウィッグ(かつら)を提案することが一般的だ。

の門病院で働いていた時、化学療法で脱毛を経験した当時28歳の女性が、退院後にウィッグを被って病棟に会いにきてくれた時の彼女の嬉しそうな笑顔が忘れられない。

全く違和感なく、美しい女性という印象だった。ウィッグが彼女に与えた影響は少なくないだろう。

スレスタさんは「ネパールでは病院の中で看護師が医療用ウィッグの相談をしてくれることはなく、さらにネパールでは、ウィッグは人工で作られた安くて質が劣るものしか見たことがない」と話す。

説明をしてくれた担当看護師によると、人毛で作られる医療用ウィッグの中には、ボランティアが提供してくれた髪の毛によって作られ、がん患者に無料で提供されているウィッグもあるそうだ。

スレスタさんは髪の毛の寄付という活動に感銘を受けたそうだ。

彼女はネパールに帰った後、髪の毛の寄付について、同じNICU病棟で働く同僚に話した。するとその中の1人、シャーマ・スリスティさんという25歳の女性看護師が自分も髪を寄付したいと申し出てくれたそうだ。

先々月に私が共同研究の打ち合わせでネパールを訪問した時に、スリスティさんを紹介してもらった。彼女は、彼女自身のカットした長い髪の毛を、私に託してくれた。
●ネパール人女性の長い髪が日本の患者に

http://expres.umin.jp/mric/mric_2018_079-2.pdf

そして、「神奈川県立がんセンターの患者さんのためにこれでウィッグを作ってほしい」と言ってくれた。

樋口さんはスリスティさんの気持ちに応えようと、患者支援センターの担当者や医療用ウィッグの業者に問い合わせてくれた。

結果的にスリスティさんの提供してくれた髪の毛はグルーウィングという会社が行っている「つな髪」(参照=http://www.organic-cotton-wig-assoc.jp/)というサービスを利用して、日本でがん治療をしている子供に無償で届けられることになった。

このことを知ったスリスティさんは「自分の髪の毛が日本の子供のために役に立てて本当に嬉しい」と顔をほころばせた。

神奈川県立がんセンターの樋口さんは「神奈川県がんセンターの患者さんへというお気持ちに応えられなくて残念でしたが、ネパールから私たちの病院の患者さんを思ってくれた優しいお気持ちに感謝します。看護師たちに伝えます」と話す。

ネパール人女性は髪を長く伸ばしている人がほとんどだ。ネパールでは髪の短い女性は珍しい。スレスタさんによると、ヒンドゥー教徒の女性にとって、長い髪は女性の美しさと誇りを表すそうだ。
●急速に進む日本とアジアの交流

30センチ以上も切って寄付してくれた25歳のスリスティさんの勇気と優しさを日本の多くの人に知ってもらいたい。

今回、スレスタさんとの交流をきっかけに良いご縁をいただいた。髪の毛を寄付してくれたスリスティさんの思いは、きっとどこかで治療を受けている日本のがん患者の役に立つだろう。

急速にグローバル化しつつあるアジアとの交流はつくづく面白いと思う。

今回の経験を通じ、ネパールの多くの女性のがん患者が脱毛症に悩んでいることを知った。ネパールを次回訪問するときには、日本製の医療用ウィッグを持参したい。

日本の企業にも協力を依頼するつもりだ。その際には、是非、御支援をいただきたいと願っている。

参考

1, Choi EK, Kim IR, Chang O, et al, Impact of chemotherapy-induced alopecia distress on body image, psychosocial well-being, and depression in breast cancer patients. 2014, Psycho-Oncology 23: 1103ー1110

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