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Vol.123 過呼吸が「伝染」するのはなぜ? 女性が注意したい「過換気症候群」のメカニズム

医療ガバナンス学会 (2018年6月18日 06:00)


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https://dot.asahi.com/dot/2018052100063.html

この原稿はAERA dot.(5月23日配信)からの転載です

山本佳奈

2018年6月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

日々の生活のなかでちょっと気になる出来事やニュースを、2人の女性医師が医療や健康の面から解説するコラム「ちょっとだけ医見手帖」。今回は、夏にかけて気をつけたい「過呼吸」について、NPO法人医療ガバナンス研究所の内科医・山本佳奈医師が「医見」します。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2018_120.pdf

【写真】女子高校生7人が救急搬送されたときの新橋駅前SL広場の写真はこちら

*  *  *
先日、JR新橋駅前SL広場で、遠足で都内に来ていた横浜の女子高校生7人が過呼吸の症状を訴え、救急搬送となった出来事がありました。集合時間に遅れてしまった生徒を教員が注意したところ、遅れてきた生徒を含む7人が「過換気症候群」を引き起こし、次々に倒れてしまったのです。

私も、救急当直や救急外来をしているときに「過換気症候群」の症例を経験したことがあります。ある20代女性は、同僚や先輩と飲酒をしていた時に急に体調不良を訴え「過換気症候群」として救急車で運ばれて来ました。また、交通事故で救急搬送となった患者さんの母親や姉妹が、救急外来の待合室で過呼吸状態になり、「過換気症候群」と診断したケースもありました。医学生のとき、救急科の当直実習の夜に搬送されてきた過呼吸状態の女性を見た時の衝撃は今でも忘れられません。

過換気症候群は、救急の現場では頻繁に遭遇する病態の一つです。集団で発症し、緊急搬送されたという報道も、実は今回が初めてではありません。そんな「過換気症候群」についてわかりやすく説明したいと思います。

■過換気症候群の約95%が恐怖の症状を訴えた報告も

過換気症候群とは、「呼吸機能は十分に保たれているにも関わらず、何らかの原因により過呼吸の状態になり、血液の酸と塩基のバランスが崩れ様々な症状を来たす状態」です。息を過剰に吸ったり吐いたりすると、血液中の二酸血化炭素の濃度が減少し、酸素の濃度が上昇します。すると、呼吸を調整している呼吸中枢が、「酸素は十分あるからと呼吸しなくていいよ」というシグナルを発し呼吸を抑制させてしまい、「呼吸ができない、苦しい」と感じ、さらなる呼吸を生み出すのです。これが、過換気症候群のメカニズムです。
最も古い報告は、1861年から1865年にかけて行われた「南北戦争」にさかのぼります。戦場で、多数の兵士たちが不安や緊張から動悸や息切れ、呼吸困難などを訴えたのでした。現在、過換気発作の誘引の多くが、不安や緊張、恐怖、パニック、ストレスだと言われています。2015年のオーストリアのPfortmueller医師らの報告によると、過換気症候群を認めた男女616名中586名、なんと95.1%もの患者さんが恐怖の症状を訴え、35.7%がストレスを訴えていたと言います。他に、同年、JR東京総合病院救急部門の山口陽子医師らは、2009年から2012年の3年間で過換気症候群と診断した653名において、嘔吐や腹痛、めまい、胸痛、動悸、頭痛、発熱も過換気発作を引き起こす誘因として認めたと報告しています。

過換気症候群はどのような症状を引き起こすのでしょうか。先ほどのPfortmueller医師らの報告によると、過換気症候群を認めた男女616名のうち、61.5%に感覚異常を生じ、49.7%にめまい、28.7%に胸部痛を生じたといいます。他にも、呼吸苦、しびれ、嘔気、腹痛、嘔吐、意識消失、頭痛、動悸といった症状を呈することも報告されています。こうした身体の症状は、患者の不安をより一層高め、交感神経が緊張することでさらに過呼吸を引き起こし、時に激しい全身のけいれんや無呼吸状態を伴うこともある、とAndrews医師らは言います。

■20代女性に多く見られる過呼吸。季節も関係する?

