医療ガバナンス学会 (2010年2月3日 11:00)
~ドラッグ・ラグが深刻化した場合の責任はだれにあるのか~
卵巣がん体験者の会スマイリー
代表 片木美穂
2010年2月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
【はじめに】
卵巣がん体験者の会スマイリーは2006年9月、プラチナ抵抗性の再発卵巣がんの治療薬「ドキシル」「ゲムシタビン」「トポテカン」の早期承認を求めて結成された患者会です。2007年4月に署名2万8603筆、2009年1月に署名15万4552筆を厚生労働省に提出し、ドラッグ・ラグ解消を働きかけ続けてきました。
2009年4月にドキシルがやっと承認され、現在多くの患者さんがドキシルの投与をしています。卵巣がんは再発すると極めてキュア(完全に腫瘍が消滅する)ことは難しいのですが、治療の選択肢が増えれば、それだけ治療を繋ぎ、1日でも家族のそばに長くいることができます。
私たちが求めている抗がん剤は「未承認薬」ではありません。日本で他の部位(癌種)に承認されているのに卵巣がんには承認されていない、いわゆる「適応外」の治療薬です。
先日、ゲムシタビンが、2月にも「再発乳がん」に対して適応追加されるというニュースが飛び込んできました。1999年の非小細胞肺がんの適応承認につづき、膵がん、胆道がん、尿路上皮がんと承認され、5番目の適応追加となります。
それでも卵巣がん患者は使えません。現在は診療科の枠を超え、外来で化学療法を受けることが増えてきたので、「隣のベッドの非小細胞肺がんの患者さんがゲムシタビンを使っているのに、どうして自分には使えないのか!日本にゲムシタビンが無いならまだしも、隣のベッドに治療薬があるのに使えないなんて!」という患者の悲痛な声が届いています。
2月8日に、厚労省で「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議(有識者会議)」が開催されます。この件に関して、「中央社会保険医療協議会(中医協)」での議論(※1)が、額面通りに有識者会議で審議されると大変なことが起きるのではないかと、ドラッグ・ラグに向き合う患者会として大変心配しています。
【日本の治療薬の承認とPMDA】
まず、日本では、治療薬は、厚労省医薬局が承認し、保険局が保険適用した後に使われます。
承認申請方法は、主に「通常の申請(治験をする)」「ブリッジング(少数の治験)」「104号通知(二課長通知、海外のデータなど公知の事実で申請)」などがあります。
驚いたことに、二課長通知は、企業が「二課長通知で申請させてほしい」と頼むのではなく、研究開発振興課長と審査管理課長が「二課長通知で申請しなさい」と指示してくるものだそうです。研究開発振興課長と審査管理課長が治療薬の知識においてどのような資格をお持ちなのかわかりませんが、通知を読んでみてもその基準が明確ではなく、とてもわかりづらいです。
二課長通知以外で申請する薬は、治験が必要です。そして、治験薬は「医薬品医療機器総合機構(PMDA)」に承認申請され、PMDAはそのデータをもとに承認審査されます。
先にご紹介した中医協(※1)の議事を読んでみると、治療薬は年間およそ70成分が承認されています。治療薬はすべてが承認されるわけではなく、承認取り下げになるものもあるので、実際はもう少し多くの薬を審査官は審査し承認の可否を判断していると推測されます。PMDAのWebサイトに公開されている資料(※2)の54枚目をみると、年間およそ80品目以上の申請があり、現在審査中のものが150あります。
【長妻大臣に期待】
これまでドラッグ・ラグ問題と向き合ってきて感じるのは、PMDAにお勤めで実際に審査にあたられている職員の方は決して能力がないわけではなく、医療現場にもどったなら即エースになるような人が多く少数精鋭で本当に素晴らしい努力をされていることです。
しかし、厚生労働省から天下りをしているようないわゆる厚生労働省OBなどがいることも指摘され、「審査の邪魔」をしているように見受けます。長妻大臣は、独立行政法人の見直しをされたと最近報道されていますので、その手腕に大変期待をしています。
本当に能力のある人が能力を発揮し、審査が進むPMDAにしてほしいと心から願っています。
【新薬創出加算(薬価維持特例制度)】
「ドラッグ・ラグ」の問題に、製薬業界が何も手立てを考えていないわけではありません。
製薬業界は、一つの解消策として「薬価維持特例制度」を提案してきました。私も「これからの新薬創出には必要な制度」だと認識し、大変応援しています(※3)。
