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vol 51 優先接種違反の行政処分: 予防接種は給付行政であり規制行政ではない

医療ガバナンス学会 (2010年2月16日 11:00)


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井上法律事務所
所長・弁護士
井上清成
※今回の論文はMMJ(毎日新聞社)2月号で発表されたものです。
2010年2月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


【厚労官僚主導の失敗】
昨年来の新型インフルエンザ騒動も沈静化しつつある。騒動が沈静化するに至るまでの功績は、神戸市医師会が先鞭となった全国の郡市医師会とその現場の医師らにあった。逆に、騒動を引き起こして混乱させた元凶は、中央官庁たる厚生労働省の官僚にあったと言えよう。
野球にたとえれば、直球に備え目をつむって力んで大振りしたところ、投手の投げたのは変化球であったため、球すじに合わずに空振りしたようなものである。もともと国産ワクチンの生産能力が明らかに不足していたにもかかわらず、海外からのワクチン輸入の準備を怠っていた。そのせいもあって慌てて「水際作戦」と称して権力的に、インフルエンザに無益な検疫を実施し、ピントが合わずに空振りする。大振りのために体勢が崩れているにもかかわらず、反省もせず、結局、ワクチン不足に起因する政策の混乱が拡大した。インフルエンザにはもともと無効な検疫と停留措置の騒動、接種回数の混乱、優先接種順位の強行、10ミリリットルバイアル騒動など、そのすべてはワクチン不足を放置したままだった行政が、厚労官僚の失政と言われないための辻褄合わせをした結果にすぎない。準備しておくべきだったワクチンを準備しなかった厚労官僚が、必死で帳尻合わせの施策を考え出し、それを医療現場に押し付けた挙げ句の大混乱だったのである。つまり、厚労官僚主導の大失敗であった。

【厚労官僚主導の予防接種部会】
昨年12月4日に当面の危機を回避するため、「新型インフルエンザ予防接種による健康被害の救済等に関する特別措置法」ができて施行されている。しかし、これは新政権発足後すぐのことであり、不十分ながらの緊急措置にすぎない。この法律の附則にも明記し、引き続いて、公的な無過失補償の拡充や予防接種の免責も含んだ抜本的な予防接種法などの改正をするスケジュールであった。そこで、厚労省の予防接種部会が招集されることになる。今度こそ抜本的な法改正の作業に取り組むはずであった。
当然、昨年の失敗を繰り返さないために、その反省の上に立った法改正をしなければならない。ところが、むしろ全く反対に、昨年の失敗の帳尻合わせで取った施策を中核にした審議が進んでしまっていた。悪い所を正すのではなく、悪い所を中核に据えた法改正をしようとしているのである。
巧妙な法技術で予防接種部会の目を眩まし、政治主導の名目の下で、実際は官僚主導の法改正作業が着々と進行していた。このまま進むならば、無益というにとどまらず、さらに、たとえば優先接種違反の行政処分権限を厚労省が取得し、その他の数々の行政規制権限を拡大させることになるであろう。

【予防接種法改正の概要】
1月27日に、厚労省の予防接種部会において、通常国会に提案を予定する予防接種法の概要が示された。現行の非法定接種(任意接種)を法定接種化し、新しい臨時接種のタイプを設けようとするものらしい。本来、臨時接種は、ワクチン購入や接種を法定化することによって法律上の義務費として財源を確保し、広く国民に無償で提供し、もしも副作用などの健康被害が発生した時は無過失補償によって救済することを主眼としている。ところが、今回の新しい臨時接種は、巧妙に話をすり替え、かつ、大胆に厚労官僚の規制権限を導入しようとしているように思う。
接種費用は国民の自己負担とし、ワクチン製造業者には協力要請ができる。そして、もともとはワクチン不足の辻褄合わせにすぎなかった「優先順位付け」を政省令なども使って法定化してしまう。あろうことか、優先順位の遵守に関し、医療機関への調査・報告徴収の権限導入まで目論んでいる。これでは、対国民、対製薬業者、そして、対医療機関の全局面にわたって、臨時接種という形の規制行政を行うものになってしまう。

【規制行政でなく給付行政】
予防接種行政は、講学上、規制行政ではない。国民の福利や公衆衛生の向上のために行う給付行政である。非権力的な行政であって、権力的な行政ではない。
予防接種を法定接種化するのは、ワクチン給付に必要な財源を調達し、国民に無償で提供し、健康被害を国庫で補償するためである。本来ならば、それに協力する医師も製薬業者も免責していく。このような理念の実現を目指し、法定化を仕組んでいくべきものである。
ところが、現在の改正作業では話を全くすり替えてしまった。厚労官僚の規制権限の拡大ばかりが目指されている。もしこのまま中途半端に予防接種法が改正されてしまうならば、優先接種違反につき調査・報告徴収をされ、医師や医療機関は現場の判断を否定され、行政処分にさらされてしまうこともあろう。
新しい臨時接種の枠組みから、規制権限は削除しなければならない。少なくとも、「優先順位付け」という概念は、規制の中核であるので是非とも捨て去るべきであろう。その上で本来の姿に戻って、「すべての人にワクチンを」提供できる体制を構築し、接種に協力した医師や製薬業者には免責を与える方向での議論を進めることが望まれる。

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