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Vol.083 原発事故と避難:今も解決しない大問題 -高齢者はとどまり健康被害を多発、若者は地元を離れる-

医療ガバナンス学会 (2018年4月18日 06:00)


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この原稿はJBPRESS(2018年4月6日配信)からの転載です。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52761?page=4

森田 知宏

2018年4月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

福島第一原子力発電所の事故から7年が経ったが、福島県では現在も5万人以上が避難生活を続けている。

今回の災害では様々な避難指示が発令された。

例えば南相馬市は、2011年3月15日に発令された避難指示によって、警戒区域(原発から20キロ圏内)、屋内退避区域(原発から20~30キロ圏)、それ以外の地域(原発から30キロ以上離れた地域)の3種類に分けられた。

これらの避難指示は住民の放射線被曝を防ぐため、空間放射線量・原発からの距離を元に設定されたものだ。
●実は大量の自主避難者が発生していた

しかし、私たちが行った調査では、避難指示の意図に反して大量の自主避難者がいたことが明らかになった。

屋内退避区域の住民の87%(35178/40773)、原発から30キロ以上離れ避難指示が出ていない地域の住民の87%(9622/10955)が避難を経験していた。

この推計は坪倉正治医師らが南相馬市で行っている内部被曝調査での問診表を基に、震災直後の南相馬市民の避難状況について調べたものだ。

なお全文は、米科学誌PLOS ONE(プロスワン*1)に掲載されている。

本調査は、南相馬市の事故直後の人口動態について明らかにし、今後の原子力災害対策への検討を行うことを目的として行われた。

調査結果からは、屋内退避指示が招いた大混乱が窺える。

悪化する原発の状況をニュースで見ていた住民は、「屋内退避指示」が発令されると『やっぱり危ないじゃないか』と不安に感じた。

さらに配送業者などは、職員をむやみに危険に晒したくないと考えた。そして、屋内退避区域への食料、ガソリンの配送が止まり、病院でさえも食料が不足する事態となった。

この状況についてはメディアでも報道されているが、英文論文でも、星槎大学・児玉有子教授が病院関係者に行った綿密なインタビュー*2がまとめられている。
●約9割の住民が避難

こうした混乱が、約9割の住民が避難する状況へと繋がった。

また、避難指示が出ていない地域でも、隣の区画の住民が大量に避難するのを見て、住民の不安が伝播した可能性がある。

自主避難では、自治体が各自の避難先を把握できないため、避難の支援物資が届かない、避難元自治体からの情報を受け取れない、などの問題がある。

さらに、避難自体が健康を悪化させる可能性もある。特に、介護を要するような高齢者では、避難自体が体への負担となる。

東京大学・野村周平助教らによる研究によると、南相馬市内の介護施設に入所中で避難を経験した高齢者は、震災前よりも死亡率が2.7倍高かったことが明らかになっている*3。

一方で、地域にとどまった人はどのような人々だったのだろうか。

私たちは、住民全体の13%にあたる、自主避難後に地域にとどまった住民の特徴について調べた。すると、大きく2つのタイプに分かれていた。

まず、最も地域にとどまる傾向が強かったのは、40~64歳の男性である。

例えば南相馬市で建設会社の社長を務める石川俊氏は、「私たちは地域に密着していますから、他の所に行くと仕事を失ってしまう。家族は避難させましたが、私は残る以外に選択肢がなかった」と語る。
●65歳以上の高齢者も残る傾向が高い

このような仕事や立場上地域との結びつきが強い男性が、家族を避難させた後に自分は残った、というのは典型例だ。

避難した後も長引いた避難生活で疲労し「早く仕事に戻りたい」と、石川氏の呼びかけに応じて戻ってきた社員もいる。

石川氏の会社と協力会社の社員(すべて45歳以上の男性)は県の災害対策本部の要請により、民間企業では初めて20キロ圏内に立ち入り、不明者捜索と瓦礫撤去の仕事を続けた。

次に残る傾向が大きかったのは65歳以上の高齢者である。

世帯別では、高齢者のいる世帯が、そうでない世帯よりも1.2倍地域にとどまる傾向が高かった。逆に、6歳未満の子供がいる世帯では、未就学児童がいない世帯に比べて地域にとどまる傾向が0.6倍と低かった。

避難の際に高齢者が被災地へとどまりがちなのは、他の災害でも報告されている。移動手段や情報収集不足という面もあるが、避難による環境変化を好まないなどの理由もある。

住民の約1割がとどまるなか、健康問題が発生した可能性がある。

実際に私たちは、避難せずに残った78歳の独居男性が、社会的孤立からアルコール依存症を悪化させた例を報告した*4。

大量の住民がいなくなった地域では、近所づきあいや交友関係を失い、社会的孤立に陥りやすい。こうしたソーシャル・キャピタルを失った結果、精神疾患、身体疾患を悪化させたことが原因と考えられる。
●屋内避難は一時的なもの

もともと屋内退避指示は、放射線被曝を避けるためには有効な対策として知られている。

しかし、それは災害直後に一定期間で行うことで効果を発揮するものであり、今回のように長期間にわたって屋内退避指示を出すことは想定されていなかった。

終わりのない屋内退避指示は、大量の自主避難を招き、健康被害が広がった可能性がある。

今後の原子力災害対策では、大規模な自主避難が発生することを念頭に置くべきだ。

そして、整備物資の輸送ルートの確保や、残った住民の孤立予防対策、自主避難した住民の避難環境整備などを行う必要がある。

*1=http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0194134

*2=https://www.cambridge.org/core/journals/disaster-medicine-and-public-health-preparedness/article/impact-of-natural-disaster-combined-with-nuclear-power-plant-accidents-on-local-medical-services-a-case-study-of-minamisoma-municipal-general-hospital-after-the-great-east-japan-earthquake/F5CA5B27C9D8CDCB001E3C1E9FD5B966

*3=http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0060192

*4=http://casereports.bmj.com/content/2015/bcr-2015-209971.abstract

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