今回、中医協で「新薬創出加算」という名前に変って、暫定的に導入されることになりました。細かく見ると、厳密な薬価維持ではないことから薬価疑似特例かなと思ってしまいますが、それでもひとつの手立てが行われることはとても大きな一歩です。
しかし、この制度だけでは古くからラグになっているような治療薬まで開発できるかというとかなり難しいのではと思っており、後述しますが適応外医薬品などは新たな対策が必要だと考えています。
【適応外医薬品は当初補正予算の対象だった】
適応外医薬品は、2009年8月17日まで関連学会や患者会からの要望を広くパブリックコメントで募集され、未承認薬92件、適応外医薬品284件の要望があがっていると、審査管理課が2009年11月16日の「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会(薬害肝炎委員会)」で報告しました。
実は、このパブリックコメントには降ってわいたような予算が当初付けられていました。2009年6月18日に開催された「第21回未承認薬使用問題検討会議」でのことです。
医薬食品局審査管理課長が「5月の末に成立した補正予算の中で,未承認薬・適応の開発支援として7百数十億円,また,それらの薬の審査を急ぐ費用として40数億円,合わせて800億円弱の基金をつくって,3年間集中的にこれに取り組むということにした。」という発言をしたところからはじまります。その予算のうち,100億円に関しては厚生労働省「未承認薬検討会議」で開発が必要だと認められながらも着手できなかった12品目の開発費用として使い,残りの予算を「8月17日まで募集されたパブリックコメントで集められた開発を希望する医薬品の中より,検討する」という報告されています。
しかし、10月6日、長妻厚生労働大臣が「開発品目が決まってないものに金を出せない」ということで、開発が決まっていない653億円を執行停止しました。先の総選挙で「脱官僚」「無駄をなくす」という民主党に賛同して多くの支持をうけたのだから、この大臣の判断はとっても素晴らしかったと思っています。
ここで私は、長妻大臣が「適応外の問題は薬事と保険の問題だと気づいた」と思っていたのですが、その後、国会で「有識者会議で選別して本予算で」と言っているのを聞いてズッコケてしまいました。
そんなこんなの二転三転したパブリックコメントですが、11月に各企業へ見解の提出を求められ、更にそのあと、もう一回企業の意志を確認しているようです。
中医協の議論(※1)からもうかがえるように、2月8日に開催される「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議(有識者会議)」では有識者により、パブリックコメントの要望と企業の見解を元に「二課長通知で半年以内に申請する」のか「治験届を1年以内に出させる」のかの分類がなされるのでしょう。
【新薬創出加算の紐付きに】
中医協の議論(※1)を追っていてビックリしたのは、この新薬創出加算と有識者会議が紐付きにされていることです。つまり「製薬企業は新薬創出加算を受けたかったら、有識者会議の言うことを聞いて治験しろ」ということになっているのです。
これを問題の本質を知らない人が聞いたら、「じゃあ申請してもらえるんだから承認も進むわね」「治験してもらえるならよかったじゃない」というと思いますが、この紐付き制度をドラッグ・ラグと真剣に向き合っている人たちが聞いたら「それはまずい!」と口をそろえて言います。
先にも記載したとおり、年間80の治療薬が承認を求めて申請され、年間70の治療薬が承認されています。そして現在150もの治療薬が審査を待っています。
自動車で表現すれば、「毎年高速道路に80台の車が通行をしたいとやってきます。しかし高速道路を通過できるのは年間70台です。しかもすでに150もの車が順番待ちをします。」というのが今の日本の治療薬審査の現状です。この紐付きの制度は、更にこの高速道路に「半年以内に二課長通知で申請を出せ」と言われた治療薬が、まず暴走車のように利権を求めて突っ込んできます。更に「1年以内に治験開始しろ」といわれた車が、治験相談だといって窓口に殺到します。単純に考えても300もの薬が我先に利権を求めて飛び込んでくるのです。
いくら有能なPMDAの方が、この治療薬の問題を捌くとはいえ皆さんに状況がわかると思います。
これではドラッグ・ラグ解消どころか、ものすごい深刻化するのではと心配になるのはあたりまえじゃないでしょうか。
