医療ガバナンス学会 (2018年7月3日 06:00)
NPO法人医療制度研究会
理事 平岡諦
連絡先:bpcem721@tcct.zaq.ne.jp
2018年7月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
●原点とすべきは、過労自死した中原利郎医師の最高裁・和解条項:
2010年7月8日、最高裁で和解が成立した。過労自死した中原利郎・小児科医の遺族が、勤務していた病院を訴えた裁判だ。和解の趣旨をまとめると次のようになる。「我が国におけるより良い医療を実現するとの観点から和解が勧告され、医師不足や医師の過重負担を生じさせないことが国民の健康を守るために不可欠であることが確認されて、和解が成立した」のである。
「より良い医療」とは勤務医のより良い医療環境の確保だけでなく、医療安全も確保された医療ということだ。遅ればせながら、日本学術会議も動いた。
2011年9月、日本学術会議は「病院勤務医師の長時間労働の改善に向けて」という提言を行った。そこでも、医師の長時間労働は業務遂行能力の低下や医療事故の誘因となることが多くの研究で示されている、としている。これらが、さらに医療法の改定につながった。
2014年の医療法改定で、「医療従事者の勤務環境の改善」が病院等の管理者の努力義務として追加された。第30条の13:病院又は診療所の管理者は、当該病院の勤務環境の改善その他医療従事者の確保に資する措置を講ずるよう努めなければならない。
なお、2008年の医療法改定で、すでに「医療の安全の確保」の項が追加されている。やっとここで「医療安全」と「勤務医の長時間労働」に対する病院等の管理者の努力義務がそろったことになる。原点は、最高裁・和解条項を勝ち取った、過労自死した中原利郎医師の遺族たちの闘いである。
●応召義務より医療安全が優先:
結論を先に述べる。過重労働にある勤務医は、招かれても患者を診てはいけない。その理由は、医療ミスで患者に害を与えないためだ。
最優先の医の倫理は何か、それは「First, do no harm. まずは、患者に害を与えるな」である。故意はもちろん、過失にしても患者に害を与えてはいけない、すなわち、医療ミスを起こしてはいけない。それがFirst第一位の医の倫理だ。その違反には直接に過失致死傷害罪という刑法が働くくらい、重要な倫理なのだ。過重労働にある勤務医は、応召義務という洗脳に振り回されてはいけない。残念ながら、洗脳の先頭に立っているのが次に述べる日本医師会だ。
●勤務医を守らない日本医師会:
応召義務という洗脳で、勤務医を過重労働に呪縛している元凶が日本医師会だ。2017年3月29日の定例会見で、日本医師会は「働き方改革実行計画」に対する見解として次のように述べている。「応召義務について、勤務時間規律に抵触しようとも、目の前の患者を救ってほしいというのが多くの国民の思いであり、医療者の思いである」。
「勤務時間規律に抵触しようとも」、この言葉が、勤務医の過重労働を招く悪魔の一言である。勤務医の過重労働が何を招くか、それは過労死・過労自死とともに医療ミスである。日本学術会議の提言が指摘しているように、これはevidence-basedの事実である。
見解はまた、次のようにも言っている。「多くの患者さんや国民から『医師が労働者であるということには違和感がある』との声をたくさん頂いた」。「この機会にそもそも医師の雇用を労働基準法で規律することが妥当なのかについても、抜本的に考えていきたい」。
日本医師会がどのように考えようが、日本の法律は、研修医を含め医師を労働者と捉えている。研修医ですら労働者と断じたのが、2005年の関西医科大学附属病院・研修医の過労死に関する最高裁判断である。ただ、労働の対象が特異的、すなわち患者と呼ばれる人間を対象にしているにすぎない。だからこそ、医療安全を第一に考えなければならないのだ。
日本医師会の、この見解の延長線上にあるのが、今年(2018)4月に出された、日本医師会・医師の働き方委員会の答申「医師の勤務環境のための具体的方策―地域医療体制を踏まえた勤務医の健康確保策を中心に」である。