ところで、過換気症候群を生じやすい年齢や性別があるのを、ご存知でしょうか。実は、男性よりも女性に多く見られ、また10代から20代にかけて最も多く見られることが知られています。先日の新橋での救急搬送も、女子高校生の若年女性でしたよね。2013年に神戸市立医療センター西市民病院の大倉隆介医師らは、2004年から2010年で過換気症候群と診断されたた474名中、女性は389名と全体の82.1%を占めていたと報告しています。また、男女ともに20代が全体の33.8%を占め、最も多かったといいます。

では、過換気症候群を生じやすい時間や季節はあるのでしょうか。神戸市立医療センター西市民病院の大倉隆介医師らは、受診時刻は午前よりも午後に多く、特に夕方から深夜にかけての受診が多かった、また夏に多くて冬に少ない傾向にあったと報告しています。一方、JR東京総合病院救急部門の山口陽子医師らは、9~12時が最も搬送件数が多く、ついで12~15時が多かった、月別では7月が最も多かったと報告しています。発症しやすい時期や季節については、さらなる調査が必要と言えるでしょう。

最後に、過換気症候群はどうして集団で起きるのでしょうか。冒頭でも申し上げたとおり、過去にも集団発生した過換気症候群について、いくつか報告がなされています。

2013年6月 兵庫・上郡高校の女子生徒18人が過呼吸などで救急搬送
2014年6月 福岡・柳川高校の女子生徒26人が過呼吸などで倒れ救急搬送
2017年4月 千葉・幕張メッセで開かれていた人気ロックバンド「ONE OK ROCK」のコンサートで、21人が過呼吸などで救急搬送
2017年11月 岡山市内の小学校体育館内で、合唱の練習中に児童25人が過呼吸のような症状などで緊急搬送

呼吸が速く、荒くなるという過呼吸状態は、もともと動物としてのヒトが危機的状況に陥った時に自律神経が興奮することに由来します。過呼吸状態は、その人が危機的状況にあることの最も明確なシグナルとして機能するのです。そして、そのシグナルは、他者に迫ってくる危機を警告する意味も持ち合わせているという可能性をBrune氏は指摘しています。つまり、過呼吸が緊急事態の警告としてのシグナルとして機能した場合、それを見た人は同じ危機反応として過呼吸を生じ、過呼吸の伝染、過換気症候群の集団発生を引き起こす、と考えられているのです。

過換気症候群は、意識的に呼吸をゆっくり行う、または止めることで症状が改善します。できるだけ安心させてあげ、ゆっくり呼吸するように指示することで、短時間のうちに自然に軽快することが多く、予後も一般的に良好です。

ちなみに、パニック障害の症状としても過呼吸が生じることはあります。けれども、過換気症候群の原因の多くがストレスによるものであるのに対して、パニック障害はストレスなど心理的な理由なく、突如として強い恐怖や不安を感じ、動悸や発汗、息切れや胸痛といったパニック発作を伴い、またその発作が繰り返されます。間違えやすいので気をつけてくださいね。

私たちは、社会生活を送る限り、ストレスや不安、緊張状態からは切っても切り離すことができません。普段無意識に行っている呼吸ですが、不安や緊張を感じたときは、ゆっくり深呼吸してくださいね。

◯山本佳奈(やまもと・かな)
1989年生まれ。滋賀県出身。医師。2015年滋賀医科大学医学部医学科卒業。ときわ会常磐病院(福島県いわき市)・ナビタスクリニック(立川・新宿)内科医、特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所研究員、東京大学大学院医学系研究科博士課程在学中、ロート製薬健康推進アドバーザー、CLIMアドバイーザー。著書に『貧血大国・日本』(光文社新書)

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