パブリックコメントで要望が出されている治療薬は、これまで何らかの理由で着手できていないものも少なくありません。そんなものにいきなり「半年」とか「1年」と期限をつきつけられ、企業が申請できるでしょうか。「新薬創出加算を諦めるかわりに治験もしない」という企業が出てくるかもしれませんし、現在普通に申請を目指して治験している治療薬や、海外と一緒に治験している治療薬が煽りをくって、日本だけやむを得ずストップするかもしれないという事態が起き、「ホントに必要な薬が宙に浮く」ということになりかねません。
ドラッグ・ラグを解消するために、ドラッグ・ラグが深刻化したら一番困るのは患者です。
これまで「未承認薬使用問題検討会議」や「抗がん剤併用療法に関する検討会」が都度開催されてきましたが、これらでドラッグ・ラグの根本的解決に至ってないのは明らかです。
ドラッグ・ラグを解消するのは、本当に有識者会議なのでしょうか。
【ドラッグ・ラグは保険を認めれば解決する】
じゃあどうしたらドラッグ・ラグ解消できるのか。
私は昨年11月16日にヒアリングを受けた薬害肝炎委員会にヒントがあります(※4)。
この委員会での小野俊介先生(東大薬学部)と堀 明子先生(帝京大学腫瘍内科)の発言に注目していただきたいのです。
日本では、すぐに「海外で承認されているもの」という基準で治療薬を見ます。でも、海外では保険制度が、自らその妥当性を判断するという仕組みが当然のようにあるため、日本みたいに「はい、薬事法にのっとって何でもかんでも治験してください」という制度じゃないのです。
この「何でもかんでも薬事法」のマジックにひっかかってはいけません。
日本のお医者さんたちは保険医が大半ですから、医師の療担規則にのっとって保険支払いが認められた治療薬しか使えないのです。つまり「保険支払い」を認めてしまえば、承認されようがされなかろうが、なんの問題もないのです。
役人は保険支払いというお金の問題を、「薬事法」や「薬事承認」にすり替えているのです。
「保険を認めればいい」だけなのに、薬事に縛られるから、「何が何でも申請させないと」という企業いじめになるのです。そしてその被害を患者がまともに受けます。
歴史をさかのぼれば昭和55年通知というものがあります(※5)。
日本医師会長が武見太郎氏の時代に、橋本龍太郎大臣に認めさせたと言われる、「55年通知」は、薬事承認された適用の他にも、薬理作用に基づいて処方した場合(海外データがあるなど医学的に効果があると医師が判断したもの)は、保険適用を認めてよい、という内容です。
この通知は現在も生きていますが、無視され続けています。30年も前に薬事と保険を分けるべく通知がでているのに、その約束を厚生労働省が守っていないのです!私が小学校に入学する年の通知です。信じられません!
少なくとも2007年9月21日に、社会保険診療報酬支払基金が47品目を未承認ながら保険適用を認めていることからもわかりますし、実際にその時に通達として出された保医発第0921001号には55年通知のことも記載されています。保険局医療課は「薬事承認がないと保険は認められない」と言い張るかもしれませんが、前例はしっかりあるのです。
【薬害被害の対策は「事前の審査」より「事後の対策」】
私は、何度もご紹介している薬害肝炎委員会にヒアリングに呼ばれた時に、「薬害被害者の方を盾にされてドラッグ・ラグ解消が悪いかのような扱いを受けた」ことを話しました。
残念ながらインターネットで少数のメディアが報じただけですが、このヒアリングを機に薬害被害者のみなさんとお話しをすることもでき、同じ薬事行政の被害者だと改めて認識しました。実際に、こちらの委員会では適応外医薬品のありかたについては、第一次提言などに記載されており、一緒に適応外について考えていく存在だと思っています。
先に「保険支払いをすること」がドラッグ・ラグの解消の手段である旨をお話しさせていただきましたが、そこでネックになるのが「安全性」の問題だと思います。
では、抗がん剤の治験で、一体何例の被験者が治験を受けているのでしょう。その数は最低限の被験者であり、実際に承認された後、何千人という患者さんがその治療薬で治療を受けるのです。
例えば被験者が数百人だったとしたら、数千分の1の確率で起きる重篤な副作用は見逃されます。以前、ネクサバールの発売後に、ブルーレターが出たように、承認された後、見つかる副作用も少なくないのです。
事前の審査で防止できる副作用も大切ですが、それは例えば他の癌種に承認されていたり、海外のエビデンスでもある程度把握できるだろうことだと思います。それより大切なのは承認された後に「しっかり副作用情報を集積し報告を義務付け、予期せぬ副作用が出たときには早急に関係機関に周知する」というシステムなのではないでしょうか。
