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Vol.140 第7回医療制度研究会草津セミナー(東京開催)報告

医療ガバナンス学会 (2018年7月11日 06:00)


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筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)治療ガイドラインと病人権利
~治療ガイドラインをめぐる患者と医師の行き違い~

NPO法人医療制度研究会 理事長 中澤堅次

2018年7月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

医療制度研究会では毎年、病人権利と医療というテーマで、ハンセン病療養所栗生楽泉園のある草津温泉でセミナーを行っている。第7回目の今回、治療ガイドラインの作成をめぐって、患者会と研究班との間で意見が対立しているME/CFS(筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群)の問題を取り上げ、正しい理解を得るため、NPO法人筋痛性脳脊髄炎の会理事長篠原三恵子氏と関町内科クッニック院長申偉秀氏に御講演をお願いした。以下は講演を通じて感じた中澤の感想文である。

ME/CFSは、日常生活ではありえないほどの、極度で回復し難い疲労と消耗、全身の筋痛、自律神経系を含む脳脊髄が関係する神経症状を呈し、長期にわたり症状が持続し、重症者は経管栄養や寝たきりの状態になることもある難病である。現在は病気の解明が進みつつあり、脳や脊髄に異状が立証され、多くの国々で精力的に研究されるようになった。しかし、通常行われる検査では異常が発見出来ないため、医師の間では無関心や偏見がみられ、医療現場において統一された見解がないことが、ガイドラインを作るきっかけとなり、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「慢性疲労症候群に対する治療評価と治療ガイドラインの作成」研究班が作成に当たった。

日本医療機能評価機構(Minds)の「診療ガイドライン作成の手引き」によれば、 ガイドラインは、診療上重要度の高い医療行為について,エビデンスのシステマティックレビューとその総体評価,益と害のバランスなどを考量して患者と医療者の意思決定を支援するために、最適と考えられる推奨を提示する文書」としている。注意する事は二つ、ガイドラインは、診療上重要度の高い医療行為が対象であることと、目的が患者と医療者の意思決定を支援するということである。

提案されたME/CFS治療ガイドラインでは、グレードA(科学的な根拠があり行うことを強く勧める)に相当する治療がないが、これは病気の現状から理解できる。しかし、一時期ランセットで有効と報告されたが、現在では再評価の対象となりCDCの推奨から外れている「段階的運動療法」をグレードB(行うことを勧められる)に挙げていることは、失敗すれば大きなリスクになると、患者会からの反対がある。また、抗うつ剤が、グレードCのレベルで推奨されていることも、病気が精神的なものだとする悪質な偏見を広めるものと反対している。

このガイドラインが使われる現場を想像すると、詳しい知識がない多くの医師は、推奨度は低いが段階的運動療法を事実上の第一選択と誤解し、それ以外に選択肢がないことから、疑いなくこれを選ぶと予想される。また抗うつ剤の推奨も、同じ理由で選択される可能性が高い。逆療法的な発想でデザインされた段階的運動療法は、失敗した場合にダメージが大きく、また抗うつ剤は原因療法ではないため、効いたとしても治癒に結び付かない。こじれた場合は、病気とは関係のない精神科を含めた多数の診療科が関係することになるが、その反対に全科が手を引いてしまう可能性もある。そうなれば、患者と医師との関係は複雑で悲劇的なものになる。

インフォームドコンセントの意味は、患者には自分の意志で、治療を受けるかどうかを決める権利があり、意思決定にあたり必要な情報を得る権利があるとしている。これが普通の考え方である。しかし、日本においては少し事情が異なり、医師が治療法を決め、選んだ理由を患者によく説明し、同意を得て行うということが、インフォームドコンセントであるという考えが根強く残っている。つまりガイドラインは、医師の決定を支援するということである。この認識の相違は日常診療では大きな違いを生じないが、ガイドラインとなると、患者の利益にならない推奨が盛り込まれる可能性が高く、治療がうまくいかない場合には、これが医師のお墨付きになってしまう。

厚生労働省はこの問題を受けて、ガイドラインという言葉は使わない事、段階的運動療法は推奨グレードI、つまり(相反する結果の報告があり、有効性について結論に至っていないと)いうグレードに格下げする変更を行っているが、これでも混乱は回避できない。

人間は、痛みや苦痛に関して、他人の感覚を実感することは出来ないように出来ている。この病気を患う人の苦痛は、本人以外は正確に感じ取ることはできないものであり、現実との乖離は、現場から離れるほど強くなる。科学が進まない時代には、病人の苦痛を理解せず、その人の努力のせいにし、偏見により人権を侵害し、後になって過ちと判定される歴史上の事例はいくつもある。不可知なものは現実に存在し、苦しみはその人でないと感じることが出来ないという事実は、少なくとも医療・福祉の世界では大切にされなければならない。

西欧の国々には、キリスト教の影響が強いといわれるが、キリスト教の教えはまさに、病人や苦悩する人の救済が焦点になっている。つまり、神の視点は人間に欠けている感覚の盲点を補う形になっており、人や社会は神の教えに従うことで、病気や苦痛を持つ人を正当に判断し支える伝統になっていると感じる。私のアメリカの友人は、ディスレキシアというスペルがうまく書けないハンデを持っていた。日本であればそれを障害とは認めず、早速矯正の対象になると思うが、彼らの国では試験のときに回答を書く時間を多く認めるなど、社会がハンデのある人を社会の一員として受け入れる仕組みがあると聞いた。このような点で、社会の仕組みの遅れた部分が、日本にはまだ残っていると感じる。

他人の痛みや苦痛の存在を意識すること、未知の存在を認めることは、疾患の原因究明や、日常における病人の救済につながる第一歩であり、医学は人間を科学する学問であるとともに、人間の苦痛を理解しその開放を目的とする学問でもあってほしい。そして政府や国民が、悲しみの分かち合いと呼ばれる社会保障を通じて、苦悩に実態があれば未知の疾患でも救済策を講じるような国であってほしい。そして、最終的には科学技術により原因が解明され、問題が解決することが目標になるのだと思う。

医療制度研究会では、医療の世界や、国民の間に、病人権利に基づくこうした意識改革が行われることを願っており、今回のガイドラインのように、医師が係わることのなかで、病人権利から言えば黙視出来ない問題が生じていることに大きな関心を持っている。

参考文献:「日本医療機能評価機構(Minds)の診療ガイドライン作成の手引き」Ver.2.0(2016.3.15)

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