答申をまとめると次のようになる。応召義務に関しては、「医師個人の義務として、一般外来や救急外来を担当する医師は、病院から命ぜられた勤務時間においては、患者を診察する義務がある」と述べ、勤務時間に関しては、「時間外労働時間上限(医師の特別条項)を設け、さらにそれに各地域等の事情を考慮して『特例』を設定する」としている。
要は、現状に合わせて医師の特別条項・特例を設定すると言うことである。病院が「特例」(もちろん長時間労働)を設定し、勤務医に命ずれば応召義務があるからそれに従えと言っているのである。したがって答申は、決して「勤務医の健康確保策を中心」にしているものではいない。地域医療という「公益」に名を借りた現状の追認、勤務医の過重労働の追認に過ぎない。
見解、答申から見て、日本医師会に欠けている認識は、医師の過重労働が医療ミスを招くという事実である、すなわち医療安全の観点である。今後、労働時間設定改善委員会等で議論されるのであろうが、医療安全を第一に考えなければ、勤務医を守ることにならない。勤務医部会を持つ日本医師会だが、勤務医を守ろうとする意志が見えない。
●呪縛から解放へ:
勤務医は労働者である。労働の対象が、患者という名の人間だから、医療安全を第一にしなければならない。過重労働が医療安全を脅かすことも明白な事実だ。研修医の過労死、中原医師の過労自死などなど、多くの犠牲の上にこれらが明らかにされてきた。この流れに抵抗しているのが日本医師会であることは上述したとおりだ。
呪縛から解放されるために、現場の医師が為すべきことをまとめる。
(1)まずは、日本医師会の勤務医部会から勤務医は脱退すべきだ。日本医師会に勤務医を守る意志が無いのだから。
(2)過重労働(長時間労働)の実態(勤務時間)を明確にして、管理者にその改善を要求し、要求したことを明確にしておくことだ。
これは、2014年の医療法改定で、「医療従事者の勤務環境の改善」が病院等の管理者の努力義務として追加された時に述べたことだが、再掲する。
「現場の医師は、過剰労働が常態化しておれば、その改善を管理者に要求することです。医師の過労死について(医療ミスも)、自己管理の第一次的な責任は医師個人にあります(これが世界の常識です)。しかし、過剰労働による過労死・過労自死および医療ミスの危険を感じた時には、過剰労働の改善を管理者に要求することです。要求したことを明確にしておくことです。今回の医療法の改定は、現場の医師に「立ち去る」ことではなく、勤務環境の改善要求を求める、すなわち「立ち上がる」ことを求めているのです」(MRIC Vol.051.「現場の医師から見た医療法改定の意味;2の2)。
労働基準法:第32~34条で法定の労働時間・休憩・休日が決められているが、第36条(時間外労働協定)により骨抜きになっている。「時間外労働の限度に関する基準」(労働省告示第154号)もあるが、医師法のいわゆる“応召義務”により、勤務医の長時間労働には限度が無い。最悪であるが救いの手となるのが“過労死ライン”であろう。“過労死ライン”とは、健康障害リスクが高まるとする時間外労働時間をさし、労働災害認定で労働と過労死との因果関係の判定に用いられていることはご存じだろう。しかし過重労働による過労死・過労自死および医療ミスの危険の感じ方は個々の医師で異なる。したがって“過労死ライン”を超えていなくても、長時間労働を過重労働と感じれば、その勤務環境改善を要求すればよいのだ。
(3)産業医の仲介を利用する。
勤務医が身を守るためにある(それは患者を守るためでもある)のが、労働安全衛生法に規定されている産業医だ。労働安全衛生法・第13条:事業者は・・産業医を選任し、その者に労働者の健康管理・・を行わせなければならない。(その3)産業医は、労働者の健康を確保するため必要があると認めるときは、事業者に対し、労働者の健康管理等について必要な勧告をすることができる。(その4)事業者は、前項の勧告を受けたときは、これを尊重しなければならない。
医療法・第30条の13:病院又は診療所の管理者は、当該病院の勤務環境の改善その他医療従事者の確保に資する措置を講ずるよう努めなければならない。
まとめると、長時間労働の勤務時間を明確にし、産業医を介して、医療法、労働安全衛生法を活用して、管理者を動かすことだ。
以上が、過重労働にある勤務医が呪縛から解放される道である。個々の勤務医自らが、「立ち上がる」以外に方法はない。(以上)