きっとそれは薬害被害者のみなさんも、私たちドラッグ・ラグ被害者も双方が必要と認めるもののような気がしてなりません。つまり、私が思う解決策に、薬害被害者のみなさんたちのこともしっかりと入っています。
【こんな治療薬にも治験は必要ですか?】
たとえば、卵巣がんの初回化学療法で、パクリタキセルのWeekly投与をパブリックコメントで出しました。
現在、卵巣がんにはパクリタキセルは3週ごとで承認を受けています(乳がんはWeeklyで承認されています)。婦人科悪性腫瘍化学療法研究機構(JGOG)が、600人以上の日本人の卵巣がん患者に対して、従来の3週ごととWeekly(毎週投与)とランダム比較試験をした結果、無増悪の期間が10カ月以上の差が開いたという結果がでています。再発したら極めてキュアが難しい卵巣がんにとって、初回治療は徹底的に癌を叩きつぶすべし!と婦人科腫瘍医ならだれもがいうと思います。
その初発の治療に対して、同じパクリタキセルとカルボプラチンの併用なのに、パクリタキセルを毎週投与するだけで10カ月もの差があったのです。予後が厳しい卵巣がん患者にとっては、この結果はものすごく大きなものであります。すでに承認されているパクリタキセル。でも使い方が違うだけでもまた治験しないとダメなのでしょうか。
JGOGは質の高い臨床試験を行っており、しかも登録症例が600例以上(治験では考えられないような数字)です。更に、ASCO(アメリカ臨床腫瘍学会)では、2008年にBEST of ASCOに選ばれる発表になっており、医学誌では最高のLANCETにも論文が紹介されています。日本人が600人も参加し、日本で行われた臨床試験で、LANCETでも評価を受けたにも関わらず、日本では治療に使えないなんて世界中の笑われ者です。笑われ者どころか、再発したら極めて予後の悪い卵巣がん患者からすると、10カ月の無増悪の延長があるのに、使えないなんて命を不作為により削られているのと同じです。
また、冒頭にご紹介したゲムシタビンも5つ目の適応となるのに、それでも「卵巣がんの安全性を確認するための治験」が必要なのでしょうか。ましてや、ゲムシタビンは多くの医療機関で卵巣がんに対する適応外使用をあたりまえのようにしています。治験になれば薬事法の管理下におかれ、適応外使用を制限される可能性もあり、現在ゲムシタビンを使っている患者さんはどうなるのでしょう。こういった治療薬こそ有識者会議ではなく保険支払いすべきです。
【最後に】
有識者会議が持たれると初めて耳にした時には、「ドラッグ・ラグを解消するための方法を考える会議」だと期待していましたが、「新薬創出加算を企業が受けるための紐付き」であり「なぜここまでドラッグ・ラグが深刻化したのか考える場所ではなさそうだ」というが中医協で嘉山孝正先生(山形大学)が投げかけてくださった質問(※1)からわかりました。
ドラッグ・ラグ解消を謳いながら、ドラッグ・ラグが深刻化したら一体誰が責任をとるのでしょうか。また、これまでどおり製薬会社とPMDAに責任をなすりつけるのでしょうか。
学会や患者会が出した要望が通らなかったときには、誰に意見を言えばいいのでしょうか。選ばれる委員の先生たちは、そういった身近な医師や患者からの意見をうけプレッシャーに耐え、冷静な判断ができるのでしょうか。
「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議(有識者会議)」では治療薬の仕分けではなく、どうして医療上必要性が高い薬を患者がつかうことができないのか、検討していただきたいということ、そして薬事と保険は別で考えること…、もし「政治介入」という言葉があるのであれば、政治家のみなさんにはぜひここの部分こそ介入してほしいと願います。エビデンスがあるのに適応外だから治療薬を使うことができず苦しむ多くのがん患者の命を助けることになります。
2月8日はぜひぜひ皆さんの目でこの問題を見極めるために有識者会議に注目してください。委員の人選にも注目してください。
※1:http://lohasmedical.jp/news/2010/01/30132716.php
※2:http://www.PMDA.go.jp/guide/outline/report/file/20-2bunsyohen.pdf
※3:http://ransougan.e-ryouiku.net/bookfile/media073.pdf
※4:http://lohasmedical.jp/news/2009/11/17112544.php?page=1
※5:http://www.sypis.jp/goui.pdf